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第十章 天下、定まらず 一

関ヶ原という最大の山場を越えた第一部の終幕、その直後を描くのがこの「一」です。夜が明けた戦場に広がるのは、勝利の熱狂ではなく、両軍の骸と、癒えぬ傷を抱えた兵たちの姿でした。

秀家との対話を通して確認されるのは、史実であればこの日のうちに完全崩壊していたはずの西軍が、痛手を負いながらも踏みとどまったという事実です。ですが同時に、東軍もまた決定的な勝利を逃した——「終わったわけではございませぬな」という次郎兵衛の一言が示す通り、この章は、勝敗の決着ではなく、新たな不確定な局面の始まりを告げています。

 夜が明けても、関ヶ原の戦場には、両軍の骸と、癒えぬ傷を抱えた兵たちの姿が広がっていた。


 次郎兵衛は、右肩に晒しを巻いた姿で、宇喜多秀家の本陣を訪れていた。秀家自身、具足のあちこちに刀傷を負いながらも、辛うじて命を長らえていた。


「次郎兵衛、大儀であった。戸川からは、そなたの働きぶりを聞いておる」


「殿……勿体なきお言葉にございます」


 秀家の顔には、深い疲労と、それでもなお消えぬ緊張が刻まれていた。


「東軍は、本日未明、大垣より兵を退いたとの報せが入った。だが……」


「だが、まだ終わったわけではございませぬな」


 次郎兵衛の言葉に、秀家は重々しく頷いた。


 史実であれば、この日のうちに西軍は完全に瓦解し、三成は敗走、島津義弘は決死の敵中突破を敢行し、宇喜多秀家自身も戦場を落ち延びて、後に薩摩へと逃れることになる。


 だが、この世界では違った。西軍は、痛手を負いながらも、崩壊を免れた。東軍もまた、決定的な勝利を得られぬまま、兵を退いた。


 天下分け目の戦いは、勝者なきまま、次の局面へと持ち越されていた。



この場面で書きたかったのは、勝利の実感を、あえて静かなトーンで描くことでした。秀家の「大儀であった」という労いの言葉にも、高揚感より深い疲労がにじんでいます。歴史を変えるということが、派手な逆転劇ではなく、多くの傷と喪失を伴う、地道な踏みとどまりの積み重ねだったことを、この場面で改めて示したかったのです。

「天下分け目の戦いは、勝者なきまま、次の局面へと持ち越されていた」という一文は、第一部のクライマックスである関ヶ原の結末を総括すると同時に、これから始まる第二部——政治的な駆け引きの時代への橋渡しでもあります。

次の「二」では、次郎兵衛が最も心血を注いだ布石——前田家の去就が、ついに明らかになる瞬間が描かれます。

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