二
「一」で静かに情勢を見極めていた次郎兵衛は、この「二」で、ついに自ら発言に踏み出します。本多正信が切り出したのは、この和議における最大の争点——石田三成の処遇でした。
史実であれば斬首という結末を辿る三成に対し、隠居・蟄居という条件は、確かに穏当なものです。ですが西軍にとって、それは容易く飲める話ではありません。交渉の場に走る重い沈黙——ここで「誰かが、間を繋がねば」と決意する次郎兵衛の姿に、これまでとは違う種類の当事者性が表れます。
「率直に申し上げれば」
本多正信は、続けた。
「治部少輔殿――三成殿については、此度の兵乱の責を、いずれかの形で取っていただく必要がございましょう」
その言葉に、西軍側の空気が、僅かに張り詰めた。
「隠居、あるいは、しかるべき地への蟄居。これをもって、家康様も、矛を収める大義名分とされたい――というのが、家康様の御意向にございます」
次郎兵衛は、拳を握りしめた。史実であれば、三成は斬首の運命を辿った。それに比べれば、隠居・蟄居という条件は、遥かに穏当なものだ。だが、それでも、西軍にとっては、決して容易く飲める条件ではなかった。
「三成殿は、此度の戦において、豊臣家への忠義を貫かんとしたお方。それを罪人の如く扱うことには、承服いたしかねる」
毛利方の重臣が、強く反発した。
交渉の場に、重い沈黙が下りた。次郎兵衛は、このままでは交渉が決裂しかねないと、肌で感じ取っていた。
(誰かが、間を繋がねば)
次郎兵衛は、意を決して、口を開いた。
「畏れながら、一言、申し上げてもよろしいでしょうか」
秀家が、驚いたように次郎兵衛を見た。だが、制止はしなかった。
「正信殿。三成殿の御処遇について、我らの立場からは、到底、易々とは頷けませぬ。ですが……三成殿御自身が、御家中の安寧のため、自ら身を引かれるとあらば、これはまた、話が違いましょう」
次郎兵衛の言葉に、本多正信の目に、僅かな興味の色が浮かんだ。
「ほう。それは、如何なる意味でござろうか」
「罪として処されるのではなく、御自らの意志として、隠退の道を選ばれる――体面としては、大きな違いにございます。家康様にとっても、豊臣家中の内々の御裁定を、外から力づくで強いたわけではない、という形が保てましょう」
この場面で一番書きたかったのは、次郎兵衛が単に「和解案を出した」のではなく、「体面の作り方」を提案したという点です。「罪として処されるのではなく、御自らの意志として、隠退の道を選ばれる」という言葉には、実質的な処遇はほとんど変えずに、当事者の誇りだけは守るという、次郎兵衛らしい発想が表れています。第三章で岡越前守に新田開発案を示したときと同じ、「対立の構造そのものを変える」という戦い方の、政治交渉版と言えるかもしれません。
「畏れながら、一言、申し上げてもよろしいでしょうか」と、秀家の許しを得た上で発言する次郎兵衛の慎重さも、意識して描きました。末席の家老が、主君を差し置いて交渉の場に割って入ることの重みを、次郎兵衛自身がよく理解しているという描写です。
本多正信の「中々に、面白いことを申される」という反応が、次の「三」でどう転がっていくのか——次郎兵衛の提案が、果たして三成本人に届く道筋を作れるのかが、続く場面の焦点になります。




