うーん、でもそれって役割反対でもいいんじゃないですか?
ちょっと遅くなりましたが更新です
<師里レイ>
―私が教室へと飛び込む僅かに前―
「作戦はシンプルです。一度しか言いませんから頭に叩き込んでください」
サトネさんはそう前置きして説明し始めた。
私も聞き逃さないように気を引き締めてその言葉に耳を傾ける。
「校舎の外から勢いをつけて跳び、窓ガラスを破って教室に突入・制圧します」
「………」
「………」
「それだけ?」
「以上です」
「それ、私は何をすればいいんですか?」
言葉通りシンプルな作戦だ。聞き逃す要素などない。
でも聞く限りだと私がやること無さそうなんだけど。
「だから、教室に飛び込んで制圧するんです」
なるほどなるほど。
………。
「え、誰が?」
「貴女が」
「それってサトネさんがやるんじゃないんですか!?」
「サトネが出来るのならやっています」
呆れた様子を隠しもせず、小馬鹿にした口調で告げるサトネさん。
「では貴女に訊きますが、坊っちゃんのいる3階の教室まで跳べますか?」
「………多分、無理です」
日々の特訓で知った自分の身体能力。
それを考慮すると良くて2階あたりまで届けば良い方だ。
確かに魔力による強化で身体能力は上がる。
けれどそれはあくまでも強化、その人が元々持つ身体能力に依存する部分が大きい。
そして、未だ私の身体能力はお世辞にも高いとは言えない。
自慢できるのは魔力量に任せた防御くらいだ。
これなら何も考えず、膨大な魔力を注ぎ込むだけだから技術も身体能力もいらないから。
「でしょうね、体つきを見れば凡その力量はわかります」
「でも! サトネさんなら特災ですし、身体の制限なんかないんじゃないんですか?」
特災のサトネさんならそんな制限はないはずだ。
「その"制限"は、ですね」
「どういうことですか?」
「レイ、サトネさんは普通の特災じゃなくて使役師と結ばれた契約特災なのよ、その能力にはいくつかの制限がかかるの。特に主である使役師と離れている場合は大幅な制限がかかるはず……ですよね、サトネさん」
「えぇ、その通り」
私の疑問にヒトミが答え、それに対してサトネさんも頷きを返す。
「今のサトネの身体能力は貴女とそれ程の差は無いはずです」
「そうなんですか……あれ、でもだったらどうやって3階まで跳ぶつもりですか?」
私とサトネさんの身体能力がそれくらいなら、どうやったって3階まで跳ぶなんて無理なはずだ。
「貴女の頭は飾りですか?」
それへの返答は冷ややかな眼差しと痛烈な皮肉だった。
「……多分、2人で協力すれば届くんじゃないですか?」
「やはり東堂家の御令嬢は聡明ですね。個々で届かなくても、協力すればあの高さに到達することは容易いでしょう」
なんか、サトネさんの態度が私とヒトミでだいぶ違う気がするんだけど――やっぱりお金か? 金の力なのか?
「協力って言っても具体的にはどうするんですか?」
「もう少し自分で……いえ、もう諦めました。出来ない者に何を言っても無駄ですし。いいでしょう、サトネがちゃんと説明しましょう。貴女の協力は不可欠ですし、ミスを犯されても困ります」
――この人ほんっと口悪いな。
「とは言っても単純な事、サトネが地上で貴女の跳躍を補助するだけです」
何かを投げ飛ばすような仕草を交えながらサトネさんが説明してくれる。
「これで高度は確保できるはずです」
「うーん、でもそれって役割反対でもいいんじゃないですか?」
私が補助して、サトネさんが飛ぶ。
こっちの方が確実そうだし、何より私は安全圏にいられる。
犯罪者のいる所に飛び込むのはなるべく御免こうむりたい。
「いいえダメです、貴女では正確に坊ちゃんたちのいる教室へと投げ飛ばすことが出来ないでしょう?」
確かに。
言われてみれば成功させる自信は無い。
「ですので役割分担はこれで確定です……懸念なのは貴女が坂上を制圧できるかどうかということですが、まぁたぶん大丈夫でしょう」
簡単に言い切るサトネさん。
だが、私にはそんな簡単な事とも思えない。
「いやいやいや! 私、あんな鉄球振り回す奴を倒す自信ないですよ!」
「それなら心配いりません」
慌てて言う私に"そんなことか"といった調子で答えるサトネさん。
刃の様に鋭い表情を浮かべていた顔が僅かな笑みへ変わり、彼女は言葉を続ける。
「"そっち"は坊ちゃんが何とかしていますから」
「岩神君が? 彼、今どうなってるかわからないんですよ?」
「あまり坊っちゃんを舐めないでください。すでに坊ちゃんが監禁されてから10分ほど経ちました、それだけあれば十分。坂上は特災を使った攻撃はしてくることはありません」
全幅の信頼と自信に裏打ちされた力強い言葉で言い切る。
「殆ど生身の相手なのです、貴女でもなんとかなるでしょ」
「……自信は、無いですよ」
「自信なんかなくてもいいです、結果さえ出せばサトネに文句はありませんから」
険しい表情に戻ったサトネさんの表情は"失敗したら殺す"と言っているようだった。
☆★☆
そんなこんなで群衆を飛び越え、サトネさんに打ち上げられ、天井に激突して、私は何とか教室へと入ることが出来た。
天井にぶち当たったことで結構な痛みが走り、頭を抱えて床にうずくまっていたが、事前にサトネさんから言われていたことを思い出す。
『先手必勝。窓から強襲するという相手の意表を突く作戦なのですから、先手を取って反撃の隙を与える暇なく倒すのが肝要です』
先手必勝、そうだった。
あまり蹲ってはいられない、早く倒さないと……。
そう思い痛みをこらえ、顔を上げる。
瞬間、ヘルメットのバインダー越しに見慣れた"イス"が目に入った。
木の板と鉄パイプで作られたイス。
毎日私達学生が座り、授業を受けているもの。
学校に何百とあるはずのありふれたイスだ。
それが今、唸りをあげて私の顔面を襲う。
ボウリングのフォームのような、掬い上げるようにして振るわれたイス。その4本ある足の1本が正確に私の顔を捉える。
ビシッ
と言う音と共に視界が一気にヒビ割れる。
ヘルメットのバインダーにヒビが入ってしまったみたいだ。
同時に、首へも鋭い痛みが走った。
顔を打たれたことで急激に顔が後ろへと反り返ったためだろう。
あまりの衝撃で床についていた手も宙へ浮かぶ。
咄嗟に足へと力を込め、後ろへと飛び退って距離を取る。
その最中に、罅割れて使い物にならなくなったヘルメットを外しておく。
外す時にチラッと見たそれにはイスの足の形の凹みが出来ており、先程受けた攻撃の威力を物語る。
そうして、クリアになった視界を前に向ける。
視界に映るのは薄汚れた、野良犬の様な印象の男。
その手にはさっき私を殴ったであろうイスがあった。
「あ? あのメイドかと思ったが違うな。でもどっかで見た気もするな――誰だお前? 」
「も、師里さん!?」
私がヘルメットを外し、顔を露わにしたことで男と岩神君が声をあげる。
だが私にそんなことに反応している余裕はなかった。
私の心、そこを今ある感情が占領していた。
それは、恐怖。
突然振るわれた暴力。
それが、私の持っていた楽観的な部分や甘さと言うものを吹き飛ばした。
倒すだけなら、スズさんに鍛えて貰っているんだし何とかなる。
数秒前まで持っていたそんな甘い考えを既にない。
あるのは恐怖のみ。
目の前の男が持つ暴力が自分に振るわれる。
それは間違いない。
では自分はそれにどうすればいいのか。
何も考えられない。
ただの一発。
一発殴られただけで足は震え、逃げ出したくて堪らない。
一発殴られただけで――既に私の心は負けていた。
「なんだぁ? いきなり飛び込んできたと思ったら震えあがりやがって。まぁでも、ここに来たってことは邪魔するつもりなんだろ? なら――」
そう言いつつ、男が持ったイスが振り上げられる。
私はそれをただ見ることしかできない。
「殺されても文句ねぇよな!」
言葉と共に振り降ろされるイス。
そして――
そこで私の意識は途切れた。
☆★☆
気付くと、懐かしいぬくもりに包まれていた。
「大丈夫だレイ。もう、大丈夫だから」
聞き覚えのある声がすぐ近くで聞こえる。
目を開け、周囲を見回す。
そこは見慣れた教室。
しかし、その様は異様だった。
壁や床には大きな凹みや穴が開き、窓ガラスは1枚残らず割れ散っている。
皆が残していった荷物はそこら中に散乱しているし、イスや机なんかは折れ曲がったり、砕けているものまであった。
そして何より――壁や床、天井に至るまで赤い液体が飛び散っていた。
「………なに、これ?」
「正気に戻ったか!?」
後ろから声が聞こえる。
そこに至り、先程から誰かが私を背後から抱きしめていることに気付く。
振り向くと、良く見知った顔。
ほぼ毎朝顔を合わせる男の顔があった。
「……おにい、ちゃん」
その顔を見た途端、心に安堵感が広がる。
そして、糸が切れるようにぷっつりと私の意識は再び途切れた。
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(次回更新は水曜日~木曜日の予定です)




