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第二部 天下、静まらず 第十一章 睨み合い 一

第一部で「勝者なき関ヶ原」を成し遂げた次郎兵衛たちを待っていたのは、決着ではなく、新たな種類の緊張でした。この「一」から始まる第二部は、軍事的な勝敗ではなく、政治的な駆け引きが物語の主戦場になります。

石田三成の強硬論と、それに同調しない諸将——史実でも語られる三成の孤立が、この世界でも変わらぬ形で描かれます。ですが次郎兵衛の目には、それとは違う景色が映っています。この均衡そのものが、力ではなく武器になり得るという、これまでの戦い方の延長線上にある発想です。

末席から議論を見つめる次郎兵衛の視線に、第二部の方向性が静かに示されています。

 関ヶ原の戦いから半月が過ぎた。


 両軍は、大垣と佐和山の線を境に、睨み合いを続けていた。東軍は美濃・尾張方面に陣を敷いたまま動かず、西軍もまた、消耗した兵を立て直すべく、佐和山城を後方拠点として態勢を整えていた。


 次郎兵衛は、宇喜多秀家に随行し、佐和山城下に設けられた軍議の場に出席していた。石田三成の居城であるこの城で、西軍首脳による評定が開かれるのは、これで三度目だった。


「加賀の前田勢、越前口まで進出した由にございます」


 毛利家の使者が、そう報告した。前田利長の参戦は、確かに西軍にとって大きな援護となっていた。だが、次郎兵衛は評定の空気に、微妙な違和感を覚えていた。


「此度の機に乗じ、一気に東軍を美濃から駆逐すべきかと存ずる」


 石田三成が、鋭い目つきで諸将を見渡しながら言った。三成らしい、正論に基づいた主張だった。だが、その言葉に頷く者は、思いのほか少なかった。


「治部殿のお考え、分からぬではない。だが……」


 口を開いたのは、宇喜多秀家だった。


「我が軍もまた、あの一戦で少なからぬ痛手を負っておる。ここで無理な攻勢に出れば、せっかく守り抜いた戦線を、自ら危うくしかねぬ」


「中納言様の仰る通り。島津殿の軍も、これ以上の消耗戦は望んでおられまい」


 毛利方の重臣も、慎重論に同調した。


 次郎兵衛は、末席から、その議論の行方を静かに見つめていた。史実の三成は、多くの大名から人望を欠いていたと伝わる。この世界でも、その傾向は変わっていないようだった。だが――皮肉なことに、この世界の西軍は、史実よりも遥かに手強い状態で、ここに踏みとどまっている。


(無理に攻めずとも、この均衡そのものが、我らの武器だ)


 次郎兵衛は、そう見ていた。


この場面で書きたかったのは、次郎兵衛の立ち位置の変化です。第一部の彼は、豪姫や達安といった個人に働きかける「現場の人間」でした。ですがこの場面の次郎兵衛は、軍議という天下の意思決定の場に列席し、それでもなお末席から静かに情勢を見極める、いわば「観察者」としての顔を強めています。

「無理に攻めずとも、この均衡そのものが、我らの武器だ」という独白は、第七章で豪姫に説いた「旗幟を曖昧にし続けること」と同じ発想の、より大きな舞台での応用です。対立や力を正面からぶつけ合うのではなく、状況そのものを味方につける——次郎兵衛の戦い方の一貫性が、ここでも確認できます。

次の「二」では、秀家に見立てを問われた次郎兵衛が、ついに「和議」という、これまでで最も大きな一手を口にします。

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