表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄してくれて、ありがとう。準備は三ヶ月前から整っていました  作者: 銀月ソフィ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/47

第三十六話 「準備は、また整えます」

 ファルク・エーデンの名前は、コーデルとの通商記録の中にあった。


 ルーカスが三日で調べてくれた。通商省の記録官として、五年前から名前が出ている。大きな不正の記録はない。ただし——王都の商人との接触が、ここ一年で増えている記録があった。


「確認が取れました」


 ルーカスからの手紙にそう書いてあった。


「ファルク・エーデンは、おそらくコーデル内部の安定派の人間です。不安定派とも接触はありますが——立場は明確に分けています」


 カイからも返事が来た。


「ヴェルナーの報告と、ファルクの話は一致しています。国境での動きは今週また一件確認されました。不安定派の動きの可能性が高い」


 二つの情報が、合わさった。


 設計が、少しずつ形を持ち始めている。


 まだ、全部ではない。でも——骨格が見えてきた。



 カイが王都に来たのは、ルーカスの返事の翌日だった。


 約束はしていなかった。ただ「来ます」という一行が手紙にあって、翌日来た。


「早かったですね」


「急ぎました」


「……なぜ」


「連絡が来たので」


「……思ったよりは」


 カイが、応接室に入った。


 いつもの席に座った。リゼットがお茶を置いた。


「報告を聞きましたか」


「ルーカスのものと、ヴェルナーのものを両方」


「はい」


「どう思いますか」


「骨格が見えてきました」


 カイが、うなずいた。


「コーデル不安定派の目的はまだ不明です。ただ——この王国の内側に人を送っているなら、何かを確認しているか、準備しているか、どちらかです」


「もう少し待てば、目的が見えてきますか」


「見えてくるかもしれません。ただし、待つことで動かれる可能性もある」


「動く方が早いですか」


「アリシアが設計してください」


 私は少し間を置いた。


「外交の話は——設計したことがありません」


「はい」


「でも」


「はい」


「設計したことのない話を、考えるのは——今回が初めてではありません」


 カイが、また口元を動かした。


「舞踏会の夜は、断罪の設計を誰もしたことがなかった」


「そうですね」


「謁見の間の申し立ても、前例がありませんでした」


「そうですね」


「合議制対案も、三家で動くのは初めての試みでした」


「……全部、設計したことがなかったですね」


「はい」


 私は、カイを見た。


「では、今回も同じです」


「はい」


「必要なことから、順番に」


「はい」



「アリシア」


 カイが、少し前に身を乗り出した。


「はい」


「一つ、聞いてよいですか」


「どうぞ」


「ヴァルナー領を——どう思っていましたか」


 私は少し考えた。


「よかったです」


「どのあたりが、一番」


「高台から見た景色が、頭から離れません」


 カイが、静かに聞いていた。


「朝の光と、谷の霧と——あの広さが。準備していなかったものを見た感覚が、まだ残っています」


「それは、よかったですか」


「はい。準備していなかったものの方が、長く覚えているようです」


「なぜでしょうか」


「設計の外にあるから、だと思います。設計の中のことは、設計通りに記録される。でも設計の外のことは——感じた通りに記録される。だから、消えにくい」


 カイが、少し間を置いた。


「アリシアは、ヴァルナー領で設計の外にいることが多かったですか」


「多かったです。あなたがランベルトと大声で話していた場面とか」


「ああ」


「リゼットが店主からメモを取っていた場面とか」


「リゼットは速かったですね」


「どこでも同じように動く人ですわ」


 カイが、また笑った。


 廊下でリゼットが、音を立てて何かを動かした。


 聞いていた、という合図だ。



「お嬢様」


 しばらくして、リゼットが部屋に入ってきた。


「なんですか」


「コーデルの件について、準備を始める時期を——いつ頃とお考えですか」


「正式な設計は、まだできていません」


「ではいつ頃、できそうですか」


「情報があと一段階揃えば、骨格が整います。二週間から三週間、でしょうか」


「承知しました」


 リゼットが、少し間を置いた。


「では、準備はいつから始めますか」


 私は少し考えた。


「明日から」


「かしこまりました」


 リゼットが、扉に向かった。


「リゼット」


「はい」


「今日はまだ、始めないでください」


「はい」


「今日は——少し、別の話を続けます」


 リゼットが、少し間を置いた。


「かしこまりました」


 扉が、静かに閉まった。



「今日はまだ、始めない、とは」


 カイが言った。


「明日から準備します。でも今日は——まだ、ヴァルナー領の話を続けたいと思いました」


「高台の景色の話ですか」


「それから——カイが案内した町の話も」


「どの場面ですか」


「あなたが名前で呼ばれていた場面」


「ランベルトにですか」


「はい。王都では、あなたは『辺境伯』です。でもあそこでは、最初に名前が来た。それが——不思議でした」


「ヴァルナー領では、そういう場所です」


「そうですね。でも、あなたが違う場所にいる人なのだと——初めてわかった気がしました」


 カイが、静かに聞いていた。


「王都での辺境伯と、辺境の辺境伯が、同じ人なのに——少し違う」


「どちらが本当ですか」


「どちらも本当ですわ。ただ——辺境では、設計の外のあなたを見た気がします」


「設計の外、とは」


「役割より前にいる人、という意味です。あなたが言っていた言葉です。高台で」


 カイが、少し目を細めた。


「そうですね」


「あそこで話してくれてよかったです」


「はい」


 応接室が、静かになった。


 窓の外の白い薔薇が、夕方の光の中で揺れていた。


 名前のわからない小さな花も、また隣に並んでいる。



 カイが帰ったのは、夜が深くなってからだった。


 玄関で別れる時、カイが言った。


「明日から、始めますか」


「はい」


「一緒に、始めましょう」


「わかりました」


「それから——ヴァルナー領の話は、また続きをしましょう」


「続きがありますか」


「見せていない場所が、まだあります」


「また行けますかね」


「行けます。コーデルの件が一段落したら」


「一段落したら——考えます」


 カイが、また口元を動かした。


「いつも、考えます、ですね」


「考えてから、動きますから」


「はい」


 カイが、一歩下がった。


「では、また明日」


「おやすみなさい」


 馬車が動き始めた。


 私は玄関に立って、その背中を見た。


 扇は、ない。


 持っていない。


 持っていなくても——今日は、何も隠す必要がなかった。



 屋敷に戻ると、リゼットが廊下に立っていた。


「お嬢様」


「なんですか」


「明日の準備について、少し確認してよいですか」


「はい。でも、今夜は」


「明日の朝、でよいです」


 リゼットが、扉に向かった。


「リゼット」


「はい」


「今日は——よかったです」


「どのあたりが、一番でしたか」


「今日は、全部です」


 リゼットが、少し間を置いた。


「さようでございますか」


「はい」


「ではお嬢様、おやすみなさいませ」


「おやすみなさい」


 廊下が、静かになった。


 白い薔薇は、今日も窓の外にある。


 扇は、要らない。


 そうと決めたのは、いつだったか——もうわからない。


 ただ、明日から、また準備を始める。


 設計したことのない種類の話を、一段ずつ。


 一人ではないから、できる。


 扇なしで、できる。


 準備は——また、整えます。


 ここまでお読みいただきありがとうございました。


 第四章、完結です。


「準備は、また整えます」


 アリシアはそう思いました。

 設計したことのない外交の話。

 でも、設計したことのない話は、これが初めてではありませんでした。


「明日から」

 リゼットに「準備はいつから」と聞かれて、アリシアはそう答えました。


 カイとヴァルナー領の話を続けました。

「設計の外のあなたを見た気がします」

「役割より前にいる人」


 扇は、まだ要りません。


 第五章では——コーデルの話が始まります。

 ファルク・エーデンとの正式な話合い。

 国境の不安定派の目的。

 そして、ヴァルナー領のもう一つの景色。


 続きをお楽しみに。

 第一章から読んでくださった皆様、ありがとうございます。

 アリシアの話は、まだ続きます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ