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「二」で交渉の糸口を作った次郎兵衛ですが、この「三」で彼が向き合うのは、提案が受け入れられた安堵ではなく、その先にある、もっと大きな壁です。「体面を保った隠退」という案が、果たして誇り高い三成本人に受け入れられるのか——秀家の懸念は、次郎兵衛自身の懸念でもあります。

これまで次郎兵衛は、間接的な布石によって多くの人を動かしてきました。ですがこの場面で彼が申し出るのは、初めての「直接対話」という、最も正面からの手段です。史実で誰よりも孤高だったと伝わる三成に、次郎兵衛はどう向き合うのか——次章への大きな伏線が敷かれます。

 本多正信は、しばし黙考した後、小さく頷いた。


「……次郎兵衛殿と申されたか。中々に、面白いことを申される」


「畏れ入りまする」


「その儀、持ち帰り、家康様にお伝えいたそう。他の条件についても、追って詳細を詰めることといたしたい」


 この日の交渉は、ひとまず、決裂を免れる形で幕を閉じた。だが、次郎兵衛には分かっていた。これは、まだ始まりに過ぎない。


 寺院を後にする道すがら、秀家が次郎兵衛に声をかけた。


「次郎兵衛、よくぞ、あの場を繋いでくれた。だが……三成殿が、素直に隠退を受け入れるとは、到底思えぬが」


「はい。それがしも、同じ懸念を抱いております」


 次郎兵衛は、正直に答えた。


「ですが殿、三成殿に、この案をお伝えする前に、まず――我らが、腹を割って、三成殿と話し合う場を持つべきかと存じます」


「三成殿と、直に……」


 秀家は、しばし考え込んだ後、静かに頷いた。


「よかろう。佐和山に戻り次第、その場を設けよう」


 和議への道は、まだ半ばだった。だが、次郎兵衛の胸には、確かな手応えが残っていた。


 近江の空に、夕暮れの色が滲み始めていた。


この場面で書きたかったのは、次郎兵衛が交渉の成功を、素直な喜びとして描かなかったことです。「これは、まだ始まりに過ぎない」という一文には、政治交渉というものが、一つの山を越えてもすぐに次の山が現れる、終わりの見えない性質のものだという実感を込めました。

「三成殿と、直に――」という秀家の驚きと、それに静かに頷く次郎兵衛のやり取りには、次郎兵衛がこれまで避けてきた——あるいは避けられていた——三成という人物との、初めての正面からの接触が予告されています。史実の三成は、次郎兵衛にとって「知っている歴史上の人物」でしたが、ここからは「対話すべき生身の人間」に変わっていきます。

「和議への道は、まだ半ばだった。だが、次郎兵衛の胸には、確かな手応えが残っていた」——夕暮れの空を背景にしたこの結びで、第十三章は幕を閉じます。次の第十四章「治部少輔」では、いよいよ次郎兵衛が、石田三成その人と対峙することになります。

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