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「様子見は、決して安心を意味しない」——この一文から始まる「三」は、これまでの受け身の展開から一転、次郎兵衛が自ら攻めに転じる場面です。

家康が動かない今この瞬間こそが好機だと見抜き、達安に密談を持ちかける次郎兵衛。ここで達安の口から出る「そなた、いつからそのように先を見通す御仁になられた」という問いは、次郎兵衛がこれまで慎重に隠してきた秘密に、最も近づいた瞬間でもあります。

策略家としての顔と、隠し事を抱える人間としての危うさ。その両方が同時に試される場面です。

 だが、様子見は、決して安心を意味しない。


 次郎兵衛は、その夜、達安と二人きりで密談の場を持った。


「戸川殿。家康様が様子を見ておられる今こそ、我らが動くべき時かと存じます」


「動く、とは」


「宇喜多家中を、これ以上ないほど固く一つにまとめること。そして、豪姫様を通じて、前田家との結びつきを、誰の目にも明らかな形にしておくこと。徳川様が交渉の糸口を探っておられる間に、我らの足元を、揺るぎないものにするのです」


 達安は、しばし次郎兵衛の顔を見つめた後、静かに頷いた。


「……次郎兵衛殿、そなた、いつからそのように先を見通す御仁になられた」


 次郎兵衛は、一瞬言葉に詰まった。


「……さて。此度のこと、我が身にとっても他人事ではございませぬゆえ」


 曖昧に答えるしかなかった。だが、達安はそれ以上追及することなく、小さく笑った。


「よかろう。某も、及ばずながら力を貸そう」


 この夜、次郎兵衛と達安の間に、確かな盟約に近いものが生まれた。史実では対立し、決別した二人が、今は同じ方向を見ている。


 窓の外、岡山の夜空の下、まつを迎えた宇喜多家は、静かに、しかし確実に、史実とは異なる道を歩み始めていた。


この場面で意識したのは、次郎兵衛の返答の「曖昧さ」です。「さて。此度のこと、我が身にとっても他人事ではございませぬゆえ」——これは嘘ではありませんが、真実でもありません。達安の鋭い問いをすり抜けるギリギリの一言として書きました。知りすぎている人間が、どこまで正体を隠し通せるか、という緊張は、これから先の章でも次郎兵衛につきまとう課題になりそうです。

そして何より、「史実では対立し、決別した二人が、今は同じ方向を見ている」という一文に、第二章から積み重ねてきた次郎兵衛と達安の関係の到達点を込めました。普請場での小さな協働から始まった信頼が、ここでついに「盟約」と呼べる形にまで育っています。

第五章はここで幕を閉じます。次の第六章「帰さぬ理由」では、まつを岡山に迎えたことの代償——家康との緊張が、いよいよ具体的な圧力として宇喜多家に及び始めます。

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