第十六話 「もう一通の書状と、三人の準備」
カイが来たのは、翌日の午前中だった。
セレストも、ほぼ同じ時刻に現れた。
示し合わせたわけではないはずだが——リゼットが、二人をそのまま同じ応接室に通した。
「よろしかったのですか」
私がリゼットに聞くと、
「お二人とも、お急ぎのご様子でしたので」
という答えが返ってきた。
急いでいたかどうかより、リゼットがそう判断したかったのだと思う。
応接室に入ると、カイとセレストが向かい合って座っていた。
初対面、のはずだ。
でも二人とも、そう見えない落ち着いた顔をしている。
「ご存知でしたか」
私がセレストに聞くと、
「昨夜、手紙を一通いただきました」
セレストが答えた。
カイを見ると、
「明日一緒に伺ってもよいか、確認しました」
と、当然のような顔で言った。
私は少し考えて——それ以上聞くのをやめた。
二人がそう動いたなら、その方が早い。
「では、話しましょう」
私は席に着いた。
セレストが、まず書状を出した。
殿下から届いた、紋章入りの書状だ。
私は受け取って、広げた。
短い文章だった。
セレストが口述した通りの内容が、そこに書いてある。
殿下の署名と、王家の紋章。
「本物ですね」
「はい」
私はカイに渡した。
カイが確認して、うなずいた。
「謹慎中の王太子が、公式の紋章を使って外部へ接触した記録です。
これだけで、謹慎違反の申し立てができます」
「国王陛下に直接届けることはできますか」
「できます」
カイが答えた。
「ただ——これ一通では、殿下への処分が謹慎延長に留まる可能性があります」
「もう一通の書状があれば、変わりますか」
カイが、少しだけ間を置いた。
「変わります」
応接室が、静かになった。
セレストが、私とカイを交互に見た。
「もう一通の書状、とは」
「カイ」
私は、カイに向かって言った。
「話してください」
カイが、懐から封筒を出した。
紋章はない。
ただ「機密」と、外側に書いてある。
「これは——舞踏会の四ヶ月前に書かれた書状です」
カイが、中の紙を広げた。
「殿下が、宮廷内の特定の人物に送ったものです」
「特定の人物とは」
「王宮の儀式官です。
聖女認定を管轄する立場にある人物」
セレストが、少しだけ眉を上げた。
「殿下は、舞踏会の四ヶ月前から——エルメラ・コルトを聖女として認定させる手順を、儀式官に依頼していました。
そのための根回し、必要な費用、スケジュール——全部この書状に書いてあります」
私は、書状を受け取った。
読んだ。
殿下の筆跡。
日付。
儀式官への依頼内容。
エルメラの聖女認定が「偽造された計画」であることが、殿下自身の言葉で書いてある。
「これを——どうやって手に入れたのですか」
カイに聞いた。
「儀式官から、です」
「儀式官が渡したのですか」
「渡されました。一ヶ月前に」
「なぜ」
カイが、少し間を置いた。
「儀式官は——殿下に脅されていました。
書状を保管していることが、逆に弱みになっていた。
自分が指示に従った記録でもあるので。
第三者に預けたかったのだと思います」
「あなたを選んだのは」
「辺境伯という立場が、王都の権力から距離があるからだと言っていました」
私は、書状をもう一度見た。
「これを、私に渡さなかった理由は」
「タイミングを見ていました」
「舞踏会の夜は」
「間に合いませんでした。書状を受け取ったのが、舞踏会の二週間前で——裏を取るのに時間がかかった」
「裏を取るとは」
「儀式官が話した内容が本当かどうか、確認しました。
書状の筆跡が殿下のものかどうか、別の筆跡と照合しました」
私は、少し考えた。
「では舞踏会の夜、あなたはこれを持っていた」
「はい」
「でも使わなかった」
「アリシアが一人で全部やろうとしていたので」
カイが、静かに言った。
「途中で手を出すより、必要になったときのために持っておこうと思いました」
私は、カイを見た。
舞踏会の夜——カイは壁際に立っていた。
この書状を持ったまま、ただ見ていた。
「……あなたは、私が失敗すると思っていましたか」
「思っていませんでした」
「では」
「保険です」
カイが、少しだけ目を細めた。
「必要なければ、それでよかった。
必要になれば、使う。
それだけです」
私は少し、黙った。
扇を持っていないことを確認した。
今日も、持っていない。
「……わかりました」
私は、セレストに書状を渡した。
「読んでください」
セレストが、書状を受け取って読んだ。
途中で、一度だけ目を細めた。
「これが国王陛下に届けば——」
「殿下の謹慎が、謹慎で終わらなくなります」
私は答えた。
「聖女認定の偽造を計画し、婚約者を陥れようとし、謹慎中に外部へ接触した。
三つが揃います」
「お父様への説得は」
「カイ」
私はカイに向いた。
「アルバ家の外交ルートについて、話せますか」
「はい」
カイが、セレストに向かった。
「ヴァルナー辺境伯領は、コーデル王国と直接国境を接しています。
アルバ家のルートと、辺境伯領のルートを連携させれば——殿下経由より安定した通商路ができます」
「それは、正式な提案として出せますか」
「アルバ侯爵が望むなら、文書で出せます」
セレストが、少しだけ考えた。
「父は——地位より、実利を優先します。
安定した通商路の保証があれば、殿下の話を断る理由になります」
「では、文書を用意します」
カイが、静かに言った。
「三日ください」
「……わかりました」
セレストが、書状をテーブルに置いた。
「アリシア様」
「はい」
「これで——動けますか」
私は、応接室を見渡した。
テーブルの上に、二通の書状が並んでいる。
殿下の謹慎違反の証拠と、聖女偽造の計画書。
カイが、セレストが、リゼットが——今度は最初から、ここにいる。
「動けます」
私は答えた。
「準備が整ったら、国王陛下に申し立てます。
場所は——今度は舞踏会ではなく、正式な謁見の場で」
セレストが、うなずいた。
「その方が、後に残ります」
「はい」
カイが、立ち上がった。
「では、文書の準備をします」
セレストも立ち上がった。
「書状は、お預けしていいですか」
「リゼットに預けます」
廊下の気配が、少し動いた。
私は続けた。
「二人とも、今日はありがとうございました」
カイが、扉に向かいながら——少しだけ立ち止まった。
「アリシア」
「はい」
「一つだけ、確認しておきたいことがあります」
「なんですか」
カイが、扉の前で振り返った。
「今度が終わったら——少し、ゆっくりできますか」
応接室が、静かになった。
セレストが、こちらを見ていた。
廊下の気配が、止まった。
私は少し考えて——答えた。
「準備が整ったら、考えます」
カイが、少しだけ口元を動かした。
「では、早く整えます」
扉が、閉まった。
私は一人で、テーブルの上の二通の書状を見た。
扇を持っていないのに——顔が、少し熱かった。
リゼットに見られていないといいと思いながら。
たぶん、見られていると思いながら。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もう一通の書状の中身が、わかりました。
殿下は舞踏会の四ヶ月前から、計画を動かしていました。
カイはそれを一ヶ月前から知っていて——舞踏会の夜、保険として持っていました。
そして今、二通の書状がテーブルの上に並んでいます。
三人が、同じ方向を向いています。
「今度が終わったら、少しゆっくりできますか」
カイがそう言いました。
次話から、動き始めます。
今度の舞台は——舞踏会ではなく、謁見の間です。
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次話もお待ちいただけると嬉しいです。またお会いしましょう。




