第二十四章 兼続の条件
島津という、比較的与しやすい相手との交渉を終えた次郎兵衛が、この章で向き合うのは、会津征伐という直接の被害者――上杉家です。家康への遺恨は誰よりも深いはずですが、それゆえに感情的な同調だけでは動かない、手強い相手でもあります。
次郎兵衛が交渉の窓口に選んだのが、上杉家中随一の知恵者・直江兼続だという点も見どころです。これまで次郎兵衛が得意としてきた「相手の抱える構造的な弱み」を見抜く手法が、初めて他家の内政にまで及ぶ章でもあります。上杉家が和議の本領安堵の対象から外れているという、これまで気づかれていなかった不公平——そこに、次郎兵衛は静かに狙いを定めます。
一
次郎兵衛は、絵図に描かれた奥州の地形を、幾度も見つめ直していた。
「上杉家は、いまだ、伊達・最上との戦の最中にございます」
達安が、怪訝な顔をした。
「関ヶ原は、既に決着したというに、まだ北で戦をしておるのか」
「はい。家康様は、会津征伐の途上で兵を返し、三成殿との戦へ向かわれました。上杉家からすれば、あの時、戦の理由も定まらぬまま、置き去りにされたも同然。以来、伊達・最上との小競り合いが、いまだ続いておりまする」
次郎兵衛は、和議の条文を思い返した。本領安堵の対象は、関ヶ原に陣を敷いた諸家に限られている。上杉家は、その埒外にあった。
(これは――付け入る隙であると同時に、上杉家にとっては、置き去りにされた傷でもある)
「戸川殿。上杉家との交渉、それがしが直に赴きまする」
「大丈夫か。会津は遠い上に、家中の気風も、こちらとは随分と違うと聞くが」
「なればこそ、直に会うて、話をすべきかと存じます」
二
米沢に程近い上杉家の陣所にて、次郎兵衛は直江兼続と対面した。噂に違わぬ、鋭い眼光を持つ人物だった。
「宇喜多家中村次郎兵衛にございます」
「話は聞いておる。大老の盟とやらに、我らを誘いに参られたか」
「仰る通りにございます」
兼続は、僅かに口の端を歪めた。
「正直に申そう。我らは、家康殿には深い遺恨がござる。謀反の疑いなど、言いがかりも同然であった。あの一件がなければ、天下はまた違う形になっていたであろうな」
「それがしも、そう存じます。ですが治部少輔様も、和議によって隠退の道をお選びになりました。上杉家お一人が、家康様と事を構え続けることに、果たしてどれほどの意味がございましょうか」
兼続の目が、細くなった。
「――手厳しいことを申される」
「無礼を承知で申し上げます。上杉家は、此度の和議の埒外に置かれたまま、いまだ伊達・最上との戦を続けておられる。このままでは、いずれ疲弊し、家康様に付け入られるのは、上杉家御自身にございましょう」
兼続は、しばし黙り込んだ。
三
「――して、大老の盟に加われば、我らに何の益がある」
次郎兵衛は、待っていた問いだった。
「大老家が結束すれば、家康様は、上杉家お一人を狙い撃ちにはできなくなりましょう。さらに――我らが仲介し、伊達・最上との和睦の道筋をつけることも、叶うやもしれませぬ」
「随分と、大きな約束をされる」
「確約は、いたしかねます。ですが、上杉家が孤立を続けるより、遥かに望みのある道かと存じます」
兼続は、長い沈黙の後、静かに口を開いた。
「次郎兵衛殿。そなたの申すこと、一理ある。じゃが、殿(景勝様)にお諮りせねばならぬ。今しばし、時をいただきたい」
「承知いたしました。良きお返事を、お待ち申し上げます」
陣所を辞す道すがら、次郎兵衛は、兼続の最後の一言を反芻していた。「一理ある」――即答は避けられたが、拒絶でもなかった。
(島津殿に続き、上杉家にも、確かな手応えがあった)
残るは、毛利。次郎兵衛の胸に、これまでで最も気の重い相手の名が、静かに浮かび上がっていた。
この章で書きたかったのは、次郎兵衛と兼続、二人の知恵者同士の駆け引きです。兼続の「そなたの申すこと、一理ある」という言葉には、感情論では動かない兼続が、次郎兵衛の指摘した構造的な弱み――上杉家が孤立を深めている現実――に、理として納得させられたことを示しています。情に訴えるのではなく、相手にとっての現実的な損得を提示する、次郎兵衛らしい交渉術がここでも一貫しています。
「殿にお諮りせねばならぬ」という兼続の返答をあえて即答にしなかったのは、上杉家がまだ完全に心を決めていないという緊張感を残すためです。大老の盟がまだ完成形ではなく、一軒一軒、丁寧な積み重ねの上に成り立っていることを、読者に感じてもらいたいと思いました。
「残るは、毛利。次郎兵衛の胸に、これまでで最も気の重い相手の名が、静かに浮かび上がっていた」という結びで、次の第二十五章「毛利の亀裂」へ、これまでとは質の異なる困難――一枚岩ではない相手との交渉――への緊張感を持ち越しています。




