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第八章 関ヶ原 一

第七章までの積み上げが、ここでついに一つの答えとして提示されます。舞台は関ヶ原、慶長五年九月十五日未明。史実で最も有名な合戦のその日が、次郎兵衛の物語としても、いよいよ本番を迎えます。

注目すべきは、次郎兵衛が本来の役割——普請・兵站を離れ、達安隊に自ら志願して戦場に立つという選択です。これまで陰で歴史を動かしてきた次郎兵衛が、初めて自分の身を戦場という最前線に置きます。そしてそこに待っていたのは、史実では孤独だったはずの大谷吉継への「余剰の戦力」という援軍でした。

積み重ねてきた布石が、ここで初めて目に見える戦力として結実する瞬間です。

 慶長五年九月十五日、未明。


 美濃国関ヶ原は、深い霧に包まれていた。次郎兵衛は、床几に座る戸川達安の傍らに立ち、白く煙る戦場を見つめていた。


 次郎兵衛自身は、本来ならば普請・兵站を担う立場だ。だが、此度ばかりは違う。達安が率いる別動隊――本来なら宇喜多騒動によって家中を去っていたはずの家臣団と、その手勢――に、次郎兵衛は自ら志願して同行していた。


「次郎兵衛殿、本当に良いのか。ここは、戦場の最前ではないにせよ、危うい場所には違いない」


「戸川殿。それがしがこの日のために働いてきたのは、まさにこの瞬間のためにございます。ここで退くわけには参りませぬ」


 達安隊、およそ数千。松尾山の麓、大谷吉継隊の後方に位置する布陣だった。史実であれば存在しなかったはずの、この世界だけの「余剰の戦力」が、そこにあった。


 霧の向こうから、大谷吉継自身が、馬を進めてこちらへやってきた。隻眼の名将は、隆起した頬を強張らせながら、達安に向かって深く頭を下げた。


「戸川殿。此度のご助勢、痛み入る。松尾山の裏切りへの備え、某一人では、いささか心許なかった」


「刑部少輔殿こそ、よくぞお気づきになられた。あの山上の軍勢、某の目にも、いささか不穏に映り申す」


 達安の言葉に、吉継は静かに頷いた。史実でも小早川の不穏な動きを見抜いていたと伝わる吉継は、この世界でも変わらず、その慧眼を発揮していた。違うのは――その孤独な警戒に、今、援軍が加わっているということだった。


 次郎兵衛は、静かに拳を握った。


(史実が変わるとすれば、まさにここだ)



この場面で書きたかったのは、次郎兵衛にとっての関ヶ原が、「観客」から「当事者」へ変わる瞬間だということです。これまで彼は、史実を知る者として、間接的に歴史へ働きかけてきました。ですがこの章で、彼は自らの意志で最前線に立つことを選びます。「ここで退くわけには参りませぬ」という一言には、これまでの全ての努力を、自分の目で見届けたいという次郎兵衛の切実さが込められています。

大谷吉継と達安のやり取りは、史実に忠実な部分(吉継が小早川の不穏な動きを見抜いていたこと)と、この世界だけの変化(そこに援軍が加わっていること)を対比させる形で書きました。孤独な名将が、もう一人ではないという事実こそが、この物語における最大の「変化」の証です。

「史実が変わるとすれば、まさにここだ」——この一文を胸に、次郎兵衛は開戦の瞬間を迎えます。次の「二」では、実際の戦闘と、次郎兵衛が最も恐れていた小早川秀秋の動きが描かれます。

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