第二十四話 「準備していましたから、父上」
カイへの手紙は、その夜のうちに書いた。
謁見の内容と、セレストから聞いたこと——ルーカス・ハルトのこと、三家での対案設計のこと。
長くなったが、全部書いた。
書き終えて封をしながら、ふと思った。
以前なら、こういう情報をカイに渡すことに、少し躊躇があった。
渡すタイミングを考えた。
どこまで見せるかを、測った。
今は、そういうことを考えなかった。
全部書いた。
それだけのことだが——少し、違う気がした。
父が南部視察から戻ったのは、翌日の夕方だった。
馬車が玄関に着いたとき、私は書斎にいた。
リゼットが「旦那様がお戻りです」と言いに来た。
「夕食にご一緒なさいますか」
「はい」
「旦那様は、お嬢様と話したいとおっしゃっていました」
「わかりました」
リゼットが出ていった。
窓の外は、夕暮れだった。
白い薔薇は、今日も同じ場所にある。
名前のわからない花も、隣に並んでいる。
父と、ゆっくり話す機会は——三年間、ほとんどなかった。
婚約中は、王太子妃になるための準備が中心だった。
舞踏会の後は、招集状と謁見と王宮の件で忙しかった。
今日は、久しぶりに、ただ話す夜になるかもしれない。
夕食は、いつもより静かだった。
父と二人で向かい合って、料理が運ばれてきて、食べた。
父は最初、王宮の件や南部視察の話をした。
私は聞きながら、謁見の話と三家の件を話した。
父は、ところどころで目を細めた。
驚いているというより——確認している、という目だ。
「陛下が、お前に直接話したのか」
「はい」
「四度目はお前の設計で構わないと」
「はい」
父が、グラスを置いた。
「……陛下は、人を見る目がある」
「そうですか」
「三年前から、お前のことを見ていたのかもしれない」
私は、少し考えた。
「三年前というと——婚約の頃ですか」
「ライナルトとの婚約を決めたのは、王家の方からだった。覚えているか」
「はい」
「あの時、陛下に呼ばれた。二人で話した」
「父上が、ですか」
「ああ」
父が、また少し間を置いた。
「陛下はこうおっしゃった。『エドワード卿のお嬢さんは、公爵家の令嬢として申し分ない。ただ、もう少し先を見られるようになれば、もっと面白い』と」
私は、少し黙った。
「……三年前から、そうおっしゃっていたのですか」
「ああ」
「そのことを、なぜ今まで」
「言わなかった、というより——」
父が、グラスを持ったまま、少し止まった。
「言う必要がないと思っていた。
お前は、言わなくても育つと思っていたから」
私は父を見た。
父は、グラスを見ていた。
「それが——間違いだったかもしれない」
「父上」
「三年間、お前は一人でやっていた。
婚約中も、舞踏会の準備も——相談してこなかった」
「相談する必要がなかったので」
「いや」
父が、顔を上げた。
「相談できなかったのだろう。私が、そういう父親だったから」
夕食の席が、静かになった。
窓の外は、もう暗かった。
蝋燭の光が、揺れている。
「父上」
「なんだ」
「一つだけ、言わせてください」
「言いなさい」
「謝らないでください」
父が、少し目を細めた。
「三年間、私は一人でやっていましたが——それで、よかった」
「よかった、とは」
「準備ができたので」
私は、父を見た。
「相談していたら、違う準備になっていたかもしれません。
父上が何かをしてくれていたら、私は自分で動く必要がなかった。
そうしたら、舞踏会の夜のように——一人で全部設計することは、できなかったと思います」
父が、しばらく黙った。
「……お前は」
「はい」
「昔から、そういう子だった」
父の声が、少し変わった。
「アリシアの母が——お前が五歳のときに言っていた。
この子は、何も言わなくても自分で考える。放っておいても育つ、と」
「お母様が」
「ああ」
母の話は、あまり出ない。
父が話すのは、珍しかった。
「お母様は——今の話を、どう思うでしょうか」
父が、少しだけ——目を細めた。
「呆れながら、笑うだろう」
「なぜ呆れるのですか」
「親が何もしなくても、娘が王宮まで動かしてしまったから」
私は、少し考えた。
「動かしたわけではありません。陛下のお願いを受けただけです」
「同じことだ」
父が、グラスを持ち上げた。
「アリシア」
「はい」
「今回の件——お前に任せる」
「はい」
「ローゼンベルク家として、お前の設計を支える。
必要なものがあれば言いなさい」
「わかりました」
「ただし」
父が、少しだけ声を変えた。
「無理をするな。今回は、一人ではないのだろう」
「はい」
「では、それでいい」
父が、グラスを傾けた。
夕食の席の蝋燭が、また揺れた。
母の話が出たのは、久しぶりだった。
呆れながら笑う、と父は言った。
——そういう人だったのかもしれない。
私は、あまり覚えていない。
でも、少し——想像できた気がした。
夕食が終わって、自室に戻ると、机の上に封筒があった。
「お嬢様、辺境伯からです。今日の夕方に届きました」
リゼットが言った。
「カイへの手紙は、まだ届いていないはずですが」
「はい。こちらは、お嬢様のお手紙より先に出されたもののようです」
私は封を開けた。
謁見の件、お疲れ様でした——から始まっていた。
どうして知っているのかは聞かないことにした。
続きを読んだ。
三家での設計について、いくつか考えがあります。
明日伺ってよいですか。
そして最後に、一行。
「エヴァ・シュレーダー嬢について、確認が取れました」
私は、その一行を二度読んだ。
「……また、先に調べていましたか」
リゼットが、廊下の方を向いて、何も言わなかった。
「リゼット」
「はい」
「明日、カイが来ます」
「かしこまりました。お時間は」
「書いていません」
「では、午前中にお茶の用意を」
「ありがとうございます」
私は手紙を折りたたんだ。
エヴァ・シュレーダーについて、確認が取れた。
その意味が——明日わかる。
準備が、また一段、動いた。
お読みいただきありがとうございました。
「準備していましたから、父上」
三年間、一人でやっていた。
それでよかった、とアリシアは言いました。
父が、任せると言いました。
お母様の話が、少し出ました。
そして夜、カイからの手紙に一行だけ書いてありました。
「エヴァ・シュレーダー嬢について、確認が取れました」
次話で、その中身がわかります。
エヴァ嬢が——何者なのかが。
続きをお楽しみに。
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