第三十七章 返す刀
鐘銘の一件は、もはや大坂だけの騒ぎではなく、
天下の均衡そのものを揺るがす火種となりつつあった。
片桐且元は駿府で辱めを受け、
淀殿の御前では評定が割れ、
大坂城は混乱の渦中にあった。
その最中、佐和山の次郎兵衛は静かに立ち上がる。
向かう先は、関白・近衛信尹。
朝廷の序列と権威を盾に、
家康の言いがかりを正面から退けるための、
最大の一手を打つためだった。
豊臣と徳川の均衡を守る戦いは、
ついに“返す刀”の段階へと踏み込む。
一
次郎兵衛は、秀家の許しを得て、急ぎ京へ上った。向かう先は、関白・近衛信尹の屋敷である。
「関白様。大御所様の御側近が、方広寺の鐘銘に、根拠なき難癖をつけておりまする。片桐且元殿は、幾日も駿府に留め置かれ、まともな申し開きの機会すら与えられなんだとのこと」
信尹は、既にこの一件を耳にしていたようだった。
「聞き及んでおる。『国家安康』の文字が、家康の名を割き、呪詛したものだと申しておるとか。随分と、苦しい言いがかりよな」
「はい。左大臣たる秀頼様、ひいては豊臣家全体への、不当な誹りにございます。関白様より、朝廷の立場として、この一件、明確にお示しいただきたく存じます」
信尹は、しばし黙考した後、静かに頷いた。
「良かろう。かような言葉遊びの難癖で、序列上位の左大臣家を貶めるなど、朝廷としても看過できぬ」
二
同じ頃、達安を通じて、島津・上杉・前田の各家にも、この一件が急ぎ伝えられていた。
だが、返答が揃うまでには、思いのほか時がかかった。
「島津殿からは、二つ返事で支持の由」
達安の報告に、次郎兵衛は僅かに安堵した。だが、上杉からの返答は、慎重なものだった。
「兼続殿より、『御味方はするが、大御所様への直接の批判は控えめに』との条件付きにございます」
「前田は」
「利常様は、まつ様のこともあり、即座に賛同くださった。されど――家中の一部には、『これ以上、大御所様を刺激すべきではない』との慎重論も、なおあるとのこと」
次郎兵衛は、絵図を睨んだ。
(一枚岩ではない。だが、それでも構わぬ)
「戸川殿。多少の温度差はあれど、四家がこぞって異を唱える――それだけで、十分な圧になりましょう」
幾日かの、息詰まるようなやり取りの末、ようやく各家の連署が整った。
三
信尹は、内々に武家伝奏を通じ、家康側へ見解を伝えた。「国家安康」の文言は、単に太閤の遺徳と大御所の安泰とを共に願う、ごく通常の作文であり、これに呪詛の意を見出すのは、いかなる文字の解釈をもってしても無理筋である、と。
同時に、大老の盟からも連名の文書が届けられた。「根拠なき言いがかりにて、朝廷の定めた序列を軽んじ、左大臣家を貶めんとするは、豊臣家のみならず、大老諸家への侮辱にも等しい」――そう記されたその文書には、島津義弘、上杉景勝、前田利常、そして宇喜多秀家の名が、揃って連ねられていた。
だが、この一件は、すぐには収まらなかった。駿府からの返答は、幾日も途絶えたままだった。
「大御所様は、何をお考えなのだろうな」
達安の声にも、次第に焦りが滲み始めていた。次郎兵衛もまた、拓本の写しを幾度も見つめながら、長い沈黙に耐えていた。
(このまま、動かぬままということもあり得る。あるいは――)
やがて、半月ほどが過ぎた頃、ようやく駿府から反応があった。金地院崇伝らの追及は、それ以上表立って続けられることはなく、静かに立ち消えとなった。
佐和山に戻った次郎兵衛のもとに、達安が興奮気味に駆け込んできた。
「次郎兵衛殿! 大御所、この一件、これ以上は追及せぬとの由だ!」
「……そうですか」
次郎兵衛は、深く息を吐いた。安堵よりも先に込み上げてきたのは、奇妙なほどの虚しさだった。
(史実であれば、これが戦の引き金になっていたはずだ。だが、この世界では――)
「次郎兵衛殿、どうされた。喜ばしいことではないか」
「はい、戸川殿。ですが……この一件、大御所にとっては、公の場での大きな失態にございます。大御所が、これを黙って忘れるとは、それがしには、到底思えませぬ」
達安の表情から、笑みが消えた。
「では、この一件は……」
「終わってはおりませぬ。ですが――」
次郎兵衛は、拓本の写しを、静かに文箱の奥深くにしまい込んだ。
「この記録は、消えませぬ。いずれ、これを使う日が来ましょう」
鐘の音が、遠く京の空に、静かに響いているような、そんな心地がした。
関白・信尹の見解、
島津・上杉・前田・宇喜多の連署――
大老の盟は、ついに家康へ向けて
「根拠なき言いがかり」を公然と退ける一手を放った。
駿府は沈黙し、
金地院崇伝らの追及は立ち消えとなり、
鐘銘事件は表向きの決着を迎えた。
だが、それは勝利ではない。
むしろ、家康にとっては
「序列上位の家を貶めようとした」という
消えぬ汚名を刻まれた屈辱であり、
次郎兵衛はその重さを誰よりも理解していた。
この一件は終わったのではなく、
静かに火種を残したまま、
次の局面へと姿を変えただけだった。
文箱の奥にしまわれた拓本は、
いずれ必ず使う日が来る――
次郎兵衛はそう確信していた。
第三十七章はここで幕を閉じる。
だが、豊臣と徳川の均衡を巡る戦いは、
まだ終わりではなかった。




