第十六章 新たなる天下 一
第十五章で三成が条件を示し、達安との対話でその意味を噛み締めた次郎兵衛たちが、この「一」でついに迎えるのは、これまでの全ての交渉の集大成——和議の正式な締結です。
近江の寺院に集うのは、もはや刃を交える者たちではなく、条文に署名する者たちです。東軍からは井伊直政という、家康の名代として重みのある人物が姿を見せます。次郎兵衛が末席から見つめるこの光景は、史実であれば決して存在しなかったはずの——多くの者が生き残ったままの——和議の場です。
これまで積み重ねてきたものが、ようやく一つの「結果」として形になる場面です。
慶長五年、神無月も末に近い頃、近江国内の寺院に、再び東西の使者が集った。
此度は、単なる交渉の場ではない。和議の条文を、正式に取り交わす場だった。
次郎兵衛は、宇喜多秀家に随行し、再びその場に立ち会っていた。東軍からは、本多正信に加え、家康の名代として、井伊直政の姿もあった。
「治部少輔殿の御隠退、確かに承った」
井伊直政が、重々しく口を開いた。
「家康様におかれても、此度の和議、大局を鑑みての御決断にございます。秀頼様の御地位、並びに御味方いたした諸大名の本領については、家康様御自らの書状をもって、確約いたす」
その言葉に、西軍側の面々の間に、静かな安堵が広がった。
次郎兵衛は、末席から、その光景を見つめながら、胸の内で複雑な感慨を噛み締めていた。
(史実とは、大きく違う結末だ)
史実の関ヶ原であれば、この場に立っているはずの多くの者たちは、既にこの世になかった。三成は斬首され、宇喜多秀家は八丈島へ流され、多くの大名家が改易・減封の憂き目に遭っていたはずだった。
だが、この世界では違う。誰も欠けることなく、この和議の場に立っている。
この場面で書きたかったのは、次郎兵衛の感慨を、勝利の高揚としてではなく、静かな驚きとして描くことでした。「史実とは、大きく違う結末だ」という一文には、三成の斬首も、秀家の八丈島流罪も、多くの大名家の改易も、この世界では起きなかったという事実の重みを込めています。
派手な逆転劇ではなく、「誰も欠けることなく、この和議の場に立っている」という、地味だけれど何より雄弁な光景で場面を締めくくることで、次郎兵衛たちの戦いの本質——命を守るための戦い——を、あらためて示したいと思いました。
次の「二」では、和議の具体的な条文の中身が明らかになり、この世界の天下の形が、史実の「徳川一強」とはっきり異なる輪郭を持ち始めます。




