↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
63/81

第二十八章 次なる盟約

将軍宣下という大きな節目を越え、天下は新たな形を取り始めていた。

豊臣と徳川――二つの権威が並び立つこの異形の政道は、もはや誰の目にも隠しようがない。

だが、序列が整ったからといって、力の流れまで変わるわけではない。

大御所として駿府に座した家康は、将軍という「形」から解き放たれ、より自由に、より深く天下へ手を伸ばすことができる。

佐和山に集う祝いの使者たちの賑わいの裏で、次郎兵衛は静かに、しかし確かな危機の気配を感じ取っていた。

楔は打たれた。

だが、それが抜かれぬ保証は、どこにもない。


 将軍宣下の儀を終えて間もなく、佐和山城に、大老の盟に連なる家々からの祝いの使者が、次々と訪れた。


 達安が、その様子を眺めながら、感慨深げに言った。


「島津、上杉、前田、そして瀬戸内の両家……皆、此度の一件を、我らの手柄のように喜んでおる」


「手柄は、我らだけのものではございませぬ。信尹様が、関所番の役目を、見事に果たしてくださったからこそ」


 次郎兵衛は、そう答えながらも、胸の内には複雑な思いがあった。


(左大臣・秀頼様、右大臣・将軍家康様。朝廷の序列では、確かに豊臣が上に立った。だが――)


 次郎兵衛は、絵図の上に広げられたままの、日ノ本の地図を見つめた。将軍という職は、武家の指揮権そのものだ。序列がどうあれ、諸大名を実際に動かす力は、なお家康の手にある。



 秀家の御前にて、次郎兵衛は率直にこの複雑な胸中を述べた。


「殿。此度のこと、大老の盟にとっては、確かな勝利にございます。ですが――」


「分かっておる。将軍という実の力までは、我らも動かせなんだ、ということだろう」


 次郎兵衛は、深く頷いた。


「左様にございます。序列の上では、秀頼様が上に立たれました。されど、諸大名を動かす軍事の力、天下普請を号令する力――それらは、なお家康様の手の内にございます」


「では、この盟は、無駄であったと申すか」


「いえ、決して」


 次郎兵衛は、はっきりと首を振った。


「序列と、実の力が、これほどはっきりと分かれて立っていることこそが、この盟の値打ちにございます。家康様が、たとえ将軍として如何なる号令を発せられようとも、それが帝の御意志、ひいては秀頼様の御位に背くものであれば、大老の盟が、いつでも異を唱えられる。これは、目には見えぬ楔にございます」


 秀家は、しばし黙考し、やがて静かに頷いた。


「なるほどな。力で押し返すのではなく、抜けぬ楔を打ち込んでおく、ということか」


「仰る通りにございます」



 その夜、次郎兵衛は達安と共に、佐和山城の高台から、遠く西の空を見つめていた。


「大老の盟、瀬戸の盟、関白の一件、そして今度の左大臣叙任……次郎兵衛殿、そなたが積み重ねてきたものは、もはや宇喜多一家だけのものではないな」


「はい。ですが――」


 次郎兵衛の表情には、静かな緊張が残っていた。


「これらは全て、楔に過ぎませぬ。楔は、打ち込んだだけでは意味を成しませぬ。抜かれぬよう、常に見張り、締め直し続けねばなりませぬ」


「気の抜けぬことだ」


「はい。将軍職は、いずれ家康様から御子・秀忠様へと受け継がれましょう。徳川の天下は、代を重ねるごとに、揺るぎないものになっていく。我らが打ち込んだ楔が、その先も抜かれずにいられるか――それは、まだ誰にも分かりませぬ」


 達安は、次郎兵衛の横顔を、しばし見つめた。


「そなたは、いつも、勝った後の心配ばかりしておるな」


「戸川殿。勝ったと思うた瞬間こそが、一番危ういのだと、それがしは、ずっとそう思うております」


 夜風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。


 史実で徳川一強となったはずの天下に、豊臣の楔が、確かに打ち込まれた。だがそれは、終わりではなく、次郎兵衛にとって、また新たな警戒の始まりに過ぎなかった。


---


*(第四部・完)*


大老の盟は機能し、瀬戸の諸家も呼応し、豊臣の序列は朝廷の上に確かに刻まれた。

左大臣・秀頼、右大臣・家康――この並びは、史実の流れを大きく変える一手であり、豊臣の権威を天下に示す楔となった。

だが、それは勝利ではない。

むしろ、ここからが本当の戦いだった。

将軍職は秀忠へと受け継がれ、徳川の天下は代を重ねるごとに盤石となる。

家康は大御所として、誰にも縛られぬ立場から、豊臣家の財と権威を静かに削ぐ一手を準備している。

楔は打ち込んだだけでは意味を成さない。

抜かれぬよう締め続け、見張り続けねばならない。

次郎兵衛は知っていた。

勝ったと思うた瞬間こそが、一番危うい。

第二十八章はここで幕を閉じる。

だが、豊臣と徳川の均衡を巡る戦いは、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。