第十四話 「友人のふりをする必要は、ありませんわ」
カイからの返事は、翌朝届いた。
封を開けると、いつもより少し長い手紙が入っていた。
最初の二行は、白い薔薇はまだ元気だろうかという話だった。
私は窓の外を確認した。
元気だった。
続く一行に、本題が書いてあった。
セレスト・アルバについて言わなかった理由——アリシアが自分でどう判断するかを、先に見たかった、と。
私はその一行を、二度読んだ。
——自分でどう判断するかを、先に見たかった。
情報を先に渡せば、判断が影響を受ける。
だからあえて渡さなかった。
それは信頼なのか、あるいは試験なのか——どちらとも取れる。
どちらとも取れるが、どちらかといえば。
私は手紙を折りたたんだ。
どちらかといえば、という答えは、まだ出さなくていい。
返事は、また後で書く。
セレストが再び来たのは、その日の昼過ぎだった。
今度は、使いが先に来た。
「午後に伺いたい」という短い連絡だった。
「今日はアポイントがありますね」
リゼットが、少し嬉しそうな顔をした。
「前回より礼儀正しくなりました」
「成長ですわね」
「お嬢様も、そう思いますか」
「通してください」
「はい」
リゼットが出ていった。
その背中が、心なしか軽い。
——この人は、どちらの来訪の方が楽しみなのだろう。
聞かない方がいい気がした。
セレストは、今日も笑っていなかった。
でも前回より、少しだけ——肩の位置が下がっていた。
緊張が、わずかに和らいでいる。
「先日はアポイントなしで失礼しました」
「構いません」
「構っていただいた方が、私としては動きやすいのですが」
「では構います」
セレストが、少しだけ目を細めた。
「……やはり、話しやすいですね、アリシア様は」
「そうですか」
「話しにくい方だと思っていました。舞踏会の前は」
「悪役令嬢として有名でしたから」
「はい」
セレストが、カップを持った。
今日は一口以上、飲んだ。
「単刀直入に申し上げます」
「前回もそうおっしゃっていましたね」
「そういう性格なので」
「好ましいと思います」
セレストが、カップを置いた。
「アリシア様に、お願いがあります」
「聞かせてください」
「私は——王太子妃になりたくないのです」
広間が、静かになった。
私はセレストを見た。
セレストは、真っ直ぐに、こちらを見ていた。
「理由を聞かせてください」
「二つあります」
セレストが、指を一本立てた。
「一つ。私はすでに、好いている方がいます」
「その方は」
「王族ではありません。
ですから、王太子妃になれば——その方との縁は、完全に断たれます」
私は、うなずいた。
「二つ目」
セレストが、指をもう一本立てた。
「……殿下から、すでに接触がありました」
私の手が、少しだけ止まった。
「殿下から」
「はい。先週、使いが来ました。
『私の妃になれば、アルバ家の外交ルートを正式に王家の管理下に置く。
それにより、アルバ家の地位は現在より大幅に上がる』と」
「……謹慎中のはずですが」
「そうですね」
セレストの声は、平坦だった。
怒りでも、恐怖でもない。
ただ、事実として述べている。
「父は、この話を前向きに検討しています。
アルバ家の地位が上がることは、父にとって魅力的ですから」
「あなたは」
「お断りしたい。でも、一人では——」
セレストが、少し間を置いた。
「父を説得する材料が、ありません」
私は、広間の窓の外を見た。
白い薔薇は、今日も同じ場所にある。
謹慎中の殿下が、外から手を回している。
アルバ家を取り込もうとしている。
その駒として、セレストを使おうとしている。
——三度目はない、と私は言った。
でも殿下は、まだ諦めていなかった。
「アリシア様」
セレストが、静かに言った。
「先日の問いの意味が、わかっていただけましたか」
「はい」
「陛下が望む王太子妃の条件——それを私に教えていただければ、父への説得材料になると思っていました。
陛下が求める条件をセレストは満たしていない、という理由があれば——」
「お父様を動かせる、と」
「はい」
私は少し考えた。
セレストの話は、筋が通っている。
ただ——いくつか確認しなければならないことがある。
「セレスト様」
「はい」
「あなたが好いている方というのは、信頼できる方ですか」
セレストが、少しだけ表情を変えた。
今日初めて見る、柔らかい顔だった。
「はい」
「アルバ家の外交ルートを、殿下に渡したくないとお思いですか」
「はい。殿下の——ああいうやり方を見た後では、なおさら」
「なるほど」
私は扇を持っていないことを、確認した。
今日も、持っていない。
意識して、持っていない。
「友人のふりをする必要は、ありませんわ」
セレストが、少し眉を上げた。
「先日来た十二名とは、事情が違います。
あの方々は昨日の敵が今日の顔で来ましたが——あなたは最初から、そういう方ではなかった」
「……どういう意味ですか」
「あなたは、最初から用件があって来た。
それは正直だったと思います」
セレストが、少しだけ黙った。
「では」
「はい」
「協力していただけますか」
私は、少し考えた。
セレストの話が本当かどうか、まだ完全には確認できていない。
殿下が謹慎中に動いているという話も、裏が必要だ。
アルバ家のルートを殿下に渡さない方がいいという判断は——おそらく正しい。
ただ。
「条件があります」
「おっしゃってください」
「殿下からの接触について、詳しく教えてください。
使いの者の顔、日時、具体的な言葉——全部」
セレストが、真っ直ぐに私を見た。
「それは、殿下への証拠として使うつもりですか」
「そうなるかもしれません」
「構いません」
間を置かずに、答えた。
私は、小さく息を吐いた。
この令嬢は——計算だけの人間ではない。
覚悟がある。
「わかりました。詳しく聞かせてください」
セレストが、少し背筋を伸ばした。
話し始める前に、カップをもう一度持ち上げた。
今日は、しっかりと飲んでいる。
私は、それを黙って見ていた。
広間の外で、リゼットが廊下を歩く音がした。
少しゆっくりとした足音だった。
——聞いている。
まあ、いい。
二十年仕えた侍女に聞かれて、困る話でもない。
むしろ——記録してもらえるなら、その方がいい。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「友人のふりをする必要は、ありませんわ」
セレストは、最初から用件があって来た。
それは正直だった、とアリシアは言いました。
そして——謹慎中のはずの殿下が、外から動いています。
アルバ家を取り込もうとしています。
「三度目はない」と言いましたが、殿下はまだ諦めていませんでした。
次話では、セレストが詳しく話します。
殿下が謹慎中に何をしていたか——その全貌が見えてきます。
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次話もお待ちいただけると嬉しいです。またお会いしましょう。




