第八十三話 「同じ週に、二つとも」
六十六日目の朝、貴族院の書記局から、最終審議の日程が配られた。
最終審議は採決日の前々日。採決日は、動いていない。
紙を暦の隣に置いて、指で三つの日を押さえた。
最終審議。婚儀。採決。
三日が、続いていた。
最終審議の日には、当家の書面について、議場から質疑が来る。答えるのは当家の書記官で私は傍聴席にいる。婚儀の日は、屋敷にいる。採決の日は、傍聴席にいる。
三日のうち、二日、私は口を開けない。
「リゼット」
「はい」
「輿入れの支度は、いま、どこまで進んでおりますか」
「お荷は、七分どおり。お式の段取りは、九分どおり。残っておりますのは、当日の人の配りと——」
リゼットが、そこで一度、言葉を置いた。
「支度表の、人の行でございます」
私は顔を上げなかった。
その行は、二十日以上、空いたままだ。輿入れに伴って王都と辺境の両方に置くものを書く表で、物は二つずつ書ける。人だけが二つに分けられない。
「期限は、輿入れの前日でございましたね」
「前日でございます。あと二十二日」
「では、まだ、お聞きしません」
「ありがとうございます」
リゼットが下がった。
支度表のことを私はこの一月、一度も聞かなかった。聞けばこの人は答える。答えられる人だから、聞かれれば、答えを作ってしまう。
作った答えは、たいてい、聞いた側に都合がよい。
この二十日、私はリゼットの手元を見ないようにしてきた。
見れば、わかってしまう。この人は迷っている時に廊下の角で一度止まる。止まる場所が決まっていて、玄関の広間へ出る手前の光の切り替わるあたりだ。二十年、そこで止まってきた。
今月に入ってから、その角で止まる回数が増えた。増えたことを私は数えている。数えていることを、この人は、たぶん知っている。
互いに知っていて、互いに触れない。二十年、そういう作法でやってきた家だ。
午後、貴族院へ上がって、書記局の窓口で最終審議の書式を確かめた。
最終審議では案を出した家が質疑に答える者を一名、事前に届け出る。届け出た者だけが議場で発言できる。
「当家の届けは、書記官の名で出ております」
窓口の書記官が帳面を繰った。
「ローゼンベルク家。答弁者、家の書記官。……はい、受理済みでございます」
「変更は、いつまでできますか」
「最終審議の前日まででございます」
「変更の際は、どなたのお名前でも」
「その家の当主、家督、家督代理、後見、代訴人。この五つの役のいずれかに就いておられる方でございます」
私は帳面の欄を見た。
当主。家督。家督代理。後見。代訴人。
どこにも、私はいない。
六十三日前に、父の書斎で見たのと、同じ五つだった。あの日から今日まで、この五つは一つも増えていない。増やすための案が、いま、この建物の中で審議されている。
増える日は、採決の日だ。採決の日に増えるのだから、審議の日にはまだ増えていない。
案が通るまで案を出した者は議場で話せない。
「書記官様」
「はい」
「この五つのどれにも就いていない者が、答弁者になった前例は」
「ございません」
「規則で、禁じられておりますか」
「禁じてはおりません。ただ——」
書記官が帳面をめくる手を止めた。
「届け出る欄が、役の名を書く欄でございますので、書けません」
「書けない」
「はい。空欄で出されますと、書式の不備で差し戻しになります」
私は少し笑いそうになった。笑わなかった。
空欄で出して差し戻されない場所と、差し戻される場所がある。案件の受付は議場が三十分話したから、差し戻さない。答弁者の届けは誰も話していないから、差し戻す。
規則の厚みというのはそういう作られ方をしている。
「結構でございます。当家の届けは、そのままで」
屋敷に戻って、書斎の白い紙を全部机に出した。
一枚目、反対なさる方のお名前。左の欄に三家、右の欄に六家。
二枚目、六つ目の役があって助かる方のお名前。十九行になっていた。
三枚目、採決日までに説明を済ませておく順番。会わなければならない家は、あと九家。
四枚目、当家が出す前から知っていた方。一行目、グルゼマン伯。二行目は、まだ空いている。
二行目に、クルト・フォン・ベルクと書くのは、まだ早い。あの方が日程表の一行を入れさせた、という証拠は、一つも無い。線が三本あるだけだ。
線が三本あることと、書けることは、別だ。
筆を置いて、四枚を重ねた。
最終審議で当家が話せることは書記官が読む書面の分だけ。婚儀の日は、屋敷にいる。採決の日は、傍聴席に座って、四十七の議席を見ているだけ。
その三日で、私にできることは、何も無い。
何も無い日を三日置くために、六十六日、動いてきた。
十年前の私であれば、この三日を何とかして自分の手に取り返そうとしたはずだ。答弁者の届けの欄に自分の名を書ける形を探して、規則の抜け道を三日で見つけて、たぶん、見つけていた。
見つけて、通していたら——通ったのは私が議場で話した案になる。
私が話した案は、私の案だ。私の案は私が居なくなれば、誰も守らない。
あの日、書記局の窓口で第一条の役の名を空けたのは四十七家に名を決めてもらうためだった。今日、答弁者の届けを書記官の名のままにしておくのも、同じ形をしている。
私の名前が入らない場所を一つずつ増やしている。増やすたびに、案は私から遠くなる。遠くなった分だけ、通った後に、長く残る。
それでも、あと二十四日のうちに私の名前で決めなければならないことが二つ残っていた。
一つはリゼットの支度表の、人の行。
もう一つは六つ目の役に私の次に就く者の名前だ。
夜、父の書斎へ上がって、最終審議の日程を見せた。
「同じ週に、二つとも入ったな」
「入りました」
「動かさんのか」
「動かしません」
「三日続くな。そのうち二日、お前は何もできん」
「できません」
父が日程の紙を机に置いた。
「昔、祖父が言っていた」
「伺います」
「議場で説明する者は、議場に来る前に負けている、と」
「弁明の前に、父上から伺いました」
「あれには、続きがある」
私は顔を上げた。
「続き、でございますか」
「議場に来られない者は、来る前に勝っているか、来る前に負けているかの、どちらかだ、と」
父が書類の角を揃えた。
「祖父は、議場に出られない年が二年あった。病だ。その二年に、当家は、いちばん多く案を通している」
「二年で、何を」
「何もしていない。ただ、その二年より前に、済ませてあった」
私は父の顔をしばらく見た。
「父上。その二年のことを、いつ、私にお話しになるおつもりでしたか」
「今日だ」
「今日と、お決めになっておられましたか」
「日程の紙を、お前が持って上がってきたら、話すと決めていた。持って上がってこなければ、話さないつもりだった」
私は礼をして、書斎を出た。
持って上がらなければ、聞けない話だった。
この家にはそういう話がまだいくつも残っている。聞き方を知っている者にしか出てこない話だ。祖父の紙束も、家令の保留も、父の二年の話も、全部そうだった。
聞き方を知っている者がいなくなれば、その話は無かったことになる。無かったことになった話は次に同じ場所で詰まった人が、また一から詰まる。
六つ目の役はそこまでは直せない。
直せないことを、私は、今日はっきり数えた。数えた上で直せる分だけをあと二十四日で通す。
書斎の灯りを落とす前に、暦の三つの日をもう一度見た。
最終審議、婚儀、採決。並んだ三日のうち真ん中の一日だけが当家とヴァルナー家で決めた日だ。前と後ろの二日は、貴族院が決めた日で、そのうち一日は、たぶん、誰かが寄せた日だった。
三ヶ月のうちの六十六日目。あと二十四日ある。
寄せた日と、選んだ日と、決められた日が続けて三つ並んでいる。
真ん中の一日だけは、外から寄せられた日ではない。
最終審議、婚儀、採決。三日が続いております。そのうち二日、私は口を開けません。
答弁者の届けの欄には、五つの役しか書けません。増える日は、採決の日でございます。
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