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宇喜多家中では、確かな手応えを得た次郎兵衛。ですが、この「三」で彼が向き合うのは、もっと大きく、もっと厄介な問題です。

前田家の行く末——とりわけ、まつが人質として江戸に送られるという史実です。この史実は、宇喜多家中の融和が進めば進むほど、逆に揺らいでしまうかもしれない。次郎兵衛が良かれと思って動かしたはずの歯車が、別の場所で思わぬ歪みを生む——そんな「諸刃の剣」に、彼はここで初めて気づかされます。

一つの家を守ろうとする行動が、別の家の運命を変えてしまうかもしれない。史実を知っているからこそ抱える、次郎兵衛だけの重荷を、この場面で見ていただければと思います。

その夜、次郎兵衛は自室で一人、行灯の灯りの下、これからの道筋を思い描いていた。


 宇喜多家中の融和は、時間をかければ不可能ではないという手応えを得た。だが、次郎兵衛の――悠人の頭には、もう一つの懸念が重くのしかかっていた。


 前田家のことだ。


 豪姫の実家である前田家は、当主・利家が病床にあり、遠からず世を去る。その後、家督を継ぐ利長は、徳川家康から謀反の疑いをかけられ、母・まつを人質として江戸に送ることで難を逃れる――それが、次郎兵衛の知る史実だった。


(もし、まつ様が江戸に行かなければ、どうなる)


 それは、次郎兵衛自身が望んで招く変化ではない。だが、もし宇喜多家中の融和が進み、豪姫を通じて前田家との結びつきが変われば、まつの決断そのものが揺らぐ可能性がある。


 これは、諸刃の剣だった。


 まつが江戸に行かなければ、前田・徳川の緊張は解けないまま。下手をすれば、加賀征伐という最悪の事態すら現実味を帯びる。だが同時に、それは家康の力を前田に釘付けにし、東軍の勢いを削ぐ可能性も孕んでいる。


 次郎兵衛は、行灯の灯りを見つめながら、静かに息を吐いた。


「……両方の綱を、同時に握らねばならぬということか」


 宇喜多家中を融和させ、西軍の要となる兵力を保つこと。そして、前田と徳川の間に立ち、その緊張をどう御していくか見極めること。


 史実という名の巨大な奔流の中で、たった一人の家臣に何ができるのか――次郎兵衛は、まだその答えを持っていなかった。


 だが、動かねば何も変わらない。それだけは、確かだった。


 窓の外、大坂の夜空に、慶長という時代が静かに更けていく。



この場面で次郎兵衛が出した答えは、答えになっていない答えです。「両方の綱を、同時に握らねばならぬ」——これは解決策ではなく、まだ解決策を持たないことの言い換えに過ぎません。

書いていて意識したのは、次郎兵衛(悠人)がここで初めて、自分の知識の限界にぶつかっているという点です。宇喜多家中の融和は、彼の専門である経理・土木の延長線上にある、いわば得意分野でした。ですが前田と徳川の緊張関係は、彼にとって完全に他人の家の問題であり、動かせる駒も、確信できる見通しもありません。

「史実という名の巨大な奔流の中で、たった一人の家臣に何ができるのか」——この問いに答えを持たないまま、それでも動くと決める。この覚悟のなさと覚悟のはざまが、次郎兵衛という主人公の等身大の部分だと思って書きました。

第二章はここで幕を閉じます。次の第三章「検地の刃」からは、いよいよ次郎兵衛自身の身に危険が及ぶ、具体的な脅威が動き出します。

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