第十八章 二つの糸
第十七章で危機感を露わにした次郎兵衛が、この章でついに具体的な調略に動き出します。狙うのは、島津義弘を通じた近衛信尹への働きかけと、長宗我部盛親を通じた一条内基への働きかけ――二つの独立したルートを、同時に仕掛けるという発想です。これまでの次郎兵衛は、一つの相手、一つの関係に丁寧に向き合うことで局面を切り開いてきました。ですがこの章では、初めて「複数の糸を同時に張る」という、より大きな盤面での戦い方が描かれます。相手は家康という、既に一本の糸(九条家)で先行している強敵です。単線の勝負では分が悪いと悟った次郎兵衛が、朝廷工作という不慣れな戦場でどう立ち回るか、その手際が試される章です。
一
佐和山城の一室に、次郎兵衛は、秀家、達安、そしてもう一人――薩摩の島津義弘の名代として遣わされた家臣を迎えていた。
「島津殿、此度は急な話にて申し訳ございませぬ」
次郎兵衛が頭を下げると、義弘の家臣は、鷹揚に頷いた。
「なに、殿もこの一件には並々ならぬ関心をお持ちだ。して、次郎兵衛殿の御用向きとは」
「近衛信尹様のことにございます」
次郎兵衛は、静かに切り出した。
「島津家と信尹様の御縁、それがしも聞き及んでおります。信尹様は、かつて薩摩に配流された折、御家より厚遇を受けられたとか」
「左様。義久様が、信尹様を実の兄弟のように遇された。殿も、その御縁を通じて信尹様とは浅からぬ誼を結んでおられる。信尹様も、それに深く恩義を感じておられる」
「であれば、折り入ってお願いがございます。信尹様は、かねてより関白位を巡り、豊臣家に――いえ、太閤殿下に、無念を抱いておられると聞き及びます」
義弘の家臣の表情が、僅かに動いた。
「よくご存じで」
「されば、今こそ、その無念を晴らす好機にございます。今度こそ確かな形で、信尹様に関白位を――ただし、いずれ秀頼様が成人された暁には、正式に御返しいただくという誓約を、今度こそ違えぬ形で結ばせていただきたい」
次郎兵衛は、深く頭を下げた。
「殿の御力添えを、どうか」
二
同じ頃、次郎兵衛は、もう一つの糸を手繰っていた。
佐和山城の別室には、土佐の長宗我部盛親の使者が招かれていた。関ヶ原で西軍に与した長宗我部家もまた、この均衡の中で、微妙な立場に置かれている家の一つだった。
「盛親様には、一条内基様との御縁がおありと伺いました」
次郎兵衛の問いに、使者は、僅かに苦い表情を浮かべた。
「……あまり、誇れる縁ではございませぬ。かつて我が先代・元親が、土佐一条家を解体するに際し、内基様と直接、談合いたした経緯がございます。土佐一条家は、今はもう跡形もございませぬが」
「その経緯を、責めるつもりはございませぬ。ただ、それだけの因縁があればこそ、内基様も、盛親様からの使者を無下にはなさりますまい」
次郎兵衛は、真摯に頭を下げた。
「一条内基様は、かつて関白を務められたお方。此度の関白職を巡る一件、九条家に決まってしまう前に、一条家からも一枚、お力添えをいただけないかと存じます」
使者は、しばし考え込んだ後、静かに頷いた。
「盛親様にお伝えいたそう。此度の均衡、長宗我部家にとっても、他人事ではございませぬゆえ」
三
両者が去った後、達安が、次郎兵衛に問うた。
「次郎兵衛殿、近衛と一条、二つの糸を同時に手繰るとは、いささか欲張り過ぎではないか」
「戸川殿。家康様は、九条家一本に絞って、迅速に事を進めておられましょう。我らが一つの糸だけに頼れば、その糸が切れた時、それで終わりにございます」
次郎兵衛は、静かに続けた。
「近衛信尹様が動かずとも、一条内基様が動いてくださるやもしれぬ。逆もまた、然り。二つの糸を同時に張ることで、どちらか一方でも家康様の目論見を崩せれば、それで良いのです」
「……相変わらず、抜け目のないことだ」
達安は、苦笑しながらも、どこか安堵したような表情を見せた。
秀家が、静かに口を開いた。
「次郎兵衛。時は、どれほど残っておる」
「分かりませぬ。ですが……家康様が、既に九条家への働きかけを始めておられる以上、悠長にはしていられませぬ。おそらく、年の内には」
次郎兵衛の言葉に、部屋の空気が、再び張り詰めた。
霜月の冷たい風が、佐和山城の廊下を吹き抜けていく。
関ヶ原の戦場から始まった均衡は、今、朝廷という、次郎兵衛が最も不慣れな戦場で、その真価を問われようとしていた。
この章で書きたかったのは、次郎兵衛の「欲張り」を、達安にあえて指摘させることでした。「二つの糸を同時に手繰るとは、いささか欲張り過ぎではないか」という達安の言葉は、読者が抱くであろう素朴な疑問を、そのまま代弁させる形にしています。それに対する次郎兵衛の答え――「一つの糸に頼れば、その糸が切れた時、それで終わり」――は、これまでの彼の戦い方の根底にある「冗長性を持たせる」という発想を、初めて明確に言語化したものです。
長宗我部盛親と一条内基の因縁(土佐一条家の解体という、かつての痛恨事)を持ち出したのは、単なる人脈紹介にとどまらず、それぞれの家が抱える「消えない過去」が、この物語の随所で再利用されていく――という手法の一貫性を保つためでもあります。第三十一章「罠と知りて」で見せる「あえて防がない」という判断も、この章での「二正面作戦」という発想も、根っこは同じ、次郎兵衛の柔軟な戦略眼から来ているのだと思います。
「年の内には」という次郎兵衛の言葉で終えることで、次の第十九章「揺れる公家衆」への時間的な切迫感を、そのまま持ち越しました。




