二
「一」で均衡そのものを武器と見立てた次郎兵衛は、この「二」で、その見立てを具体的な提案へと押し上げます。「睨み合いながら、同時に、和議への道筋を探るべきかと存じます」——これまでの物語で最も大胆な一手が、秀家という主君を前にして、ついに言葉になります。
ですがこの提案の先にあるのは、次郎兵衛の知識ではなく、完全な未知の領域です。史実には存在しない道筋を、彼はこれから自分の判断だけで切り拓いていかなければなりません。豪姫の名を口にする次郎兵衛の表情には、これまでとは違う種類の緊張が滲みます。
評定の後、次郎兵衛は秀家に呼び止められた。
「次郎兵衛、そなたの見立てを聞きたい」
「畏れながら申し上げます。此度の戦、我らは勝ちきれなかった。ですが、東軍もまた、勝ちきれなかった。この均衡こそが、今の我らにとって、最も重い武器かと存じます」
「武器、とは」
「はい。家康様は、加賀の脅威を抱えたまま、美濃で我らと再び雌雄を決するには、あまりに危うい賭けを強いられておりましょう。かと申して、退けば、豊臣恩顧の諸大名の心が、いよいよ離れていく。動くも地獄、動かぬも地獄――それが今の家康様の御立場かと」
秀家は、しばし考え込んだ後、静かに頷いた。
「つまり、そなたは、このまま睨み合いを続けよ、と申すのだな」
「いえ。睨み合いながら、同時に、和議への道筋を探るべきかと存じます」
次郎兵衛の言葉に、秀家は驚いたように目を見開いた。
「和議、だと? 治部殿が、それを容れるとは思えぬが」
「治部殿お一人の御意向で、この戦の行方が決まるわけではございませぬ。毛利様、島津様、そして……前田様。それぞれのお家に、それぞれのお立場がございます。誰も彼もが、これ以上の消耗を望んでおられるわけではございますまい」
秀家は、深く息を吐いた。
「……そなたの申すこと、一理ある。だが、和議を持ちかけるとして、誰が、どのように動く」
次郎兵衛は、一瞬、言葉に詰まった。ここから先は、次郎兵衛の知る史実には存在しない、全く未知の領域だった。
「それがしに、心当たりがございます。ですが、まずは……」
次郎兵衛は、豪姫の顔を思い浮かべていた。
「豪姫様と、まつ様のお力をお借りしとうございます」
この場面で書きたかったのは、次郎兵衛が「一瞬、言葉に詰まった」という描写です。ここまでの彼は、たとえ確信がなくとも、史実という下敷きの上で言葉を紡いできました。ですが「和議を、誰が、どのように動かすか」という秀家の問いに、次郎兵衛はもう答えを持っていません。この物語で初めて、次郎兵衛が完全に「地図のない場所」に足を踏み入れる瞬間です。
それでも「豪姫様と、まつ様のお力をお借りしとうございます」と言い切れたのは、第五章、第六章で積み重ねてきた前田家との関係が、単なる軍事的な布石ではなく、次郎兵衛にとって最後に頼れる具体的な足がかりになっていたからです。知識が尽きた場所で、次郎兵衛が最後に頼ったのが「人」だったという構図に、この物語らしさを込めました。
次の「三」では、この提案が実際に岡山への使者という形を取り、達安との会話を通じて、次郎兵衛自身のこれまでの歩みが振り返られます。




