第十七話 「謁見の間と、二度目の終わり」
謁見の間は、舞踏会の広間より静かだった。
当然だ。
三百人はいない。
今日ここにいるのは——国王と王妃、数名の重臣、そして私たち三人だけだ。
それでも、静けさの重さは、舞踏会の夜より重い。
正式な謁見の場の静けさは、格が違う。
ここで語られた言葉は、記録に残る。
ここで下された決定は、覆らない。
私はカイの隣に立って、前を向いていた。
左側にセレストがいる。
三人で、ここまで来た。
「申し立ての内容を、確認する」
国王が言った。
舞踏会の夜と同じ、静かな声だ。
でも今日は、少し——重い。
「ライナルト王太子が謹慎中に外部へ接触したこと。
また、舞踏会より以前に、聖女認定を不正に操作しようとした計画があったこと。
この二点について、証拠を提出するということでよいか」
「はい、陛下」
私は答えた。
「提出します」
カイが、二通の書状を持って前に出た。
重臣の一人が受け取り、国王に渡した。
国王が、書状を開いた。
謁見の間が、静まった。
国王が読んでいる。
王妃が、その隣で前を向いたまま動かない。
重臣たちが、息を詰めている。
私は、その間、ただ立っていた。
舞踏会の夜は——証拠を一枚ずつ出しながら、殿下の顔を見ていた。
今日は、国王の手元だけを見ている。
場所が違う。
方法が違う。
でも——準備が整っているのは、同じだ。
国王が、一通目を読み終えた。
二通目を開いた。
また、沈黙が続く。
セレストが、隣で小さく息を吸った。
聞こえないくらいの、小さな音だった。
私は気づかないふりをした。
カイは、最初から動いていない。
国王が、二通目を読み終えた。
書状を、静かに重ねた。
顔を上げた。
その顔が——どういう表情をしているか、私には読めなかった。
父親なのか、王なのか。
どちらとして、今この書状を読んだのか。
「セレスト・アルバ嬢」
国王が呼んだ。
「はい」
「お前に届いた書状は、これ一通か」
「はい、陛下。他にはございません」
「使いの者の顔は覚えているか」
「はい」
「後で、宮廷の者に確認を取れるか」
「できます」
国王が、うなずいた。
「ヴァルナー辺境伯」
「はい」
「儀式官から書状を受け取った経緯を、詳しく話せ」
カイが、淡々と語った。
日付、場所、儀式官が言った言葉、裏付けの確認に要した時間。
私は、カイの声を聞きながら——舞踏会の夜のことを思い出していた。
あの夜、カイは壁際に立っていた。
この書状を懐に持って。
一人でやろうとしていたアリシアを、ただ見ていた。
保険として、持っていた。
——今日は、保険ではない。
武器として、使う。
カイが話し終えた。
国王が、しばらく沈黙した。
長い沈黙だった。
今夜一番長い沈黙だった。
「……ライナルトを、呼べ」
国王が、重臣に言った。
殿下が来た。
扉が開いて、殿下が謁見の間に入ってきた。
舞踏会の夜と、同じ顔のはずだ。
でも——違って見えた。
あの夜は、確かに怒っていた。
高いところから、私を見下ろしていた。
今日は、どこかが違う。
入ってきた瞬間に——私たち三人を見て。
テーブルの上の書状を見て。
国王の顔を見て。
三秒で、理解したのだと思う。
「父上——」
「黙って立ちなさい」
国王が、静かに言った。
殿下が、口をつぐんだ。
国王が、書状を殿下に向けて持ち上げた。
「これは、お前の筆跡か」
殿下が、書状を見た。
顔が、少しずつ変わっていった。
あの夜のような「怒り」ではなく。
「青ざめる」ともまた違う。
もっと深い、静かな変化だった。
「……はい」
殿下が、低く答えた。
「謹慎中に、外部へ接触したことは」
「……はい」
「聖女認定に、不正に介入しようとしたことは」
沈黙。
「ライナルト」
国王が、名前だけで呼んだ。
「はい」
殿下の声は、震えていなかった。
でも、力がなかった。
「……はい。私がやりました」
謁見の間が、静まった。
重臣たちが、顔を見合わせた。
王妃が、前を向いたまま、目を閉じた。
私は、殿下を見ていた。
舞踏会の夜は、最後まで怒っていた。
最後まで、認めようとしなかった。
今日は——最初から、認めた。
それが何を意味するのかは、わからない。
疲れたのか。
あるいは、何かが変わったのか。
私には、関係のないことだ。
「アリシア嬢」
国王が、私を呼んだ。
「はい、陛下」
「申し立ての内容は、確認した。
この件については、王家として正式に審議を行う。
ライナルトの処遇については、追って通達する」
「承知しました」
「一つだけ、聞いてよいか」
「はい」
国王が、静かに言った。
「お前は——これで、満足か」
私は少し考えた。
満足。
「はい、陛下」
私は答えた。
「私が求めていたのは、事実が正しく記録されることでした。
本日、それが叶いましたので」
国王が、ゆっくりとうなずいた。
「……そうか」
それだけ言って、国王は書状を重臣に渡した。
殿下が、扈従に促されて退室した。
その背中を、私は見なかった。
見る必要が、なかった。
謁見が終わって、廊下に出た。
三人で並んで、廊下を歩いた。
セレストが、少し先を歩いていた。
カイが、私の隣にいた。
「終わりましたね」
カイが、静かに言った。
「はい」
「今回は」
「今回は——三人でしたね」
カイが、少しだけ歩く速度を落とした。
私も、合わせた。
「アリシア」
「はい」
「お疲れ様でした」
廊下の窓から、午後の光が差し込んでいる。
舞踏会の夜のシャンデリアとは違う、静かな光だ。
「……少し、疲れましたわ」
私は答えた。
「今回も、ですか」
「今回も」
カイが、小さく息を吐いた。
「準備が整ったら、考えます、と言いましたね」
私は、少し黙った。
「言いましたわ」
「整いましたか」
廊下の先で、セレストが振り返った。
私たちの歩調が落ちていることに気づいて——また前を向いた。
「……もう少し、待ってください」
私は答えた。
「どのくらいですか」
「玄関を出るまで」
カイが、また口元を動かした。
今日はよく見えた。
笑っていた。
「では」
カイが、また歩き始めた。
「玄関まで、ゆっくり歩きましょう」
私は、その隣を歩いた。
廊下は、思ったより長かった。
それが——少しだけ、よかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「これで、満足か」
国王にそう聞かれて、アリシアは「はい」と答えました。
求めていたのは、事実が正しく記録されること。
それだけでした。
そして廊下で、カイが聞きました。
「準備が整ったら、考えます、と言いましたね」
「……もう少し、待ってください」
「どのくらいですか」
「玄関を出るまで」
廊下は、思ったより長かった。
次話(最終話)で、玄関に着きます。
お気に召していただけましたら、ブックマークと評価をいただけますと、第三章を書く力になります。
最終話もすぐにお届けします。またお会いしましょう。




