全ては可能性の話だ
本日タイトルを「元勇者と生意気な妹~妹が嫌いな兄なんていません~」から「愛妹勇者(妹≧世界)」にしました。今後ともよろしくお願いします。
<師里アキラ>
「で、お前はどうするんだ?」
「どうするったって、お前がこのまま大人しくしてれば何もしねーさ。若い奴らが収めるところでも観戦してようじゃねーか」
「大人しくしてなかった場合は?」
「やり合うことになるだろうな」
杜宮高校が望める位置に立つビル。
その屋上で俺と陸中が向き合う。
「そうか……では、やり合うか」
「やっぱりそうなんのかよ」
ガシガシと後ろ頭を掻く。
言葉だけでどうにかなる奴じゃないというのはわかっていた。
わかってはいたが、実際やり合うとなるとかなり厄介な相手だ。
『SSランク最凶』『政府の最終兵器』『歩く殺人兵器』。
それら数々の異名は伊達ではなく、特に対人戦での経験値で言えば元勇者の俺を凌ぎ、それを持って無類の強さを発揮する。
出来れば戦いたくない相手だ。
それでも――
スゥッと陸中が静かに構えたのに合わせて俺も拳を構える。
それでも相手がやるっていうのならやるしかない
俺達の間で緊張が高まる。
それがどんどんと高まり、いつ弾けてしまってもおかしくない限界近くにまで膨れ上がった――その時。
視界の隅で注意を向けていた杜宮高校の一室、その窓ガラスが内側から爆発したように割れ弾けた。
「なッ!?」
「ッ!」
俺達の口から同時に声が漏れる。
あそこには先程、なぜかメイド姿に扮したレイが突撃していったはず。
もしかしてレイに何かあったのか?
あの程度の相手、スズに鍛えられているレイなら何の問題もなく倒せるはずだが……想定外の事が起こった可能性もある。
「どこに行く気だ」
ダッと駆けだした俺の行く手を阻むように立ち塞がる陸中。
その問いに答える余裕はなく、返答は掌に生み出した5枚の魔法陣。
その魔法陣を手裏剣の如くそれぞれ別の軌道で陸中へと投げつける。
「お前ッ!」
しかし流石の実力。不意打ちで投げ放たれた魔法陣の内4つまでを、咄嗟に構えた弓から不可視の矢を速射し空中で射落とす。
けれども、この魔法陣は1つでも当たれば十分な効果を発揮する。
「グッ」
逃した魔法陣が陸中の体に当たると同時に姿を変え、縄になって縛り上げる。
この魔法陣は『拘束』。
いくら陸中と言えども、少しの間は足止めできるはずだ。
俺は身動きの取れない陸中の脇を駆け抜け、勢いよく屋上から飛び出す。
その勢いのまま空中に次々と魔法陣で足場を作り出し、空中を疾走する。
杜宮高校へ、レイの元へと向かって一直線に。
☆★☆
俺が空中からそのまま教室へと飛び込むと、そこは惨憺たる有様だった。
イスや机は吹き飛ばされ壁際に積み重なっているし、床や壁には何かを叩きつけたような凹みや穴が至る所に出来ている。
野性的な破壊の痕跡がそこら中にあった。
そして、その教室の中央では――
ゴッ ゴッ ゴッ
と殴打音を奏でる2つの人影。
片方は床に四肢を投げだし仰向けに寝ている男。意識は無いようで、時折反射的にビクッと動くだけだ。
もう片方はその男に馬乗りになり、機械的に拳を振るい続けるメイド服の少女。
「ウッ……ア、アキラさん」
その時、教室の隅で俺の名前を呼ぶ声がする。
そこにいたのは俺も知っている少年。岩神タツヤだった。
タツヤはイスに縛り付けられ、かなり暴力を受けた様子が見て取れる。
「すいません、アキラさん。師里さんまで巻き込んでしまって」
だが、そんなタツヤの口から出たのは謝罪の言葉。
「……気にすんな、黙ってろ」
俺はタツヤにぶっきらぼうにそう告げ、3つの魔法陣を飛ばす。
2つでタツヤの拘束を解き、残り1つで回復を施した。
完治とまではいかないが、それでも十分マシになったはずだ。
そこで初めて気付く。タツヤの背に隠れてボロ衣を纏ったガリガリの少女がいたことに。
なるほど、この子がタツヤが助けようとしていたアーティファクト型の特災か。
その胸を見ると、坂上との間に出来ていた魔力パスは消滅しており、代わりにタツヤとの間に新しい回路が構築されていた。
さすが『刀匠』。他人の契約特災であっても打ち直して自分のものにしたか。
とりあえず、ちゃんと助け出せているのなら良かった。これで心配事の1つは無くなった。
じゃ、あとはうちの妹を正気に戻せばいいだけだ。
☆★☆
うちの妹はこれまでに一度、暴走状態に陥ったことがある。
あの時は無理に魔力を引き出したことでの暴走であったが、今回のは違う。
その証拠にレイの魔力はこれ以上ないほどに安定しているし、身体強化の様な魔力変化も行っている。
では今回のは何なのか。
多分暴走と言うよりも錯乱と言った方が正しいだろう。
レイは今まで、本格的に敵と戦うということは無かった。
誰だって最初の戦闘は怖い。
相手から暴力を向けられる恐怖。
相手を倒さねばならないという重圧。
それらに耐えられる精神が、未だレイには備わっていなかったということだろう。
結果が"これ"だ。
理性を失い、生存本能に任せて敵を倒す獣。
この状況を予想できていなかった俺の判断ミスがこれを引き起こした。
自分が戦闘に慣れ過ぎて、戦闘能力にばかり目が言って、精神的な面を見ていなかった。
ただ、今の状態はヤスヒロや陸中が危惧していた"魔王化"とはまた違ったものだと思う。
魔王だったら"こんな程度"ではない。
それは俺が一番知っている。
だからといって、このままやらせるわけにもいかない。
本能のままに体を酷使している状況は、負担がかかりすぎる。
常時リミッターを外しているようなものだ。
それに、レイ自身が正気に戻った時に自分がこの惨状を作りだしたと知れば傷つくだろう。
「レイ、やめろ」
振り上げられた右手を掴み取る。
ググッと引っ張られかけるが、力では圧倒的に俺の方が上だ。
抑え込み、その動きを止める。
するとレイは右手を諦めたのか左手を振り上げる。
そちらもまた掴み取り、両手を持って馬乗りの姿勢から引っ張り上げて男から引き剥がしにかかる。
レイは引き剥がされることを酷く嫌がって四肢に力を籠めるが、それを抑えて強引に引き離した
そうして離れた所で後ろからレイを抱きすくめる。
興奮しているからか、かなりの熱を腕の内に感じる。
「大丈夫だ、レイ。もう大丈夫だから」
子供をあやすかのようにレイの耳元で囁く。
今のレイを大人しくさせるには安心させることが大事だ。
生存本能に因る防衛機構は、命の危機が去ったってことを教えてやれば収まるはず。
何度も、何度も、言葉を重ねる。
「そういやこんなこと、昔にもあったよな」
今まで記憶に埋もれていた思い出が蘇える。
俺達がまだかなり小さい頃、レイが公園で蜂に刺されてしまったことがあった。
スズメバチとかではなく、大騒ぎにはならなかったけど突然の痛みにレイはその場に蹲り泣きじゃくってしまったんだ。
「あの時はレイが泣き止まなくて、本当に大変だったよな」
あの時も今と同じ様に俺は背後からレイを抱き締め、大丈夫だからと安心させたんだった。
そんな思い出話を聞かせている内に、徐々に腕の中の動きが大人しくなる。
そして――
「………なに、これ?」
「正気に戻ったか!?」
「……おにい、ちゃん」
振り返ったレイがかなり久しぶりに聞く呼び方で俺のことを呼び、そのまま気を失ってしまった。
「おっと」
倒れかけるレイの体を両腕で支える。
「まったく、世話が焼けるな」
とは言っても嫌いじゃないけどさ。
妹の世話を焼けるなんて、お兄ちゃん冥利に尽きる。
「――それはこちらとしてもお前に言いたいことだがな」
そこで不意に、背後から声がかかる。
振り返ると、先程足止めしておいたはずの陸中の姿。
「まだ5分も経ってないはずなんだけどな、自信なくなるぜこんな短時間で破られたら」
「私を数分でも足止めしたのだから十分だろ。それより、"ソレ"のことだ」
陸中がそう言って指さすのは俺の腕の中で眠るレイ。
「この部屋、"ソレ"がやったのか?」
「人の妹を"ソレ"呼ばわりすんじゃねーよ」
「誤魔化すな」
陸中はいつもの笑顔を崩さず、それでいて冷徹な瞳を向けてくる。
チッと心中で舌打ちする。
昨日、魔王化の可能性を指摘されたばかりでこの状況……今すぐ殺しにかかってきてもおかしくは無い。
魔力の暴走でないといったところで、理性を失って暴れたことは事実。陸中にとっては然程の違いなどないだろう。
重要なのは巨大な力が制御されているかどうか。そして、今確実にその制御は外れていた。
俺の失態だ。
敵を甘く見てレイに経験と自信をつけるためにと任せてしまったのが間違いだった。
「――これは僕がやりました……師里さんは関係ありません」
その時、教室の隅から声が上がる。
少女に支えられながらなんとか立ち上がったタツヤが真っ直ぐに陸中のことを見つめる。
「岩神タツヤ、君がこれをやったと? そんな状態でか?」
「えぇ、その通りです」
「私が見た時には君は椅子に縛り付けられていて、こんなことが出来るとは思えなかったのだがな」
「それは相手を油断させるため、この子を坂上から奪うための作戦です。奪えたので反撃しました」
「……師里兄妹は関係ないと?」
「はい」
タツヤと陸中の視線が空中でぶつかり合う。
レイのためを思ってタツヤは言ってくれたのだろう。
それはありがたい。
ありがたいが、これは危険すぎる橋だ。
嘘をついてることがバレれば俺ら諸共に粛清される可能性だってある。
「師里アキラ、岩神タツヤの言っていることに間違いはないか?」
そんなことを危惧し、内心冷や汗をかいていると陸中は俺に問いかけてきた。
「半分は、な」
「半分?」
だから陸中への問いに咄嗟にそう返した。
「半分はタツヤだがもう半分は俺だ。大事な妹が殴られてたんでな、ちょっとやりすぎちまったが許してくれ」
「明らかに過剰防衛だが、まぁいい。どうせ殺す男だ」
そう言い、倒れ伏している坂上に近寄る。
「殺すのか?」
陸中の背に問いかける。
「なんだ、また止めるか?」
「いや、ただ学校でやるのもアレかと思ってさ」
「ここまで荒らしておいてよく言う」
そう言いつつも、傷だらけの坂上を肩に担ぐ陸中。
そのまま教室の出口へと向かい、俺達の脇を通り抜けようとする。
「師里アキラ」
しかし、そこで足を止めて俺に声をかけてきた。
「なんだよ?」
「いやなに――
――騙すのならメイド服に付いた返り血くらい隠せ」
言うやいなや、陸中の右手が真っ直ぐにレイの胸元へ伸びる。
ズゾッ
陸中の強化された貫手が肉を貫き、生温い血液が顔にまで飛び散る。
「ッ! お前……不意打ちは、やめろよ」
俺は貫かれた右腕の痛みを堪えながら、強がりで陸中に笑ってみせる。
「自分の腕で守ったか、お前がそこまでする価値があるのか?」
「俺の全てはコイツに捧げてんだよ。今更腕の一本や二本、大した事ねぇ。コイツのためならなんだってしてやる」
「……そうか」
そう言うと同時に乱暴に陸中の貫手が引き抜かれる。
「ウッ、ガァッ!」
突然のことに思わず呻き声が漏れた。
右腕は貫かれた際に健や筋肉を傷つけられたからか、肘から先がピクリとも動かずだらりと下がる。
即座に魔力を集中させて自己修復を行うが、思ったよりも傷が深く時間がかかりそうだ。
「まぁいい、そこまでの覚悟があるならば今は引いておこう。昨日、お前自身が言った通りにソレをお前が止めたのも確かだからな」
「あぁ、安心しろ」
「だが忘れるな、ソレは自分の力を扱えていない。分不相応な力は自分だけでなく周囲まで滅ぼす。次もまた、教室1つ程度で済むとは限らない」
「随分優しいじゃねぇか、昨日は何がなんでも殺そうとしてたのにどういう風の吹き回しだ?」
「生かしたいと言ったのはお前だろ?」
問いかけに問いかけで返す陸中。
「力を扱えるようになるのと同時に、その力に溺れ私欲に走らないようにする。生かしたいのならばその境界を進み、制御させろ。――でなければ今度こそ殺す」
「あぁ、わかったよ」
「その言葉が偽りにならないことを祈る。……あぁそうだ、ついでにひとつ教えておこう。どうして私が直々にこいつを追ってきたのか」
坂上を僅かに揺らして示した陸中がそんなことを言ってくる。
「そういえば聞いていなかったな、どうしてだ?」
「それは、この件にある男が関わっているからだ」
「ある、男?」
「こいつの脱獄直前に会いに来ていた男だ、名前を五味ゲンジと言う」
「なっ! ゲンが!?」
告げられたのは俺もよく知っている男の名前だった。
「お前も知っている通り、アレが関わっているとなれば大きな問題だ。だからこそ、私がここまで来た。なんの手掛かりも見つけられなかったがな」
「まさかゲンがそんな……」
呆然と声が漏れる。
五味ゲンジという男を知っている。知っているからこそ、今回の件に関わっているというのが信じられない。
「全ては可能性の話だ。この話も、お前の妹についても」
その声が耳に届くと同時に、陸中の姿は忽然と消える。
代わりに、遠くの方からパトカーのサイレンが何重にも聞こえてきた。
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(次回更新は土曜日~月曜日の予定です)




