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和議という大きな山を越えた夜、次郎兵衛がようやく一人になって向き合うのは、達成感ではなく、これまでの道のり全体への静かな省察です。豪姫とまつの情から始まった均衡が、ここまで辿り着いた——その細い糸のつながりを、次郎兵衛は夜空の下で、もう一度確かめ直します。達安との対話は、これまでの物語を締めくくると同時に、次の物語への扉でもあります。「これで、そなたの戦いも、一区切りついたということか」という問いに、次郎兵衛がどう答えるかに、この物語の——そして次郎兵衛というキャラクターの、本質が表れます。

 その夜、次郎兵衛は、一人、寺院の廊下から、夜空を見上げていた。


 豪姫とまつ、この二人の女性の情から始まった均衡が、ついに、天下の形を変えるところまで辿り着いた。宇喜多騒動を防いだこと。まつを岡山に留めたこと。関ヶ原で史実を覆したこと。三成との対話。そして、この和議――全てが、細い糸のように繋がって、ここまで来た。


「次郎兵衛殿」


 声をかけてきたのは、達安だった。


「戸川殿」


「これで、そなたの戦いも、一区切りついたということか」


 次郎兵衛は、しばし考えた後、静かに首を振った。


「いえ。おそらく、これは一区切りに過ぎませぬ。徳川と、豊臣恩顧の諸大名――この均衡は、決して盤石ではございませぬ。これから先も、様々な火種が、燻り続けることでしょう」


「……なるほど。それでも、そなたは、それに立ち向かうつもりか」


「はい」


 次郎兵衛は、迷いなく答えた。


「それがしには、まだ知らぬ未来が待っております。だからこそ――この世界に生きる者として、これから先も、力を尽くして参りたいと存じます」


 達安は、次郎兵衛の肩を、軽く叩いた。


「よかろう。某も、これからも、そなたの傍らにおろう」


 夜空に、冬の星々が、静かに瞬いていた。


 史実になかった天下が、今、確かに、この世界に根を下ろそうとしていた。


 そして、次郎兵衛――中村次郎兵衛、いや、悠人の物語は、まだ、始まったばかりだった。


---


*(第二部・完)*


この場面で一番書きたかったのは、次郎兵衛に「終わった」と言わせないことでした。「いえ。おそらく、これは一区切りに過ぎませぬ」という答えは、第一部の終わりで彼が抱いていた感慨——「物語は、ここからが、本当の始まりだった」——と、正確に呼応するように書いています。関ヶ原という軍事的決着を越えても、次郎兵衛の戦いの構造そのものは変わらない、ということを示すためです。

「それがしには、まだ知らぬ未来が待っております」という一言には、次郎兵衛がもはや史実という地図に頼れないことを自覚しながらも、それでも前を向く姿勢を込めました。達安の「某も、これからも、そなたの傍らにおろう」という返答は、第二章の普請場から積み重ねてきた二人の関係の、確かな到達点です。

「史実になかった天下が、今、確かに、この世界に根を下ろそうとしていた」という一文で第二部は幕を閉じます。そして次の第三部「摂関の座」では、次郎兵衛の戦いの舞台が、戦場でも大名間の交渉でもない、朝廷という全く新しい領域へと移っていきます。

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