遭遇
よくよく考えると、洞窟に入るのは初めてのことだ。
何というか、イメージどおり埃っぽい。空気が停滞してるというか。とはいえ、嫌な感じはそこまでしない。長居はしたくないけど。
洞窟の中をゆっくりと進んでいくと当たり前だが、周囲は次第に暗くなる。いや、これ進めないんじゃない?俺は恐る恐る、上体を後ろ体重で、足を先行させながら、すり足で奥へと進む。
そのうち、背後からの明かりもすっかり遠くなり、辺りはほとんど真っ暗になる。それでも、ゆっくりゆっくり進む。
徐々に目が慣れて来た気がする。
いや、これは慣れて来たぞ。
うん?いや、違う?
あれ、なんか、洞窟がうっすら光ってる?
目を細めて見る。そして、目をつむってみる。それを繰り返す。
やはり、うっすら洞窟が緑色に光っているように見える。
洞窟からの発光で、洞窟の輪郭がわかる。太陽の光があると、全く気付かないレベルの照度だが、暗闇に目が慣れた今だからやっとわかる。
「光苔的なヤツか。ありがてえ」
つい、声が出る。
このまま真っ暗だったら、これ以上進むことはできなかっただろう。そうなれば、回れ右をして、洞窟の外で、化け物巨大鹿に殺される運命しか残っていなかった。
しばらく洞窟を歩いた。
目が暗闇に完全に慣れると、洞窟の中が良く見える。コウモリがちょくちょく飛んでいるのも視認できた。こちらに危害は加えてこないようなので、一安心である。とはいえ、化け物巨大鹿がいたくらいだから、化け物コウモリがいても不思議ではない。気をつけて慎重に進もう。
そんなことを考えていると、当然前方からザリッと音が聞こえた。
ビクッ!
自分の心臓が爆発するように跳ねるのがわかった。
反射的に姿勢を低くして、身構える。
こ、こわっ。
化け物だったら、完全におしまいだ。
心臓が口から出ると言う表現は、こういうときに使うんだろう。などと考えている俺は、心臓とは裏腹に頭は冷静なのかもしれない。
恐る恐る目を凝らすと、前方の暗闇に人影が見える。
こわっ!
はっきりとしないシルエットは、こちらを伺っているようにも見え、じーっと動かない。
俺の心臓は、バクバクと強くなる。
「お前は誰だ」
俺の声ではない。俺は訊かれた方だ。
それは女性の声だった。良かった、安心した。
俺を警戒しているような声だから、多分幽霊ではない。
よくよく考えてみて、「誰だ」と訊かれたのは生まれて初めてのことだ。というか、なんて答えれば正解なんだ?初対面の人に。
「え、えーっと、誰と言われても、人です」
変な答え方になる。
「言葉は通じるのか」
その人影は、突然ばっと火花を放ち、何かに火を付けた。恐らく、ランタン的なものに火をつけたのだろう。急な灯りが眩しすぎて、俺は咄嗟に腕で目を隠すしかできなかった。
「え、ええ。どうやら通じているみたいですね。というか、ここはどこですか?わ、わかります?」
目を隠しながら俺が訊ねた。
「とある洞窟とだけ言っておく」
なんじゃそりゃ。そりゃそうだろう。
なんとか光に目が慣れて来た俺は、目を細めて、声の主を見た。
外套を被った女性だ。白いシャツにパンツにブーツとまるで探検家のような格好。ただ、注目すべきはそこじゃない。ものすごい美人だ。しかも、外国人だ。海外の映画とかに出てくるレベルの美人。歳は俺よりもひと回り上だろうか、余裕です。
というか、外国人になんで言葉が通じるんだ?それにこの美女、洞窟にいるにしては、探検家のような服装があんまり汚れてないぞ。何者だ?などと俺が美女を観察していると、美女もまた俺を訝しげに見ていた。
「お前は、どこから来た?」
「さあ、記憶が曖昧で、わかんないんですよ」
正直に答える。
わからないものはわからないのだ。
「自分の名前はわかるか?」
名前?名前くらいわかるよ。
あれ、えーっと。
そうそう、俺の名前ね。
えーっと名前名前。
「ユキオです」
「お前、尻尾はあるか?」
この人、なに言ってんの?
っていうか、なんでこの人タメ口なの?美女だから、全然良いんだけど。
「しっぽ?・・・生えているわけないじゃないですか、何すかその質問」
「・・・ふーん」
美女は、目を細めて、こちらを見てきた。まるで品定めをするような目つきだ。
「な、なんすか」
自分の身体を両手で隠す。まるで、丸裸を見られてるような感覚になる。
「ついて来い。お前の知りたいことを話してやる。ついでに私の話し相手になれ」
美女は、パッと踵を返した。
なんでしょう。この自分勝手な感じ。
まあ、ついて行くけども。
美女に続いて、洞窟をどんどん奥に進む。
奥に進むにつれて、なぜか洞窟の中は、次第に明るくなっていく。洞窟の壁や天井に張り付く石や岩がまるで、照明のように発光している。
そんな不思議な洞窟内の照明に目を奪われながら足を進めていると、気付けば自分が洞窟でないどこかを歩いている気付く。洞窟のようなゴツゴツとした岩は一切なく、角がない丸みを帯びたグレーな空間を歩いていた。
「え、どこ?え?洞窟は?え?」
俺がわかりやすく狼狽えていても、美女は全くの無視である。
何と言うか無機質な不思議な空間の真ん中には、無機質でどこか未来的な丸テーブルと椅子が2つ置かれており、美女は、その椅子を1つ引き、座った。
「お前も座れ」
美女は、顎で向かいの椅子をさす。
「え?あ、はい」
混乱しながらも俺は椅子に座った。
美女は、満足したように鼻を鳴らした。
「喉乾いたんじゃないか?」
美女がそんなことを言うと、目の前のテーブルに、いつの間にかカップ2つが忽然と現れた。そのカップからは、紅茶の香りが立ち上っている。
「毒は入れてない。お前には、聞きたいことがたくさんあるから、殺しはしない」
俺が疑うような目でカップを見ていたからか、美女がそんなことを言う。それから、俺の目の前でカップに口をつけ、上品に紅茶をすすって見せた。
「単刀直入に言うが、この世界において、お前は他所者だ」
え、ひどくない?いきなり。
「そうだな、もう少しわかりやすく言うと、ここは、お前のいた世界とは違う世界だ。こう言えばわかるか?」
うーん、心のどっかで、まさかな、とは思ってたよ。現実にあんな怪物いるわけないもんな。UMAも驚きだよ。
「・・・わかります。ただ、俺は、どうやってこの世界に来たんすかね」
「さあな」
美女は鼻で笑った。
「この世界に長らく生きているが、お前みたいなヤツは初めてだ」
「はあ、そうなんですね。と言うことは、お姉さんも、俺が元の世界に戻る方法ってわかんないですよね」
「無論だな」
すごく即答された。
「そうすかー、まあ、しゃーないすね」
俺はずずずっと紅茶を飲む。
うーん、美味い。
「無念ではないのか?」
「ん〜まあ、もとの世界のこと、あんま覚えてないんで、仕方ないかなって感じです。ところで、こっちの世界は、どんなとこですか?」
「切り替え早いな」
美女は驚いた顔をする。
それから、美女は【この世界について】俺に説明してくれた。なんだが信じられない話だ。まるっきりファンタジーである。
「それで、さっき俺に尻尾が生えているか聞いたんすね。というか、お姉さんにも尻尾ないじゃないすか」
俺は、このグレーの空間に来るまで、周囲を警戒しながらも、ちゃんと美女の尻や脚を目に焼き付けていた。プリプリしたお尻には、尻尾はなかった。今思えば、そんなことだから洞窟が変化していることにも気付けなかったのかもしれない。
「私は、精霊だから尾はない」
「え、精霊?」
美女の話を聞いて、頭の中で勝手に精霊を、羽の生えた小人的な存在を想像していた。
「この洞窟は、私がこの世界に元子を生み出す場所だ。普通の尾人では入って来ることはできない。それなのに、尾人でも精霊でもない、異質なお前が入って来たから、私は飛び起きて見に行ったわけだ」
美女は豪快に笑う。豪快なのに美しい。
「姿形は一緒なのに、俺ってこっちの世界の精霊とも、尾人とも違うんすね」
「偶然なのか見た目は、ほとんど変わらないが、お前自身の魂そのものは、精霊とも尾人とも全く違う。まあ、【普通の精霊】や尾人には全く違いは、わからんだろうから安心しろ」
「ふーん。じゃあ、俺はこの世界で普通に生きていけるってことですかね」
「まあ、尾がなくても、戦いで尻を切られる尾人もいるから、大丈夫じゃないか?お前の見た目はアパタイト(猿尾人)とそう変わらないようだし、問題ないだろ」
俺はアパタイトってヤツに似てるのか。
実際に、尾人とやらを見てみないと何とも言えないな。
「そういえば、さっき【普通の精霊】って言ってましたけど、精霊にも色々いるんすか」
「なんだ、知りたいのか。精霊の話をすると長くなるんだが」
面倒臭そうな言葉のわりに、美女は楽しそうに話を続けた。
多分、話をするのが好きなんだろう。
「精霊は、生きている年数に応じて、姿形や役目が違う。生まれたての年齢100年未満の精霊は、姿形を感じることはできない。元子と共に世界を循環している存在だな。普通の精霊となると、年齢が100年から1000年くらいだろう。光の球のように、目に見えるようになり、元子を先導するようになる。尾人たちは、この状態の精霊をたまに見かけることがあって、恐れたり、祈ったりしているぞ」
精霊って、めちゃくちゃ長生きだな。
「年数が、1000年以上経つと、お前や私のように、神の姿に似た形になる。世界中の滞留した元子や、うまく機能していない精霊を正す役目を負っている。このくらいになると、まあ、尾人に似た姿形をしているから、尾人から精霊だとバレることは滅多になくんなる。たまに尾人の前で、精霊の力を使ったりすると、尾人は私たちを伝説や物語の登場人物とかにしたりするぞ」
なんとなく想像がつく。神話的な感じだろう。
「年齢が1億年を超えてくると、世界と一体になる精霊が多い。それ以上、年数を超えてくると、私のように、ある場所に留まり、元子を生み出し、精霊たちを導くようになってくる」
「すると、お姉さんは、精霊じゃ結構偉い方なんすか?」
「んー、まあ、偉いとかは、よくわからんが、私は金の精霊だから、金の精霊たちを導く立場にある。私は、この世界ができて、すぐに生まれた存在だから、どれくらい生きてることになるんだ?細かいことはわからんが、まあ長く生きているな」
とんでもない長生きだな。
「まあ、いい。私の話はもういいだろ。今度は、お前の世界の話を聞かせろ。何でも良い、とにかく話せ。時間ならたっぷりあるからな。腹が減ったらいつでも言え、いくらでも飯を出してやる。さあ、話せ」
美女は、にっこり微笑むと可愛げもなく首を傾げた。




