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婚約破棄してくれて、ありがとう。準備は三ヶ月前から整っていました  作者: 銀月ソフィ


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第十一話 「掌を返す速さで、人は測れる」

 お茶会というものは、準備が命だとリゼットは言う。


「菓子の種類は相手の格に合わせる。

 花は季節より一歩先を選ぶ。

 席の順番は、誰が誰と話したがっているかを読んでから決める」


 私は窓際の椅子に座りながら、その説明を聞いていた。


「リゼット」


「はい」


「今日のお客様は、昨日まで私のことを悪役令嬢だと思っていた方々ですわ」


「存じております」


「そういう方々に、一歩先の花を用意する必要はありますか」


 リゼットが、少し考えた。


「……季節通りの花でよろしいかと存じます」


「そうしてください」


 リゼットが、何か言いたそうな顔をした。

 けれど言わなかった。

 この人が何かを言わないときは、だいたい正しいことを考えている。


 私は窓の外を見た。


 玄関先の白い薔薇は、まだそこにある。

 昨日と変わらず、きれいに咲いている。


 カイへの返事は、まだ書いていない。

 今日の来客が終わったら書こうと、昨日からそう決めている。

 決めているのに、なぜか後回しになっている。


 ——考えすぎですわね、やはり。



 最初に来たのは、コルネリア・シュタイン伯爵令嬢だった。


 学園時代、最も私を「悪役令嬢」として扱っていた令嬢の一人だ。

 エルメラの取り巻きの中心にいた。

 集会のたびに、私への批判を率先して口にしていた。


 その彼女が——一番最初に来た。


「先日は、本当に大変でしたわね、アリシア様」


 薄桃色のドレスで、申し訳なさそうな顔をして、上品な菓子折りを持って。


「ご丁寧に、ありがとうございます」


 私は微笑みながら、席を勧めた。


 コルネリアが座る。

 お茶が出る。

 菓子が並ぶ。


 それからコルネリアは、十五分かけて、様々なことを言った。


 殿下への失望。

 エルメラへの怒り。

 私への同情と——敬意。


 私はその間、相槌を打ちながら、紅茶を飲んでいた。


 コルネリアの言葉は、おそらく半分は本当のことだ。

 昨夜を見て、本当に何かを感じたのだと思う。

 残りの半分は——今後のための保険だ。


 アリシア・フォン・ローゼンベルクという令嬢が、今後どういう立場になるかを見極めて、その前に関係を修復しておきたい。


 そういう計算が、見える。


 でも私は、それを指摘しない。

 指摘する必要がない。

 ただ微笑んで、受け取る。


「アリシア様は、本当に強くていらっしゃいますわ」

「そんなことはありませんわ」

「いいえ、本当に。私には、とてもできないことを——」

「コルネリア様こそ、今日こうして来てくださって。ありがとうございます」


 コルネリアの頬が、少し赤くなった。


 ——感謝されるとは思っていなかったのだろう。


 人は、許されるより感謝された方が、居場所をなくす。

 どう反応すればいいかわからなくなる。


 私はお茶を一口飲んだ。


 コルネリアは、その後十分で帰った。

 来たときより、少し早足だった。



 その後も、来客は続いた。


 三人、五人、七人。

 それぞれが、それぞれの言葉で、似たようなことを言った。


 私は全員に、同じ温度で、同じ丁寧さで応じた。


 リゼットが、途中で耳打ちしてきた。


「お嬢様、顔が疲れています」


「顔に出ていますか」


「いいえ。でも私にはわかります」


 私はリゼットを見た。


「どこでわかるのですか」


「扇をお持ちでないとき、右手の指先が少しだけ動きます。

 昨日から観察しておりました」


 私は右手を見た。


 指先が——確かに、わずかに動いていた。


「……よく見ていますね」


「二十年お仕えしておりますので」


 リゼットが、新しいお茶を置いた。


「あと三名いらっしゃいます。

 終わりましたら、少しお休みください」


「わかりました」


 私は、お茶を飲んだ。


 扇の代わりに、温かい紅茶を持つ。

 それで少し、落ち着いた。



 最後の三名が帰って、広間が静かになった。


 私は椅子の背に、少しだけ寄りかかった。


 今日来た令嬢は、全部で十二名。

 残りの五名は、明日以降だとリゼットが言っていた。


 十二名。

 昨夜の舞踏会では、誰一人として声をかけてこなかった人たちだ。

 あの場にいた全員が、私を「断罪される令嬢」として見ていた。


 一夜で、変わった。


 人というのは、そういうものだと思う。

 恨んでもいないし、呆れてもいない。

 ただ——少しだけ、疲れる。


 窓の外の薔薇を、また見た。


 昨日と同じ場所に、ある。


 カイは、昨夜の舞踏会でも、ずっと同じ場所にいた。

 壁際の、同じ場所に。

 変わらなかった。


 ——それが、今日の十二名と、どう違うかは。


 まだうまく言葉にできない。



「お嬢様」


 リゼットが、広間に入ってきた。


「少し休みますわ、と言いませんでしたか」


「はい。ただ、もう一方いらっしゃっています」


「……今日の来客予定は、終わりのはずですが」


「はい」


 リゼットが、少し間を置いた。


「セレスト・アルバ侯爵令嬢様が、お見えです。

 アポイントはいただいておりませんが——どうなさいますか」


 私は、椅子から少し身を起こした。


 セレスト・アルバ。


 侯爵家の令嬢。

 学園では、私とほとんど接点がなかった。

 エルメラの取り巻きでもなく、私の敵でもなく——ただ、遠くにいた人だ。


「……その方は、呼んでいませんわ」


「はい、存じております」


「用件は」


「『ご挨拶をしたかった』とおっしゃっています」


 ご挨拶。


 今日来た十二名も、全員が似たような理由を言っていた。

 でも全員、事前に連絡をしてきた。


 連絡なしで来る、ということは——何か急いでいるか、あるいは。


「……通してください」


「よろしいのですか」


「顔は見ておきたいので」


 リゼットが、一礼して出ていった。


 私は背筋を伸ばした。

 疲れは、後でいい。


 どういう人かは、会えばわかる。

 昨日の十二名と同じ人なのか、それとも——違うのか。


 広間の扉が、また開いた。


 入ってきた令嬢は、思ったより、静かな顔をしていた。


 笑っていない。

 取り繕った様子もない。

 ただ、まっすぐに、こちらを見ていた。


「初めまして、アリシア様」


 声は、落ち着いていた。


「セレスト・アルバと申します」


 私は微笑んで、席を勧めた。


「どうぞ」


 セレストが、席についた。


 その目が——今日来た誰よりも、少しだけ、違う色をしていた。


 何を考えているか、まだわからない。

 でも、計算だけではない何かが——あるいは、計算がもっと深いか。


 どちらかだ、と思った。


 私は扇を持っていないことを、また思い出した。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


 十二名の令嬢が来て、十二名が帰りました。

 アリシアは全員に、同じ温度で応じました。


「感謝されるとは思っていなかったのだろう」


 この観察が、アリシアらしいと思っています。


 そしてセレスト・アルバ侯爵令嬢が、アポイントなしで現れました。

 今日来た誰とも、少し違う顔をしていました。


 次話で、セレストが何を言うかがわかります。


 お気に召していただけましたら、ブックマークと評価をいただけますと、大変励みになります。

 次話もお待ちいただけると嬉しいです。またお会いしましょう。

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