#4 はじめの一歩
▼はじめの一歩
「じゃあ、夢占いクラブに入ったの?」
麗華は、素頓狂な声を出した。それが教室全体に広がる。
「入った云うても、今日から通う事に、なるんやけどな」
「なら、私も入ろうかな?」
「え?」
麗華は急に意気込み始めた。
「テニス部はどうする気なんや?」
やめるきかいな?とばかりに叶は目を瞬かせた。そんな簡単に変えられるものではないやろう?とさえ想っていた。
「掛け持ちよ!私のバイタリティーをなめてもらっちゃいけなくてよ!ウフフっ」
麗華は、これしきの事こなしてみせるわとでも云うかのように、叶を見返えした。
叶の前の席は休み時間のため空席になっている。そして今はそこに麗華が居座っている状態であった。
「塚原君、私好みのタイプなんだよね〜いつも一緒に居たいんだなあ〜これが!」
何を根拠にこんな短い間のことで、云えるのか?不思議ではあったが、自分に行為を抱かれるのは嬉しいものだ。それに麗華は可愛いし。
ただ問題なのは、こう、直接的な感情を包み隠さずぶつけられる事であった。
「宮原さんがそう云うんなら、都住に入部届け出しいな。きっと喜んでくれると想うわ」
その言葉に、
「もち!今すぐ提出するわ!」
麗華の行動は早かった。
都住の前に行くと、麗華は入部届けを受け取りその場で記入した。それをさっさと提出する。
「これから楽しなりそうだわ!ううん?部活に張りが出来たって云うのかしらん?」
まるで、叶の恋人気取りで席を後にする。
それは、午後の授業が始まるそんな矢先であった。
「ここが、部室なんです」
朔夜は、叶と麗華を案内した。
第一校舎の4階。ちょうど音楽室の隣の教室。たまに、歌声が聴こえてくる。
案内されたその部屋の扉を開けたとたん、叶は絶句した。
暗幕で閉じられた暗室。そこに五人の少女が輪を作った椅子に座っていたからである。
「今日は、夢の相談者が集まってくれてるんですよ。みなさん、かなり疲労困憊していて、受験ノイローゼ気味なのですが……」
おびただしい自爆霊の空気が渦を巻いている教室の中に座っている少女達。そこに歩み寄る、朔夜。
それなのに叶は一歩も教室に足踏み入れることが出来なかった。余りにも気分が悪くて。
「へえ〜。この先輩方知ってるよ!いつも、ランキング10位に入ってるじゃん!」
叶の行動に気付く事なく足を踏み入れる麗華。全く動じる事などない。この霊気を感じる事が出来ないから……かえってそれが羨ましく感じられる。
「塚原君?」
朔夜は、叶の行動に気付き、
「やはり、感じてるんですか?」
麗華は、その言葉に振り返る。
「どうしたの?塚原君入れば良いじゃん?」
叶の腕を掴んで引き込もうとする。その勢いの良さに、叶の頭はクラクラしていた。
「大丈夫ですか?今日はやめておいた方が良いかも知れませんね?」
「?」
麗華は、きょとんとして、朔夜と叶を見比べた。
「何の話?これから占いするんでしょ?」
麗華は、少女達に近づき、
「ねえ、どんな夢見てるの?教えて教えて〜!」
彼女の持ち前の明るさは、此処にいる少女達を不思議と和ませるようで、大分雰囲気に一筋の光明が出来たように感じられた。それが一つの救いだったのか、叶は、一息付くと教室の最後列の一つの席に座り込んだ。
すると教室前半分が広く空き、輪になって囲んだ椅子が並んでいるのが見渡せる。
全ての席は、後方へと押しやられていた。空間が狭いと感じたのは一種の気の持ちようだったのか?単に、雰囲気に押しつぶされた幻覚だったのか?それは良く分からなかった。ただ、纏わりついてくる霊に苛立ちを感じていた。
「塚原君?結界を張る事はできませんか?夢の世界に入るのに、彼女達の身の安全を第一にしたいと想っていますから…体調悪いのでしたら無理にとは……」
「やるわ!」
叶は憤慨していた。気分が悪かろうと何だろうと、この場を締め付けている霊気に腹が立っていた。
自分が逃げ出した陰陽師修行。
しかしそんな事など忘れたかのように……ただこの状況は、無性に腹にすえかねでいたのであろう。
受験を苦に自殺した自爆霊が、自分に擦り寄ってくる。生きている者には関係ないだろう?そう云い放ちたかったから。
「えっ?塚原君?どうしたの〜?」
いきなり立ち上がった叶に驚いたのか、麗華は叶を振り返った。そして不思議そうに大きく見開かれた瞳は叶を確実に捉えている。
立ち上がった叶は、スタスタと歩き始めると、黒板から一本のチョークを取り上げて、輪になっている椅子の周りに五芒星を描くと、印を結ぶ。
「善星招来 悪星退散!」
すると、澄み切った空気が暗幕の外から流れ込んできた。
「きゃっ!」
麗華は声を上げていた。五芒星の中に巻き上がる空気の流れを僅かではあったが感じたからだった。
「結界は作ったで……あとは、都住はんの出番や!」
お手並み拝見とでも云うかのように再び元の席に着く。
すると五芒星の中央に立った朔夜は、真直ぐ手を前に差し伸べた。
「一人一人、催眠術を掛けます」
そう云うと、掌の少女達の目の前に翳した。そうすることで、彼女達は深い眠りへと沈んで行った。
最後の一人が催眠術にかかり、眠りに沈み込むと、
「少しの間、何があろうとこのままの状況を放置しておいて下さいね」
云い残すとバタリと朔夜は床に倒れ込んだ。それがどう云う事なのか理解に苦しんだが、叶は、朔夜の云う通りの行動に出た。慌てて麗華が中に入り抱き起こそうとしているのが目の端に入ったからである。
「やめとき。ここから先は、俺らの出る幕じゃないわ」
叶は、自分の行動が何を意味してこういう事になるのか、実際分かってはいない。だけど、そうしないといけない領分なのだと悟った。
朔夜のことが不思議でたまらなかった。だけど、すべては朔夜の腕にかかっていると信じたのである。
真っ暗な闇。
そこに散りばめられた星々。
朔夜はここが、宇宙である事が分かった。
五人の少女達が、フワフワと横になって浮いている。
不思議な光景。
五人一緒の夢をこの場所で見ているのだとしたら奇妙なことではあるが、朔夜の目にはその少女達が、何者にも捕らえもれる事なく浮遊している事を如何せん何とかしたかった。
現実逃避
この現状から逃げ出したいがために、見る夢がこういった類いの夢である。
「彼女達を、自らいるべき所まで引き上げなければ……」
この宇宙に変わって必要なもの。それを考えた。
すると遥か彼方に美しく蒼く光る星が見える。それが地球である事を悟った朔夜は、一つの案を想い付いた。
「太陽だ!」
まずこの少女達を地球に戻し、太陽にさらされる土地へ誘う事。朝日を感じさせる事。それだと想った。
しかし、まだ朔夜自体、夢売買を自由にこなせる程にはなっていない為か、躊躇する面が多々あった。
あの時の事が今でも蘇る。
夢占いは、先祖代々受け継がれてきた事であり、平安時代から都住家の家業でもあった。
それを、平成の世に受け継がれてきたまま自分の能力を日夜励みとし、行う事が朔夜のなすべき事だと自負している。そして、それは父の遺言でもあった。
若くして逝ってしまった父。
父の身体は、占夢者家業の果て、悪霊に取り憑かれ、衰退して行ったのであった。
母は、朔夜が五歳の時、離縁していた。
旦那を知れば知る程遠ざかって行ったのだ。親権は父、拓哉のものとして離婚時取り決められ、都住家は跡取りを無くす事なく安泰だった。
しかしそれから毎日占夢者修行が行われてきた。夢占いの基礎から、催眠術、一般的知識を絶えず父親から学ばなければならない。
父が家業で出て行った先では、必ず朔夜も同行していた。そうする事で学ぶ事は多かったから。そして初めて自ら仕事をこなしたのは、十歳の時である。
弱り切った老婆の夢占い。
どこにでもある、髪が抜け落ちてしまうと言う老いへの恐れからくる占夢。
しかし、軽い気持ちで挑んだその夢の売買は、大きな落とし穴があったのである。
その老婆に悪霊が取りついているなど、考える事までは頭に回らなかったのであった。
占夢の最中、真っ黒な闇が自分を襲ってきた。長い黒髪が自分を締め付けてくる。こんな経験をする事はあり得ない。夢は、当人を脅かす事はあっても、決っして占夢買人を襲う事はない。
そんなもがき苦しむ自分を助け出してくれたのが父拓哉であった。
しかし、二人同時に入り込んでしまった夢は、後者の人物へと魔手を差し伸べたのである。
それからというもの、拓哉の容体は一変した。
日に日に痩せ衰えて行くぼかりで、残された朔夜は、その看病で手が一杯だった。
学枝も行かなければならない。父の看病をしなくてはならない。確かに、都住家宗家からの援助はあった。しかしイタコや、霊媒師への依頼を始めた頃には虚しくも、父のしをとどめる事は出来なかったのである。
朔夜は悔やんだ。
自分に、もっとカがあれば……霊感を感じる事ができる陰陽師、霊媒師の力があればこんな事にはならなかったのに……と。
だけど、自分は出会った。
塚原叶と云う人物に……:
そんな事を想い出しながら、一つ、息を吐き出すと朔夜は五人の少女の手を結ばせて、
『神聖覧強、夢売買致します!』
輪の中心に立って浮遊している五人に呪文を唱える。
すると、流れて行く景色は地上の白い砂浜の海岸に辿り着く。五人と朔夜は静かに下り立った。穏やかな海は、綺麗な蒼を従え、昇ったばかりの太陽の下煌いていた。
暫くすると、五人の少女は起き上がろうと覚醒に入る。
「もう、この場所を去らなければ……」
きっと、この朝日をあびて彼女達は自信を取り戻す事であろう。そう願って……
五芒星の中で、朔夜が起きあがったのは、ほんの十分後くらいの事であった。
「もう、丈夫ですよ……」
朔夜は、貧血気味の青白い顔をして、叶に語りかけた。
叶は、五芒星を黒板消しで消しにかかる。
「あとは、俺が全て片を付けなあかんのやな?この学校を取り囲む自爆霊の始末や……」
そう、元凶を取り除かない限り、夢を見る人達の心を救う事は出朱はしない。
それは、朔夜の目を見れば分かった。そう、語っているのだなと……
暫くすると、少女達は椅子から立ち上がった。
みんな、顔色が良くイキイキしていて、今までの沈んだ顔が嘘のようであった。
ロ々に、
「ありがとう。肩の荷が下りたって云うのかしら?前向きに何かに取り組めるって云うのかしら?……」
と、朔夜を取り囲んで今までのことが嘘であるかのように語り始めた。
「ねえ、何が起こったの?よくわかんない〜!」
麗華は訳が分からないとでも云いたげに、叶の肩を揺すった。
しかし、叶はその事には触れなかった。
自分だって今しがたまで行われていた朔夜の行為なんて知る由もない。だけど、少女達が悪夢から目覚めたと云う事だけは分かった。
それが、朔夜の行った事なのだと。