第十九章 揺れる公家衆
第十八章で張った二つの糸に、この章でついに反応が返ってきます。信尹からは慎重な、内基からは含みのある返答――どちらも即答での勝利ではありません。ですがそこに、家康が金で朝廷を押し切ろうとする動きが重なり、次郎兵衛は初めて「財力では到底かなわない」という、これまでとは違う種類の劣勢に立たされます。
この章の見どころは、次郎兵衛が金という土俵での勝負を降り、「均衡そのものが朝廷にとっての安泰である」という、まったく別の理屈に持ち込むところです。相手の土俵で戦わず、勝負の土俵そのものを変える――この物語で繰り返されてきた発想が、朝廷工作という新しい舞台でも、そのまま貫かれています。
一
師走に入り、次郎兵衛のもとに、二つの糸それぞれから、返答が届き始めた。
まず届いたのは、近衛信尹からの返書だった。島津義弘を通じて手渡されたその文には、次郎兵衛の予想を超える、慎重な文言が並んでいた。
「――かつての一件、某の胸中に、今なお深く刻まれておること、そなたらの申す通りである。だが、口約束にて再び裏切られることは、二度とご免蒙りたい」
「……手厳しいな」
文を読み上げた達安が、苦笑した。
「されど、道理でもある。信尹様にとっては、一度ならず二度までも反故にされては、それこそ公家としての面目が立たぬ」
次郎兵衛は、深く頷いた。
「信尹様は、確かな証を求めておられる。口約束ではなく、形に残る誓紙――秀頼様御自らの花押が入った証文か、あるいは、諸大名連名での起請文か。それに類するものを、用意せねばなりますまい」
一方、一条内基からの返答は、より控えめなものだった。長宗我部盛親の使者を通じて届いたそれには、直接的な言質こそ避けられていたが、「時節到来せば、力添えせぬでもない」という、含みを持たせた一文が記されていた。
「内基様は、まだ様子見といったところか」
「はい。ですが、これは悪い兆候ではございませぬ。少なくとも、頭から断られたわけではない。むしろ、我らの動き次第で、いくらでも転びうる立場にあるということかと」
二
だが、事態は、次郎兵衛たちだけの都合で進むわけではなかった。
「大坂より急報にございます。家康様の使者が、御所へ再び参内された由」
その報せに、次郎兵衛は表情を引き締めた。
「内容は」
「詳しくは分かりかねますが……九条家への莫大な献金、並びに、御所の修繕費用の一部負担を申し出た、とのこと」
次郎兵衛は、拳を握りしめた。
(やはり、金で押し切る気か)
家康の狙いは明白だった。朝廷にとって、御所の維持や儀式の費用は、常に頭の痛い問題だ。そこに大きな献金を申し出れば、朝廷側も無下にはできない。
「戸川殿、我らも、それに見合う手を打たねばなりませぬ」
「しかし、我らの手元にある財は、家康様のそれには到底及ぶまい」
次郎兵衛は、しばし考え込んだ後、静かに口を開いた。
「金の多寡だけで、事が決まるわけではございませぬ。朝廷にとって、最も恐ろしいことは何か――それは、**一つの武家に、あまりに大きな力が集まりすぎること**にございます」
「それは……」
「家康様に肩入れしすぎれば、朝廷は、いずれ徳川一強の風下に立たされましょう。それは、朝廷にとっても、決して望ましいことではございませぬ。我らは、金ではなく、**この均衡そのものが朝廷の安泰に繋がる**、という理屈で臨むべきかと存じます」
三
次郎兵衛は、この理屈を、豪姫を通じて淀の方に、そして秀家を通じて、朝廷に近しい公家衆へと、丹念に伝えていった。
豊臣家、そして西軍連合が、なお大きな力を保っていること。もし関白位までもが徳川方に押さえられれば、この国の均衡は、完全に徳川一色に染まってしまうこと。それは、朝廷という、独自の権威を保ちたい存在にとっても、決して歓迎すべき未来ではないこと――。
数日後、思わぬところから、反応があった。
「後陽成天皇の御側近くにおられる、勧修寺光豊様より、内々のお言葉があったとのこと」
その報せに、次郎兵衛は身を乗り出した。
「如何なる」
「『事を急ぎ過ぎるは、いずれの方にとっても、良き事にあらず』――そのような、含みのあるお言葉であったと」
次郎兵衛は、静かに息を吐いた。
(帝御自らが、事の急変を望んでおられぬ、ということか)
これは、大きな手掛かりだった。天皇自身が、家康の急ぎ足に、密かな警戒を抱いている――そうであるならば、まだ、勝負の余地はある。
「戸川殿、秀家様にお伝えを。信尹様への誓紙の用意を急ぎ、同時に――」
次郎兵衛の頭の中で、次の一手が、急速に組み上がっていった。
師走の京の空に、雪がちらつき始めていた。
年の瀬までに、この均衡の行方が定まる――次郎兵衛は、そう確信していた。
この章で一番書きたかったのは、信尹の返答に滲む「二度と裏切られたくない」という切実さです。第三部の初めで一度反故にされた約束を、次郎兵衛たちはまだ正式には償っていません。信尹が口約束ではなく誓紙という「形」を求めたのは、公家としての面目だけでなく、この物語がこれまで積み重ねてきた「約束の重み」というテーマを、信尹自身の言葉で問い返す一幕でもあります。
また、勧修寺光豊を通じて示された帝の御意向――「事を急ぎ過ぎるは、いずれの方にとっても、良き事にあらず」――は、次郎兵衛にとって初めて得られた、朝廷側からの直接的な手掛かりです。これまで次郎兵衛は、大名同士の力学や、公家個々の事情を読み解くことはできても、帝御自身の意向までは窺い知ることができませんでした。この一言によって、次郎兵衛の朝廷工作が、初めて「帝の意志」という、最も重要な変数と繋がった瞬間として書きました。
「師走の京の空に、雪がちらつき始めていた」という情景で締めることで、次の第二十章「誓紙」に向けた、静かな緊張感を持ち越しています。




