#5 四方への言霊
▼四方への言霊
「あれがお前の力なん?気持ち悪いとか想った事ないん?俺は自分のカが気持ち悪くてたまらんわ」
帰り際、朔夜を叶は呼び止めた。
麗華はその後、『訳が分からない』と云い残し、テニス部へと戻って行った矢先の帰宅途中の事である。
学校の門で持ち伏せていた叶。ある意味納得が行かない想いがあったから。
「陰陽師にも、お札ってのがあるんよ。手のひらに書く祓悪夢符ってのがな。俺は、それを行なった事はないんやけど。でも、初めて見たわ。そう云う類いの悪夢払いは……実際どうやってるん?」
不思議だった。倒れ込んでからの空白の十分間。自分は、夢をみないから、こう行った事の範疇から遠ざかっていたことであった。
「僕の力は占夢。夢を売買する事なんですよ。よく云い継がれている、貘のようなものでしょうか?ただ、貘は夢を食べるのですが、僕は食べませんけどね」
クスリと笑った。
そんな中、悪夢なんて食べたくもないわな。と叶は想った。
「つまり……」
朔夜は、全ての事を叶に話せて聞かせた。占夢者人の事を。そして、自分が何故、叶を必要としているかという事も。
「残念やったな……親父さん」
「しんみりした話になってしまいましたね」
朔夜はそれでも笑っている。
何故笑えるのか?叶には理解が出来なかった。
自分とは違って、全てを受け入れて立ち向かっている人物が直ぐ傍にいる。それとは全く逆の自分。これは反省すべき事なのか?いや、そんな事はない。
何とか自分を奮い立たせる。
選んだ行動の違い。考え方の違い。環境の違い。が、すべて二人の進むべき道を作っている。
そして。偶然にも出会ってしまった。
そう想う事にした。
「明日、この学校の自爆霊を解数する。そうすることが、なにより大切な事に感じるわ」
話をはぐらかせる。
そうすることで、今の自分を開放させる事ができるのではないかと気が付いたから……
「じゃあな」
簡単に言葉を切ると、二人は別れた。
―放課後―
「あれ?塚原君。今日は夢占いクラブには行かないの?」
生徒のざわめいた教室が、これから解放されるんだと云う歓喜に満ちた中、叶は荷物を片付ける。その姿を目にした麗華は問いかけた。
「あ、えとな……ちょう用事があんねん。また明日な?」
「そうなんだ……残念。また明日ね!」
叶は、鞄の他にもう一つバッグを持っていた。それを肩に担ぐと、朔夜に声を掛ける。
さすがに、麗華に自分が陰陽師(仮)である事など知られたくはなかった。きっと忌み嫌われるであろうとそう感じたから。
そそくさと、叶は教室を出て行った。
その後を確かめるかのように、朔夜は教室を出て行ったのである。
「これで最後やな」
この学校の校舎はちょうど方位に並列して並んでいる為東西南北が分かりやすい位置にあった。
その四方を取り囲むように、護符を聖石に張り付けて埋めて行く。ただ校舎の何処かに張り付けるだけでは剥がれ落ちる恐れがあったから。
「……一番ええのは、祠を立てて、供養する事なんやけど、俺に『それをしろ』云われてもどうにもいかんしな。誰かこの符を掘り起こさないとも限らんけど、一番の得策やねん」
叶は云い添えた。そして、
「この学枝の中心はどこになるんやろか?」
「二番校舎……の屋上はどうかな?」
まだ、この学校の見取り図が把握できてない叶を朔夜が補佐する。
そして、二番校舎の屋上へと二人は移動した。
屋上の入り口に、立ち入り禁止と紙が張ってあるが、そんな事は知ったこっちゃないとでも云いたい気持ちを込めて、叶は『バンッ』と、扉を開いた。
冬の冷たい空気がブワッと流れ込んでくる。
「ここは一度、飛び降り自殺者がいた場所なんですよ」
云われなくても分かっていた。叶の前に広がる空と、コンクリートの狭間から少年がこちらを見ている。
人は何故こんなに弱いのであろうか?
そう感じた。
たかが受験だろ?一度の失敗で、何を苦にする必要があるって云うんだ?残された方の身にもなってみろよ。と、霊に叫んでやりたった。
「ま、取り敢えず始めるわ」
バッグから、結局大阪から持ち出してきた、もう使われる事も無いと想っていた白い袴を取り出して、制服の上に羽織ると、ふうっと息を吐き出す。
そして、
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
叶は縦、横に九字を切ると、勢い良く、念を放った。
この校舎を取り巻く空気が一気に身体を突き抜けて行くかの勢いで、空中へと舞い上がる。
そして、新たな新鮮な空気が取り巻いてくる。
「これで、一先ず安心や、やっかいな自爆霊もこの辺りに近寄る事はないと想うしな」
叶は、気分が良かった。
一つの事が終わると云う事を成し遂げたのはこれが初めてであったかのような気分さえ感じる。
本当は、幼い頃から身に付けなければならない事だった。だから何度も経験はしている。好きにはなれなかった事だけれど……それが当たり前の環境だったから。しかし誰も、自分の事を褒めてはくれなかった。そう。当たり前の行為。
実の母親には気味悪がられるだけだったし、父には、腫れ物でもみるようかのような目で見られた。
誰もが口々に、重要な人物になると云ってはいるが、その裏の感情が手にとって分かる聡しい子供であった。
一つ間違えば、人の感情まで読み取ってしまうかとも想えるくらいに幼少の叶は敏感な子供であったから。
今はもう人の考えている事を悟るのをやめて少しでも、気晴らしになれるのであったなら上出来だと想っている。
そんな叶の気持ちを察してか、
「ご苦労様」
朔夜は、叶に独特な落ち着いた笑顔で話し掛けた。
「おう!」
叶は、笑顔でそう応えたのである。
こうして、この事件は無事片付いたかとも想われたが、冬休みに入ってからの年明け。重大な事件に発展していく事を、この時は知るはずも無かったのである。




