第三十章 大仏の勧め
慶長の世は、静かに、しかし確実に形を変えつつあった。
将軍宣下を経て、豊臣と徳川の序列は朝廷の上に刻まれたものの、
大御所・家康の影はなお天下に深く伸びている。
その影は、武力でも政道でもなく、
もっと静かで、もっと確実なところ――
「財」へと向けられようとしていた。
大坂に届いた大仏再建の勧めは、供養の名を借りた一手にすぎない。
だが、その一手こそが、豊臣家の未来を左右する。
次郎兵衛は、迫り来る嵐の気配を、誰よりも早く嗅ぎ取っていた。
一
その年の暮れ、大坂より思いがけない報せが佐和山に届いた。
「大御所より、大坂へ内々のお勧めがあったとか。太閤殿下の御供養のため、方広寺の大仏殿を、より一層立派に再建されては如何か、との由にございます」
次郎兵衛は、静かに息を呑んだ。
(来た――)
「達安殿。これは、聞こえの良い話ではございませぬ」
「なぜだ。亡き太閤殿下の御供養のためというなら、豊臣家にとっても、悪い話には思えぬが」
「大坂城には、太閤殿下が遺された莫大な金銀が、今なお蓄えられておりまする。大御所は、それを恐れておるのです」
「金を、恐れる、とは」
「戦をするにも、家臣を養うにも、金は力にございます。大坂城の財が潤沢である限り、豊臣家は、いつでも兵を雇い、事を構えることができる――大御所は、そう見ておりましょう」
次郎兵衛は、絵図の代わりに、脳裏に浮かぶ大仏殿の威容を思い描いた。
「寺社の造営には、途方もない費えがかかりまする。供養という名目のもと、豊臣家の金蔵を、少しずつ、しかし確実に、空にしていく――それが、この勧めの真の狙いにございましょう」
二
次郎兵衛は、秀家に自らの見立てを伝えた後、しばし言葉を選びながら続けた。
「殿。この勧めを、頭ごなしに拒むことは、得策ではございませぬ」
「なぜだ。危ういと申したのは、そなたではないか」
「はい。ですが、太閤殿下の御供養という大義名分は、誰にも表立って否とは言えぬもの。ここで豊臣家が渋れば、かえって『不孝者』との誹りを、大御所様に利用されかねませぬ」
秀家は、腕を組んだ。
「では、どうする。黙って、財を吐き出させるに任せるのか」
次郎兵衛は、ここで初めて、これまでとは違う種類の逡巡を見せた。
「……正直に申し上げます。それがしにも、まだ確たる答えはございませぬ。ただ一つ、思うところがございます」
「申せ」
「この一件、金銀の多寡だけの話ではございませぬ。大仏殿という大事業には、必ず、鐘が鋳られ、その鐘には、銘文が刻まれましょう。もしその銘文の言葉一つに、あらぬ難癖をつけられるようなことがあれば――それは、金以上に、恐ろしい火種になりかねませぬ」
秀家の顔に、緊張が走った。
「難癖、とは、いかなることだ」
「まだ、確とは申し上げられませぬ。ですが、大坂の御用人衆には、銘文の一字一句、細心の注意を払うよう、それがしから、それとなく助言をしておきたく存じます」
三
次郎兵衛は、前田家――まつ、豪姫を通じた伝手を使い、大坂城の淀の方、そして片桐且元のもとへ、内々に一通の書状を送った。
直接「銘文に気をつけよ」とは書けない。もし後にこの書状の存在が知れれば、次郎兵衛が何かを予見していたと勘繰られかねないからだ。代わりに、次郎兵衛は言葉を選び、こう記した。
「――大事業の完遂にあたり、銘文などの言葉は、いかように解されても揺るがぬよう、幾重にも吟味を重ねられたし。特に、大御所様の御名、あるいは御一門に関わる文字を含む場合は、いかなる深慮をもってしても、慎重に過ぎることはございませぬ」
書状を封じながら、次郎兵衛は、達安に静かに漏らした。
「これで、種は蒔きました。あとは、大坂の御用人衆が、これをどう受け止めるかにございます」
「気づいてくれると、良いがな」
「はい。それがしにできるのは、ここまでにございます」
次郎兵衛の脳裏には、まだ言葉にできない、もう一つの思いがあった。もし、この助言にもかかわらず、あの銘文がそのまま刻まれることになったなら――それは決して失敗ではなく、次なる一手を打つための、確かな足がかりになる。
大仏殿の槌音が、遠く京の空に響き始めていた。
大仏再建の勧めは、供養という大義名分をまといながら、
豊臣家の財を静かに削ぐための巧妙な罠だった。
だが、罠は財だけでは終わらない。
大仏殿には必ず鐘が鋳られ、
鐘には銘文が刻まれる。
その一字一句が、いずれ天下を揺るがす火種となる――
次郎兵衛は、その可能性を誰よりも早く察し、
大坂へ慎重な助言を送り、静かに種を蒔いた。
もしその種が実を結ばず、
史実と同じ銘文が刻まれることになったとしても、
それは失敗ではない。
むしろ、次なる一手を打つための確かな足場となる。
大仏殿の槌音が京の空に響き始めたとき、
豊臣と徳川の均衡は、また新たな局面へと踏み出していた。




