第三十三章 鐘の銘
方広寺の大仏殿が完成へと近づき、
鐘の鋳造が進むにつれ、天下の空気は静かに張り詰めていった。
供養の名をまとった大事業は、豊臣家にとっては太閤の遺徳を示すはずのもの。
だが、その奥底には、家康が仕掛けた見えぬ罠が潜んでいる。
鐘には銘文が刻まれ、
その一字一句が、いずれ天下を揺るがす火種となる――
史実で大坂の陣を招いた、あの「国家安康・君臣豊楽」。
佐和山では、次郎兵衛が静かにその時を待ち、
大坂では、片桐且元が胸中に小さな棘を抱えたまま、事を進めていた。
鐘が鋳上がるその瞬間、
豊臣と徳川の均衡は、次の局面へと踏み出す。
一
慶長十九年四月、方広寺の鐘が、ついに鋳上がった。
その報せは、佐和山にも程なく届いた。達安が、緊張した面持ちで、鐘銘の拓本の写しを次郎兵衛に手渡した。
「これが、その鐘の銘文――京の鋳物師の手により、無事に鋳込まれたそうだ」
次郎兵衛は、拓本に記された文字を、一つひとつ、確かめるように読んでいった。「国家安康」「君臣豊楽」――脳裏に刻まれていた通りの文言が、そこにあった。
「これで、種は蒔かれました」
「気は、休まらぬな」
「はい。ですが、蒔いた種を、こちらから摘み取るわけには参りませぬ」
次郎兵衛は、拓本を静かに巻き戻した。
二
開眼供養の日取りが、七月と定められた。次郎兵衛は、この日が近づくにつれ、これまでとは違う種類の緊張を、身の内に感じていた。
「戸川殿。大坂の様子は、いかがにございますか」
「片桐且元殿が、供養の差配で忙しくしておるそうだ」
「大御所の御側からは、何か」
「今のところ、静かなものだ」
次郎兵衛は、絵図の上で、駿府と京、そして大坂を結ぶ道筋を、指でなぞった。
(大御所は、いつ、どのように動くか。供養の直前か、当日か、それとも――)
史実の記憶では、この鐘銘への言いがかりは、供養の直前になって、金地院崇伝ら大御所側近の指摘という形で持ち上がったはずだった。だが、この世界では、既に大老の盟という重しがある。家康が同じ手順で動くとは限らない。
「戸川殿。念のため、信尹様には、いつでも動いていただけるよう、内々にお願いをしておきましょう」
「既に、手は打ってあるのだな」
「はい。あとは、待つのみにございます」
三
供養を目前に控えたある日、京から急報が届いた。
「大御所の御側近・金地院崇伝殿より、方広寺の鐘銘について、内々に問い合わせがあった由にございます」
達安が、書状を握りしめた。
「来たか」
「はい。文言に不審な点がある、と。近く、正式な使者を大坂へ遣わすとのことにございます」
次郎兵衛は、静かに目を閉じた。胸の内では、これまで抑えてきた緊張が、一気に高まっていくのが分かった。
(いよいよだ)
「戸川殿。信尹様に、お報せを」
「承知した」
次郎兵衛は、拓本の写しを、もう一度広げた。「国家安康」の文字が、灯りの下で、静かに浮かび上がっていた。
これが、罠か、あるいは楔になるか――その答えは、もう間もなく、明らかになろうとしていた。
鐘は鋳上がり、文言は刻まれた。
「国家安康、君臣豊楽」。
史実と同じ文言が、この世界でも静かに姿を現した。
それは罠であり、同時に楔でもある。
家康が難癖をつけるならば、
その言いがかりを公の場で退け、
大御所自身に「根拠なき非難」という汚名を刻ませる――
次郎兵衛は、そのためにあえて罠を避けず、踏み抜く道を選んだ。
大老の盟、信尹の関白としての権威、
島津・上杉・前田の後ろ盾――
これらが家康の暴発を抑える楔となる。
鐘の銘は、もはや覆せない。
あとは、大御所がどう動くかを待つのみ。
静かな鐘の文字は、
やがて天下を揺るがす波紋の中心となる。
第三十三章はここで幕を閉じる。
次の一手は、もう目前に迫っていた。




