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「一」で見えてきた第一の策——「パイそのものを大きくする」——を、次郎兵衛はここで初めて実践に移します。

相手に選んだのは、史実で秀家と対立し、後に出奔する重臣・戸川達安。次郎兵衛はあえて、対立の当事者になるはずの人物のふところに、自分から飛び込んでいきます。

派手な策略ではありません。普請という地道な現場仕事を通じて、少しずつ言葉を交わし、少しずつ距離を縮めていく——そんな小さな積み重ねが、果たして「史実」という巨大な奔流に抗いうるのか。次郎兵衛自身、まだ半信半疑のまま、この場面を過ごしています。

数日後、次郎兵衛は普請奉行の一人として、備前岡山城下の水路整備の現場に立っていた。


 史実でも「城下町の川の水流を変える等、土木築城技術に優れていた」と伝わる次郎兵衛にとって、これは得意分野の延長線上にある仕事だ。だが今回、次郎兵衛は普請の采配に、意図的にある人物を巻き込んだ。


「戸川殿。此度の普請、貴殿のお力添えを頂きたく」


 声をかけた相手は、宇喜多家譜代の重臣・戸川達安だった。史実で秀家と対立し、後に出奔する人物の一人である。


 達安は、警戒するような目を次郎兵衛に向けた。


「……次郎兵衛殿が、某に? 珍しいこともあるものだ」


「普請の采配に関しては、某よりも戸川殿の方が現場の兵に信を得ておられる。此度の水路は、城下の民の暮らしに直結するもの。民の信を得ている御仁の力を借りぬ手はございませぬ」


 次郎兵衛の言葉に、達安は僅かに眉を上げた。


「……買い被りが過ぎよう。だが、断る理由もない」


 小さな協働だった。だが、次郎兵衛にとってはこれが第一歩だ。史実では対立し、憎み合うまでに至った両者が、今は同じ普請場で肩を並べている。


 この積み重ねが、いずれ大きな違いを生む――次郎兵衛はそう信じたかった。


(歴史は変えられる。少しずつでも)


 水路の工事が進む中、次郎兵衛は達安と言葉を交わす機会を意図的に増やしていった。仕事の話に留まらず、家中の在り方、秀家への忠義、そして――それとなく、天下の情勢についても。


「豊臣家も、太閤殿下亡き後は、なかなかに難しい舵取りを迫られておりましょうな」


 次郎兵衛が漏らした一言に、達安の表情が僅かに曇った。


「……徳川殿の力が、日に日に増しておる。五大老とはいえ、力の差は明らかだ。殿は五大老の一角として重責を担われるが、それだけに、家中がまとまっておらねば、いざという時に足元を掬われかねぬ」


「まさに、その通りかと」


 次郎兵衛は深く頷いた。達安自身、家中の分裂を憂いている――その手応えを、確かに感じた。


 対立の芽は、まだ完全に摘めたわけではない。だが、少なくとも「話が通じる相手」であることは分かった。


「この積み重ねが、いずれ大きな違いを生む」——次郎兵衛のこの独白は、希望であると同時に、まだ確信のない祈りでもあります。

この場面で意識したのは、次郎兵衛が達安を「説得」していない、という点です。彼がしたのは、普請という現場を共にし、雑談の延長で家中や天下の情勢に話を向けただけ。達安の口から「家中がまとまっておらねば、いざという時に足元を掬われかねぬ」という言葉を引き出せたのは、次郎兵衛が答えを押しつけたからではなく、達安自身がもともと抱えていた不安に、そっと光を当てたからです。

歴史を変えるというより、史実の中で対立していた二人が、実はそう遠くない場所に立っていたことを、次郎兵衛が見つけ直しただけなのかもしれません。

次の「三」では、この宇喜多家中の話から一転、次郎兵衛の視線は前田家——豪姫の実家——の運命へと向かいます。

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