二
「一」で戦後の均衡を確認した次郎兵衛のもとに、この「二」でついに、物語全体を通して最も重要な報せが届きます。前田利長が、旗幟を明らかにした——その報せです。
まつを岡山に留め続けたこと、旗幟を曖昧にし続けるよう説き続けたこと。第二章から第七章まで、幾度となく描かれてきた「見えない布石」のすべてが、ここで一つの結論に収束します。次郎兵衛にとってこれは、単なる戦況の好転ではなく、自分がこの世界に来てから積み上げてきたものの、正真正銘の答え合わせです。
数日後、次郎兵衛のもとに、豪姫からの使者が訪れた。金沢からの報せだという。
「利長様が、ついに旗幟を明らかにされました」
その報せに、本陣にいた者たちの間に、緊張が走った。
次郎兵衛は、固唾を呑んで、使者の言葉の続きを待った。
「前田家は、西軍への合力を表明。加賀・能登の兵を挙げ、北陸より東軍の背後を脅かす構えを見せておるとのこと」
その瞬間、次郎兵衛の胸に、熱いものがこみ上げた。
(変わった……本当に、変わったのだ)
史実であれば、前田利長は完全に家康に恭順し、東軍として越前・加賀方面で西軍に与する大名たちと戦っていたはずだった。だが、まつを人質として差し出すのではなく、娘のもとに送るという「岡山行き」の一手が、前田家の去就をぎりぎりまで宙吊りにし続けた。そして今、関ヶ原で東軍が決定的な勝利を得られなかったことが、その天秤を、ついに西軍側へと傾けさせたのだ。
「戸川殿」
傍らにいた達安に、次郎兵衛は声をかけた。
「前田までもが動いたとなれば……家康様も、容易には動けますまい」
「うむ。加賀百万石の兵が背後に立てば、たとえ関ヶ原で優位に立っていたとしても、家康様は北陸と美濃、両にらみを強いられよう。此度の均衡、そう容易くは崩れまい」
達安の声にも、確かな手応えが滲んでいた。
この場面で書きたかったのは、次郎兵衛の実感を、静かな高揚として描くことでした。「変わった……本当に、変わったのだ」という独白は、これまでの章で繰り返されてきた「変わった」という実感の、いわば最終形です。関ヶ原での局地的な変化から、天下の勢力図そのものの変化へ——次郎兵衛が動かしたものの大きさが、ここで初めて明確な形を取りました。
達安との「此度の均衡、そう容易くは崩れまい」というやり取りには、これまで積み重ねてきた信頼関係が、もはや言葉少なでも通じ合う域に達していることを込めています。第二章で普請場から始まった二人の関係が、天下の情勢を語り合う対等な間柄にまで育った、その到達点でもあります。
ですがこの章はまだ、物語の終わりではありません。次の「三」では、次郎兵衛自身が「俺の知識は、ここまでだ」と自覚する場面が描かれ、いよいよ第一部そのものの締めくくりへと向かいます。




