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「一」で己の狡猾さを自覚した次郎兵衛は、この「二」でその狡猾さを、実務として淡々と実行に移していきます。

体調不良、雪深い北国路、大坂・伏見の不穏な情勢——次郎兵衛たちが金沢へ返す理由は、一つひとつはもっともらしく、しかし積み重なるほどに、その意図は透けて見えてきます。派手な策略ではなく、こうした地道な引き延ばしの積み重ねこそが、この物語における次郎兵衛の戦い方の本質です。

家康という、この時代で最も慎重な男の「動かなさ」すら利用する——次郎兵衛の狡猾さが、ここで一段と研ぎ澄まされていきます。

「母君の御体調、いまだ本調子ならず。今しばらくの逗留、平にご容赦いただきたく」


 金沢から使者が来るたび、宇喜多家はそう繰り返した。最初のうちは、事実、旅の疲れからまつの体調が優れなかったこともあった。だが、それが快復した後も、次郎兵衛は様々な理由を積み重ねていった。


「北国路は、これから雪深くなる時節。姫様のお身体を思えば、無理な帰路は避けるべきかと」


「大坂・伏見の情勢、いまだ落ち着かず。道中の安全、確とは請け合えませぬ」


 一つ一つは、もっともらしい理由だった。だが、積み重なれば、まつの岡山逗留は、当初の予定よりも遥かに長引いていった。


 豪姫自身、母をそばに置いておきたいという情から、これらの「理由」に異を唱えることはなかった。むしろ、積極的に賛同した。


 金沢の前田利長も、内心では複雑だったろう。だが、母が徳川の圧が強い金沢よりも、安全な岡山にいることを、表向きは責めなかった。それどころか、次郎兵衛が達安を通じて探った限りでは、利長自身、母を人質として手元に置かれるよりは、遠く岡山にいる方が安心だという思いもあったようだった。


 徳川方からの使者は、その都度、丁重に、しかし曖昧にあしらわれた。


「家康様も、無理押しはなさらぬご様子」


 達安が、ある日、次郎兵衛にそう告げた。


「豊臣恩顧の大名衆が見ている前で、一介の母子の情に対して強硬な手を打てば、諸大名の反感を買いかねぬ。家康様は、それをよくご存じなのでしょう」


「まさに。だからこそ、我らはこの均衡を、できるだけ長く保たねばなりませぬ」


 次郎兵衛は、そう答えながら、内心で自分の狡猾さに苦笑した。家康の慎重さすら、次郎兵衛にとっては利用すべき駒の一つだった。


この場面で意識したのは、次郎兵衛の狡猾さに、誰も本気で異を唱えないという構図です。豪姫は情から賛同し、利長でさえ内心では安堵している。家康ですら、諸大名の反感を恐れて強硬に出られない。次郎兵衛の策は、誰かを騙しているというより、それぞれの立場の本音を丁寧に汲み取り、噛み合わせているだけなのかもしれません。

「家康の慎重さすら、次郎兵衛にとっては利用すべき駒の一つだった」という一文には、次郎兵衛がもはや単なる「史実を知る傍観者」ではなく、この時代の政治力学そのものを動かすプレイヤーになっていることを込めました。

ですが「均衡は永遠には続かない」という次の「三」の書き出しが示す通り、この静かな駆け引きの時間にも、確実に終わりが近づいています。会津征伐という、次郎兵衛の知る史実の歯車が、ついに動き始めます。

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