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「一」で戦場の代償を身をもって知った次郎兵衛から離れ、この「二」では、視点が家康の本陣へと移ります。次郎兵衛たちが直接目にすることのない場所で、彼らの積み上げてきた策が、静かに効果を発揮し始める場面です。

小早川の裏切りが期待した効果を挙げていないことへの家康の苛立ち。そこに追い打ちをかけるように届く、前田家の去就不明という急報——まつを岡山に留め続けたこと、旗幟を曖昧にし続けたことという、次郎兵衛が丹念に育ててきた「見えない布石」が、ここで初めて、戦場そのものの流れを変える力として姿を現します。

次郎兵衛自身が知らないところで、彼の策が歴史を動かしている——その構図こそが、この場面の醍醐味です。

 同じ頃、戦場の中央では、宇喜多秀家本隊と福島正則隊の激突が、なおも続いていた。


 史実であれば、大谷隊の崩壊を機に、西軍全体が総崩れとなり、宇喜多本隊もまた、その渦に呑まれていったはずだった。だが、この世界では、大谷隊の側面がぎりぎりで持ちこたえたことにより、西軍全体の崩壊は、まだ始まっていなかった。


 東軍本陣、家康の床几の傍らでは、次第に苛立ちの色が濃くなっていた。


 ――これは、後に伝わる話である。


 小早川の寝返りという、勝敗を一気に決めるはずだった一手が、期待したほどの効果を挙げていない。松尾山の麓は、なおも大谷・戸川の軍勢によって支えられ、東軍全体を勢いづけるはずだった「西軍総崩れ」の連鎖が、起きていなかった。


 そこへ、さらに家康の心を騒がせる一報が届いた。


「加賀より急報にございます。前田利長様、いまだ旗幟を明らかにされず、金沢では軍勢の動きあり、との由」


 まつを未だ手元に置いたまま、去就を明らかにしない前田家。もし関ヶ原が長引き、前田が万一西軍に呼応するような動きを見せれば、家康は北陸という後背から、思わぬ脅威に晒されかねない。


 史実であれば、既に前田は恭順の意を明確に示し、家康にとって憂いのない存在だったはずだ。だが、この世界では、その保証がどこにもなかった。


 家康は、しばし黙考した後、静かに命じた。


「……これ以上の深追いは無用。陣を固め、様子を見よ」


 東軍の猛攻に、微かな翳りが差した。


この場面で書きたかったのは、次郎兵衛の存在を、あえて描写から外すことでした。彼がこの瞬間、何をしているかではなく、彼が「いない場所」で、彼の仕掛けた布石がどう機能しているかを描くことで、次郎兵衛の策謀がもはや彼一人の手を離れ、独立した歴史の力学として動き始めていることを示したかったのです。

「これ以上の深追いは無用。陣を固め、様子を見よ」という家康の決断は、劇的な逆転ではなく、あくまで慎重さゆえの選択として描きました。家康という人物を、次郎兵衛の策に翻弄される愚か者としてではなく、不確定要素を前に合理的な判断を下す名将として描くことで、次郎兵衛たちの勝利をより価値あるものにしたいという狙いがあります。

「東軍の猛攻に、微かな翳りが差した」——この一文を境に、物語はいよいよ日暮れへ向けた最終局面に入ります。次の「三」では、この均衡が、史実にはなかった「勝者なき関ヶ原」という結末へと収束していきます。

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