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第九章 夕暮れの均衡 一

第八章で「変わった」と実感した次郎兵衛が、この「一」で向き合うのは、その変化にともなう重さです。史実であれば崩壊していたはずの側面が、辛うじて持ちこたえている——それは確かな成果でありながら、目の前では見知った家臣たちが、次々と血だまりに沈んでいきます。

歴史を変えるということは、机上の采配だけでは済まない——これまで知略と対話で物語を動かしてきた次郎兵衛が、初めて「代償」という言葉の重みを、自分の身体で受け止める場面です。

 未の刻。関ヶ原の戦場は、なおも硝煙と血の匂いに満ちていた。


 次郎兵衛は、肩に浅手を負いながらも、達安隊と共に、大谷吉継隊の右翼を必死に支え続けていた。小早川秀秋の猛攻は依然として激しい。だが、脇坂・小川・赤座・朽木の四将は、達安隊の機先を制した一撃によって完全な寝返りには踏み切れず、及び腰のまま、戦線の外縁で立ち往生していた。


「持ちこたえておるぞ……!」


 達安が、血の滲んだ額を拭いながら叫んだ。史実であれば、とうに崩壊していたはずの側面が、辛うじて、まだそこにあった。


 だが、代償は小さくなかった。達安隊の兵は、次々と倒れていく。次郎兵衛の周りでも、見知った顔の家臣が、幾人も血だまりに沈んでいった。


(これが、俺の選んだ道の代償か)


 次郎兵衛は、槍を握る手に力を込めながら、奥歯を噛みしめた。歴史を変えるということは、机上の采配だけでは済まない。多くの命が、今、この瞬間にも失われている。


 それでも、退くわけにはいかなかった。



この場面で書きたかったのは、次郎兵衛に「勝利の高揚」だけを与えなかったことです。「これが、俺の選んだ道の代償か」という自問は、第八章の終わりの高揚感に、あえて影を落とすために置きました。史実改変という行為を、都合の良い成功譚として描かないための、次郎兵衛なりのけじめのような一文です。

それでも「退くわけにはいかなかった」と踏みとどまる次郎兵衛の姿には、これまで積み重ねてきた責任の重さ——豪姫の願い、達安との盟約、多くの家臣たちの命——を、今さら投げ出せないという覚悟を込めました。

次の「二」では、視点が戦場中央から家康の本陣へと移り、次郎兵衛たちが直接目にすることのない場所で、彼らの策がどう作用しているのかが描かれます。

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