↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄してくれて、ありがとう。準備は三ヶ月前から整っていました  作者: 銀月ソフィ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/77

第二十二話 「また知っていたのですか、カイ」

 カイへの手紙に、オーステン侯爵の名前を書いた。


 白い薔薇の返事のついでに、という形にした。

 「次の花は白でよいですわ。それから、ヴィルヘルム・オーステン侯爵という方をご存知ですか」


 返事は、翌朝届いた。白い薔薇の話は、一行だった。承知しました、と書いてあった。オーステン侯爵の話は、三行だった。


 知っています。四ヶ月前から調べていた中に含まれていました。今日伺ってよいですか。私は手紙を置いて、少し天井を見た。


「リゼット」


「はい」


「辺境伯が今日いらっしゃるそうです」


「承知しました。お時間は」


「書いてありません」


「では、午後にお茶の用意を」


「ありがとうございます」


「——お嬢様」


「なんですか」


「また知っていたのですか、という顔をしていらっしゃいます」


「していません」


「かしこまりました」


 リゼットが出ていった。——少し、していたかもしれない。



 王宮の二日目は、午前中に候補者たちとの所作確認から始まった。昨日と同じ三名が、同じ部屋で待っていた。


 コルディア嬢は、昨日より少し動きが落ち着いていた。一日で改善している。素直だ。マリナ嬢は、昨日より間が縮まっていた。家で練習してきたのだと思う。まじめだ。エヴァ嬢は、昨日と同じだった。完璧で、表情が読めない。


 今日の指導は、歩き方の実践だった。廊下を歩き、扉を開け、部屋に入る。その一連の動作を、一人ずつ見る。


 コルディア嬢は、扉を開ける力が少し強かった。指摘すると、次から直した。マリナ嬢は、部屋に入る前に一瞬止まる癖があった。自分では気づいていなかったようだ。エヴァ嬢は、すべて正しかった。


 私はエヴァ嬢の動作を見ながら——昨日気になったことを、もう一度確認した。完璧すぎる。でも、どこかが——作られている。


 生まれつき身についた所作と、後から訓練した所作は、微妙に違う。前者は、意識していない。後者は、わずかに意識の跡が残る。エヴァ嬢は、後者だ。


 家の者に幼い頃から習った、と昨日言っていた。でもこれは、かなり最近まで訓練を重ねている人の動き方だ。


「シュレーダー嬢」


 私は、廊下を歩き終えたエヴァ嬢に声をかけた。


「はい」


「一つ確認させてください。この所作は、いつ頃から意識して練習なさっていますか」


 エヴァ嬢が、少し間を置いた。


「……幼い頃から、と申し上げましたが」


「はい」


「最近も、続けています」


「いつ頃から、最近も、とお考えですか」


 エヴァ嬢が、今度は少し長く間を置いた。


「アリシア様は」


 エヴァ嬢が、こちらを見た。


「舞踏会の夜の方ですね」


 エヴァ嬢の声は、廊下の広さのわりに、よく通った。コルディア嬢とマリナ嬢が、こちらを見た。二人とも、何かを察した顔をした。


「ええ」


 私は答えた。


「そうですわ」


「あの夜のことは、よく存じています」


「そうですか」


「見事でいらっしゃいました」


 私はエヴァ嬢を見た。エヴァ嬢は、真っ直ぐにこちらを見ていた。挑発でも、媚びでもない。ただ——測っている、という目だ。


「ありがとうございます」


 私は微笑んで、コルディア嬢に向き直った。


「では、もう一度歩いてみましょうか。扉の開け方から」


 コルディア嬢が、はい、と答えて動き始めた。背中で、エヴァ嬢の視線を感じた。——なるほど。あなたもまた、準備している人ですね。


 何のための準備かは、まだわからない。でも、目的がある人の動き方を、私は知っている。



 カイが来たのは、昼過ぎだった。今日は、いつもより少し早い。


「オーステン侯爵のことを、四ヶ月前から調べていたのですか」


 私が座るより先に、言った。


「はい」


 カイが落ち着いた顔で椅子に座った。


「王都に戻ってきた当初から、宮廷内の動きを調べていました。

 殿下の件だけでなく、その周辺も含めて」


「オーステン侯爵は、周辺に含まれていた」


「はい。殿下が謹慎になった後、次に動く可能性が高い人物として」


「なぜ私に言わなかったのですか」


 カイが少し間を置いた。


「舞踏会の前は、優先度が低かった。

 舞踏会の後は——アリシアが必要とするタイミングを待っていました」


「また、ですか」


「また、です」


 カイが短く答えた。私は少し黙った。


「……聞いてもいいですか」


「はい」


「あなたは、いつも先に知っていて、後から渡す。

 なぜ、最初から言わないのですか」


 カイが少し考えた。


「アリシアが自分で判断する前に情報を渡すと、判断が変わる可能性があります」


「それは、私の判断を信頼していないということですか」


「逆です」


 カイがこちらを見た。


「アリシアの判断を、純粋な状態で見たい。

 情報を与えてから出てくる答えより、自分で動いて出てくる答えの方が——正確だと思っているので」


 私は少し考えた。


「それは褒めているのですか」


「はい」


「……悔しいですわね」


「申し訳ありません」


 カイが少しだけ口元を動かした。


「でも、これからは——もう少し早く言います」


「なぜ、今回は変えるのですか」


「一人じゃないので」


 私はその言い方を、頭の中で二度、繰り返した。廊下の気配が、また止まった。


「……続けてください」


 私は言った。


「オーステン侯爵について」


「はい」


 カイが少し前に身を乗り出した。


「陛下に確認を取りました。昨日」


「どういう内容ですか」


「招集状の本当の目的と、オーステン侯爵の件が関係しているかどうか」


「答えは」


「関係している、とおっしゃいました」


「陛下はこの件を知っていた」


「はい。三年前から把握していたそうです」


 私は紅茶を一口飲んだ。


「では、陛下はなぜ今まで動かなかったのですか」


「それが——」


 カイが少し間を置いた。


「動かなかったのではなく、先に動いてほしかった、とおっしゃっていました」


「オーステン侯爵に、ですか」


「はい」


「なぜ」


 カイがまた間を置いた。


「理由がある、とおっしゃっていましたが——そこから先は」


「教えてもらえなかった」


「はい」


 私はカップをソーサーに置いた。三年前から把握していた。動かなかったのではなく、先に動かせたかった。理由がある。


「カイ」


「はい」


「陛下は私に何をさせたいのだと思いますか」


「——動いた後で、詰めることだと思います」


「オーステン侯爵が表に出てきたところを」


「はい」


 私は少し考えた。舞踏会の夜と、同じ構造だ。相手が動くのを待つ。動いたところを、証拠ごと詰める。


 違うのは——今回は国王が設計している、ということだ。


「陛下が先に動かせたかった理由が、わかりません」


「私もわかりません」


「でも」


 私はカイを見た。


「理由がわかれば——今回の準備が変わります」


「はい」


「どうやって確認しますか」


「陛下に、直接聞きます」


 カイが少しだけ目を細めた。


「……直接、ですか」


「招集状を受けた以上、私にはその権利があるはずです」


「そうですね」


「異論はありますか」


「ありません」


 カイがうなずいた。


「では、謁見の申請を手伝います」


「ありがとうございます」


 リゼットが新しいお茶を持ってきた。廊下の足音は、さっきより少し早かった。——急いで持ってきた、という意味だ。


 もしくは、聞いていたことを悟られないようにしている、という意味かもしれない。どちらでもいい。


 今日も、リゼットに聞かれて困ることは何もなかった。


 困ることが何もない、というのは、たいてい、まだ何も始まっていないという意味だ。

 先に知っていて、後から渡す人が——少しだけ、順番を変えるそうです。

 陛下が先に動かせたかった理由は、まだわかりません。直接、お聞きします。


 お気に召しましたら、ブックマークと評価をいただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。