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これまで積み上げてきたすべての布石——宇喜多家中の結束、前田家との均衡、達安の機転——が、この「三」で一つの結末として収束します。史実ではわずか半日で決した天下分け目の一日が、この世界では、日暮れが近づいてもなお、決着を見ていません。東軍の陣から響く退き鉦の音。それは劇的な勝利ではなく、次郎兵衛が第一部を通して積み重ねてきた、地味で粘り強い努力の到達点です。「歴史を変えた」という達安の言葉が、安堵と同時に、これから訪れる新たな混沌の予感を帯びているところに、この章の——そして第一部そのものの結びとしての重みがあります。

 申の刻を過ぎ、日が西に傾き始める頃、戦場には奇妙な均衡が漂い始めていた。


 小早川勢の攻勢は、依然として続いていた。だが、脇坂ら四将の腰の引けた動きが響き、勢いは当初ほどではなくなっていた。中央の宇喜多・福島の激突も、両軍疲弊しきり、大きな動きが取れぬまま、睨み合いに近い状態になっていた。


「達安殿、東軍の動き、鈍っておりまする」


 次郎兵衛の言葉に、達安も戦場の様子を見渡しながら頷いた。


「うむ……勢いが、削がれておる。このまま日が暮れれば……」


 両者の言葉の先は、誰にも分からなかった。だが、少なくとも一つ、確かなことがあった。


 史実の関ヶ原は、わずか半日で決着がついた戦だった。だが、この世界の関ヶ原は、日暮れが近づいてなお、決着を見ていなかった。


 やがて、日輪が山の端に沈み始めた頃、東軍の陣から、退き鉦の音が響き渡った。


「……退くのか」


 次郎兵衛は、呆然とその音を聞いていた。完全な勝利ではない。西軍もまた、深手を負い、疲弊しきっている。だが、少なくとも――この日、この場所で、東軍は決定的な勝利を得ることができなかった。


 史実で伝わる「天下分け目の一日」は、この世界では、勝者なきまま、暮れようとしていた。


 達安が、次郎兵衛の肩を、血に汚れた手で強く掴んだ。


「次郎兵衛殿……我らは、歴史を変えたのやもしれぬ」


 その声には、安堵と、そしてこれから訪れるであろう、更なる混沌への予感が、共に滲んでいた。


 関ヶ原の空に、赤く染まった夕日が沈んでいく。


 戦は、終わっていなかった。


この場面で一番書きたかったのは、「勝利」という言葉をあえて使わないことでした。東軍が退いたことは、西軍の勝利を意味しません。両軍ともに深手を負い、疲弊しきったまま、ただ「決定的な敗北を免れた」という状態で日が暮れる——これは次郎兵衛たちの物語にふさわしい、地に足のついた結末だと思って書きました。

「我らは、歴史を変えたのやもしれぬ」という達安の言葉に「やもしれぬ」という留保を残したのも、同じ理由からです。関ヶ原での「勝者なき決着」は、あくまで長い戦いの一区切りに過ぎず、その先に何が待っているのかは、次郎兵衛自身にもまだ見えていません。

「戦は、終わっていなかった」という一文で第一部の山場を締めくくることで、次の第十章「天下、定まらず」以降、政治的な決着という新たな戦いが始まることを示唆しています。関ヶ原という軍事的な決戦を制した(正確には、決定的に負けなかった)次郎兵衛たちが、次にどう天下の均衡を築いていくのか——物語はここから、新たな局面に入ります。

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