第十五話 「三度目はない、ただし条件がある」
セレストの話は、一時間かかった。
一時間、私はほとんど黙って聞いた。
使いが来た日は、十日前の水曜日。
時刻は午後二時頃。
使いは二人で、どちらも見知らぬ顔だった——ただし、王宮の紋章が入った書状を携えていた。
「王宮の紋章が入った書状を、謹慎中の殿下が使える、ということですね」
「そうなります」
私は少し考えた。
謹慎中の王太子が、公式の紋章付き書状を使って外部に接触している。
それは——誰かが、その行動を許可しているか。
あるいは、誰かが黙認しているか。
「書状の内容を、覚えていますか」
「はい。短い文でした」
セレストが、正確に口述した。
「『アルバ侯爵家との同盟を求む。詳細は使いの者から。ライナルト』」
「使いの者が言ったことは」
「先ほど申し上げた通りです。
アルバ家の外交ルートを王家の管理下に置く代わりに、家格を上げる、と」
「返答を求められましたか」
「三日以内に、と言われました」
「あなたはどう答えましたか」
「検討する、と言いました。
父には、有利な条件が出たと伝えました。詳細は伏せて」
私はうなずいた。
「お父様はどの程度、前向きなのですか」
「かなり」
セレストの声は、平坦だった。
感情を排して、事実だけを述べている。
「アルバ家は、歴史はありますが規模は大きくない。
王太子妃になる令嬢を出せれば——父にとっては、願ってもない話です」
「お父様に、断る気はありますか」
「ほとんどありません」
「それを、あなたが覆したい」
「はい」
静かな広間に、廊下の気配がある。
リゼットが、ゆっくりとした足音で、廊下を歩いている。
私は気づかないふりをした。
「アリシア様」
セレストが、少し身を乗り出した。
「一つ確認させてください」
「どうぞ」
「あなたは今、この話をどう受け取っていますか」
「どういう意味ですか」
「面倒なことに巻き込まれる、と思っていますか」
私は少し考えた。
「巻き込まれる、とは思いません」
「では」
「あなたが来たのは、選択肢がなかったから、だと思っています。
殿下に断るにも、お父様を説得するにも——一人では材料が足りない。
ローゼンベルク家は、少なくとも殿下と対立した実績がある。
だから来た」
セレストが、少しだけ目を細めた。
「……そうです」
「面倒、とは思いません。ただ——」
私は、窓の外を見た。
白い薔薇は、今日も同じ場所にある。
「確認したいことがあります」
「はい」
「殿下が謹慎中に外部へ接触していること。
これを証明できますか」
「書状があります」
「お父様が持っていますか」
「私が持っています。父には、使いが来たことだけ伝えて——書状は預かっていると言って、手元に置きました」
私は、少し驚いた。
感情には出さなかったけれど。
「それは——お父様に対して、リスクのある行動ですね」
「はい」
「なぜそうしたのですか」
セレストが、一拍置いた。
「書状を父が持っていれば、父の判断で使われます。
殿下への交渉材料として——受け入れる代わりにさらに条件を引き出すために」
「あなたは、交渉材料として使いたくなかった」
「はい。使うなら——断るために使いたかった」
私は、セレストを見た。
この令嬢は、思っていたよりずっと——先を読んでいる。
書状を手元に置いた時点で、今日ここに来ることまで、計算していたかもしれない。
「わかりました」
私は、背筋を伸ばした。
「一つだけ、言わせてください」
「はい」
「三度目はない、と言いました」
セレストが、静かにこちらを見た。
「舞踏会の後、そうおっしゃっていましたね」
「はい。——ただし、それは私から仕掛けることはない、という意味でした」
広間が、静まった。
「向こうが来るなら、話は別です」
セレストが、少しだけ息を吐いた。
安堵なのか、緊張なのか——両方だと思う。
「では、協力してくださいますか」
「条件があります」
「聞かせてください」
「殿下の書状を、私に見せてください。
それが本物かどうか確認します。
本物であれば——その書状を使って、殿下の謹慎違反を正式に国王陛下に申し立てます」
「……それは、父が納得するでしょうか」
「お父様には、別の材料を用意します」
セレストが、少し考えた。
「別の材料、とは」
「アルバ家の外交ルートの価値を、殿下経由ではなく、別の形で保証する方法があります。
ただしそれは——もう少し確認してからでないと、約束できません」
「確認先は」
「辺境伯です」
セレストが、少し目を開いた。
「ヴァルナー辺境伯が、関わるのですか」
「まだわかりません。でも——聞いてみます」
セレストが、しばらく黙った。
カップを持ち上げて、それから置いた。
「わかりました。書状は明日、お届けします」
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
セレストが立ち上がった。
今日は、来たときより——少しだけ、目の色が変わっていた。
「アリシア様」
「はい」
「あなたは、本当に舞踏会の夜のような方なのですね」
「どういう意味ですか」
「準備が整っていなければ、動かない」
セレストが、扉に向かいながら言った。
「でも——整えば、必ず動く」
扉が、閉まった。
広間に、静けさが戻った。
リゼットが入ってきた。
新しいお茶を持って。
「聞いていましたか」
「廊下の掃除をしておりました」
「そうですか」
「書状が届きましたら、私も確認してよろしいですか」
「お願いします」
リゼットが、お茶を置いた。
「辺境伯には、今日連絡なさいますか」
「手紙を書きます。ペンを用意してください」
「はい」
リゼットが動く。
私は机に移った。
便箋を広げて、ペンを持った。
カイへ。
セレストの話を聞いた。殿下が動いている。
もう一通の書状について——話してもらえますか。
書いて、止まった。
もう一通の書状。
カイが「後にする」と言い続けていたもの。
それを今、聞く。
タイミングだと思った。
書き加えた。
「準備が整いそうです」
それだけ足して、封をした。
「使いに持たせてください」
「かしこまりました」
リゼットが手紙を持って出ていく。
私は窓の外を見た。
薔薇は、今日も同じ場所にある。
でも明日は——少し動く。
カイからの返事は、夕方に届いた。
短い手紙だった。
書状の件、承知した。
明日伺う。
そして最後に一行だけ。
「もう一通の書状のことを、話す時が来たかもしれません」
私は、その一行を二度読んだ。
かもしれません、と書いてある。
断定ではない。
でも——来る、と書いてある。
私は手紙を折って、机の引き出しに入れた。
準備が整う。
また、整い始めている。
今度は——一人ではない。
それが、少しだけ——昨夜より、胸の奥の重さを軽くした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「三度目はない、ただし条件がある」
向こうが来るなら、話は別です——アリシアはそう言いました。
殿下は謹慎中に、アルバ家へ接触していました。
セレストは書状を手元に持っていました。
カイは「話す時が来たかもしれません」と書いてきました。
次話で、もう一通の書状の中身が、ついてわかります。
そして——三人が動き始めます。
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次話もお待ちいただけると嬉しいです。またお会いしましょう。




