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第十四章 治部少輔 一

第十三章で交渉の糸口を作った次郎兵衛が、この「一」でついに対峙するのは、これまでこの物語で一貫して「史実上の人物」として扱われてきた石田三成、その人です。

秀家の隣に控え、三成の表情の変化を注意深く見つめる次郎兵衛。「隠居・蟄居」という条件が告げられた瞬間の三成の怒りは、史実で語られる三成の一途な忠義心と矜持を、そのまま体現しています。「そなたまでもが、家康に膝を屈せよと申されるか」という一言に滲む孤立感は、これまで次郎兵衛が動かしてきたどの人物とも違う、手強い相手であることを予感させます。

 佐和山城の一室に、石田三成は、一人、書見台に向かっていた。


 次郎兵衛は、秀家と共に、その部屋を訪れた。三成は、二人の姿を見ると、書物から視線を上げ、鋭い目を向けた。


「中納言様。此度は、如何なる御用向きか」


「治部殿。近江での交渉について、御報告に上がった」


 秀家が、静かに切り出した。三成は、腕を組んだまま、黙って耳を傾けた。


 次郎兵衛は、秀家の隣に控えながら、三成の表情の変化を、注意深く見つめていた。家康側から提示された「隠居・蟄居」という条件が語られた瞬間、三成の眉が、僅かに動いた。


「――某に、隠退せよ、と」


 三成の声は、低く、静かだったが、その奥に、抑えきれぬ怒りが滲んでいた。


「治部殿の忠義、それがしも、重々承知しております」


 秀家が、慎重に言葉を継いだ。


「だが、此度の戦、我らもまた、多くの兵を失った。これ以上の長期戦は、豊臣家の御為にすら、なりますまい」


「秀頼様の御為と申すならば、この身命を賭して、家康の専横を防ぐことこそが、我が務め」


 三成の声が、僅かに強くなった。


「中納言様、そなたまでもが、家康に膝を屈せよと申されるか」


 場の空気が、一気に張り詰めた。


この場面で書きたかったのは、三成を「頑固な抵抗者」としてではなく、筋の通った忠義の人として描くことでした。「秀頼様の御為と申すならば、この身命を賭して、家康の専横を防ぐことこそが、我が務め」という三成の言葉は、彼なりの正義そのものです。次郎兵衛の和議案は、その正義と正面から衝突する提案であることを、まず読者に感じてもらいたいと思いました。

秀家という、これまで次郎兵衛の主君として穏やかに描かれてきた人物が、この場面では三成に対して防戦一方になる——その構図の中で、末席の次郎兵衛がどう動くのか。「場の空気が、一気に張り詰めた」という一文で「一」を締めることで、次の「二」で次郎兵衛が覚悟を決めて発言に踏み出す緊張感を、そのまま持ち越しました。

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