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婚約破棄してくれて、ありがとう。準備は三ヶ月前から整っていました  作者: 銀月ソフィ


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第十九話 「招集状と、扇のない朝」

お久しぶりです。


アリシアとカイとリゼットの話の続きを、書くことにしました。


「準備が整っていた令嬢が、今度は向こうから来られた話」です。


どうぞ、お付き合いください。

 王宮から招集状が来た。


 カイからの手紙より、三時間早く。


 私はその順番を、少しだけ残念に思った。

 残念に思ったことを、リゼットには言わなかった。

 言ったら、何か言われる気がしたので。



 招集状は、封蝋に王家の紋章が押してあった。


 開けると、短い文章が入っていた。


 来月の第一月曜日、王宮の礼儀作法顧問として、アリシア・フォン・ローゼンベルク公爵令嬢の出仕を求む。期間は未定。


 私は三回、読んだ。


 礼儀作法顧問。


「お嬢様」


 リゼットが、横から言った。


「読みましたか」


「三回読みました」


「いかがでしたか」


「……意味がわかりませんわ」


「左様でございますか」


 リゼットが、淡々と新しいお茶を置いた。


「礼儀作法顧問というのは、後宮に入る方々への指導役です。

 王太子が不在の今、後継者を選ぶにあたって——候補者への教育係、という意味かと存じます」


「あなた、なぜ即答できるのですか」


「二十年、公爵家にお仕えしておりますので」


 私は招集状を、もう一度見た。


 期間は未定。


 その四文字が、じわじわと重くなってきた。


「父は」


「旦那様は昨夜から王都を離れております。

 南部視察で、戻りは来週です」


 つまり、今すぐ相談できない。


「セレスト様は」


「まだご連絡しておりません」


「カイは」


 リゼットが、少し間を置いた。


「辺境伯からのお手紙が、先ほど届いております」


「……どうして最初に言わないのですか」


「招集状の方が先にお届けすべき案件かと判断いたしました」


「私が判断します」


「かしこまりました」


 リゼットが、封筒を出した。


 カイの手紙だ。

 封を開けると、今日も短い文章が入っていた。


 約束通り伺いたいのですが、今週の都合はいかがでしょうか。

 それから——王宮からの招集が届いていれば、受ける前に話したいことがあります。


「……届いています」


 私は、手紙に向かって呟いた。


 リゼットが、何も言わなかった。

 廊下側を向いて、窓を拭いている。


「リゼット」


「はい」


「カイへの返事を書きます。ペンを」


「はい。——今日お越しいただく方向で、ご返事なさいますか」


「あなたは本当によく先を読みますね」


「二十年お仕えしておりますので」


 私は、便箋を広げた。


 招集状と、カイの手紙が、机の上に並んでいる。


 扇は、今日も持っていない。

 意識して、持っていない。


 玄関の白い薔薇は、まだそこにあった。

 名前のわからない小さな花も、隣に並んでいる。


 あれから、五日経った。


 五日で、王宮から呼ばれた。



 カイが来たのは、昼過ぎだった。


 応接室に通すと、カイはいつもと同じ落ち着いた顔で座っていた。

 今日は、また少し柔らかい色の上着を着ている。


「招集状、届いていましたか」


 開口一番だった。


「届いていました」


「いつ」


「今朝。あなたの手紙より三時間早く」


 カイが、少しだけ眉を動かした。


「……先に届いたのですか」


「はい」


「それは」


「残念でしたか、と聞こうとしていますか」


 カイが、少し黙った。


「……はい」


「少し残念でした」


 カイが、また口元を動かした。


「私もです」


 応接室が、少しだけ静かになった。


 リゼットが、お茶を持ってきた。

 音を立てずに置いて、また出ていった。

 今日の足音は、いつもより小さかった。


 ——気を遣っている。


「話したいことがある、と書いていましたね」


「はい」


 カイが、カップを持った。


「礼儀作法顧問というのは——建前です」


「わかっています」


「本当の目的は、次期王太子の候補者選定に、ローゼンベルク家を関与させることです。

 陛下は、アリシアの判断眼を——使いたいのだと思います」


 私は、紅茶を一口飲んだ。


「陛下が、直接そうおっしゃっていましたか」


「いいえ。ただ」


 カイが、カップを置いた。


「四ヶ月前から王都で調べていた中に、この件も含まれています。

 陛下は、舞踏会の前から——次の絵を描いていた」


「舞踏会の前から」


「はい」


 私は少し考えた。


 国王が、舞踏会の前から次の絵を描いていた。

 では、舞踏会の夜に「続けなさい」と言ったのは。

 「君の言い分を聞こう」と言ったのは。


「……陛下は、最初から私を使うつもりだったのですか」


「使う、というより」


 カイが、少し間を置いた。


「信頼していたのだと思います。使えると判断したのではなく——任せられると」


 その言葉が、少しだけ、胸の奥に触れた。


「それは、あなたの解釈ですか」


「半分は」


「残り半分は」


「陛下に、直接確認しました。先週」


 私は、カイを見た。


「……いつの間に」


「アリシアに話す前に、確認しておきたかったので」


 カイが、真っ直ぐにこちらを見た。


「受けるかどうかは、アリシアが決めることです。

 ただ——受けるなら、一人ではないので」


 一人ではない。


 その言葉が、今日二つ目の、胸に触れるものだった。


「カイ」


「はい」


「あなたは今日、何をしに来たのですか」


「約束を果たしに来ました」


「約束とは」


「玄関を出たら聞く、という約束です」


 私は、少し考えた。


 玄関を出たら——そう言っていた。

 あの日、廊下を歩きながら。

 玄関を出た後、「扇を持ってこないでください」と言った。


「……玄関はもう出ましたわ」


「はい。五日前に」


「今日は、屋敷の中ですが」


「続きは屋敷の中でもいいですか」


 私は、扇を持っていないことを確認した。

 今日も、ない。


「……どうぞ」


 カイが、少しだけ身を乗り出した。


「アリシア」


「はい」


「招集状の件、一緒に考えさせてください。

 それから——その後で、別のことも話せますか」


 別のこと。


 何かはわかった。

 わかった上で、少し間を置いた。


「……招集状の件が終わったら」


「はい」


「考えます」


 カイが、また笑った。


 今日は、よく見えた。


 外の光の中で、白い薔薇が揺れていた。


 招集状が来た朝に、カイも来た。

 準備は、また整えなければならない。


 でも今日は——順番が、少し違う。

 王宮の話より先に、聞きたいことが一つある。


 そのことは、まだ言わなかった。

 招集状の話が終わったら——言えるかもしれない。


 扇なしで、そう思った。

 お読みいただきありがとうございました。


 再開です。


 アリシアは王宮から呼ばれました。

 礼儀作法顧問——という名目で。

 でも本当の目的は、次の話で明らかになります。


 そしてカイが来て、「別のことも話せますか」と言いました。

 アリシアは「招集状の件が終わったら考えます」と答えました。


 まだ言っていないことが、一つあります。


 続きは次話で。

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