第六章 帰さぬ理由 一
「俺が、仕組んだことだ」——この一文から始まる「一」は、次郎兵衛がこれまで自分自身に許してこなかった種類の告白です。
豪姫が母を呼びたいと願った、あの純粋な情の裏に、次郎兵衛の計算があったこと。ここまで読者にも周到に伏せられてきた事実が、次郎兵衛自身の独白によって初めて明かされます。史実改変のために他人の心を利用したという自覚は、これまで前向きに描かれてきた次郎兵衛の行動に、初めてはっきりとした影を落とします。
「卑怯なやり方だ」と知りながら、それでも止まらない——次郎兵衛というキャラクターの、これまでで最も踏み込んだ内面が描かれる場面です。
まつが岡山に腰を落ち着けてから、次郎兵衛は一人、庭の隅で夜風に当たっていた。
(俺が、仕組んだことだ)
豪姫は、あの願いを己一人の情から出たものと信じている。それは間違いではない。だが、その情の種を蒔いたのは、他ならぬ次郎兵衛自身だった。
利家が没した直後、豪姫に語った「徳川様には矛を収める姿勢を示す方がよい」という言葉。あれは、まつの江戸下向という史実の筋書きを、頭の片隅で意識しながら発した言葉だった。だが、豪姫の不安があまりに深く、あまりに純粋だったがゆえに、次郎兵衛はその不安を、意図してもう一段階、押し進めた。
金沢の情勢が不穏であること。母一人を徳川の圧が強い地に残すことの危うさ。娘として何ができるか――それとなく、しかし確実に、豪姫の中に「母を呼び寄せたい」という願いが育つよう、言葉を選んで接してきた。
豪姫は、それを己の意志だと信じている。その通りだ。だが、その意志が芽吹く土壌を整えたのは、次郎兵衛だった。
(卑怯なやり方だ、と自分でも思う)
それでも、次郎兵衛は止まるつもりはなかった。宇喜多家の結束、前田家との結びつき、そして家康の力を北陸に釘付けにすること――全ては、来るべき関ヶ原に向けて、西軍の足腰を強くするための布石だった。
そして今、次郎兵衛が向き合っているのは、次の一手だった。
まつを、金沢に帰さないこと。
この場面で書きたかったのは、次郎兵衛に言い訳をさせなかったことです。豪姫の願いは彼女自身の意志であり、同時に次郎兵衛が周到に整えた土壌の産物でもある——このどちらも嘘ではない、という構造をそのまま提示することで、次郎兵衛の行動を安易に正当化しないよう意識しました。
「まつを、金沢に帰さないこと」という一文で場面を締めたのは、次郎兵衛の内省が、感傷で終わらずに、次の具体的な策謀へとそのまま接続することを示すためです。彼は罪悪感を抱えながらも、その手を止めません。
宇喜多家の結束、前田家との結びつき、家康を北陸に釘付けにすること——これまで個別に進めてきた策が、ここで初めて「関ヶ原に向けた布石」という一つの明確な目的のもとに束ねられました。次の「二」では、この目的が、まつを岡山に留め続けるための具体的な駆け引きとして描かれます。




