着ます! 着させてください!
一日更新遅れてすいません
――岩神タツヤが坂上に嬲られ、陸中リクの前に師里アキラが現れるよりも僅かに前――
<師里レイ>
「サトネに協力してください」
サトネさんにそう言われ、連れて来られたのは近くの路地裏。
民家と民家の間の僅かな隙間に作られたそこは、普段から殆ど人通りがない。
それに今は騒ぎとなっている学校に視線が向いているので尚更人気が無い。
「………協力って言っても何をすればいいんですか?」
目の前のサトネさんに注意深く問いかけてみる。
この協力っていうのは当然、今の状況からして岩神君を助ける為にって事だろう。
それなら私に"出来る範囲"で協力するのに断る理由は無い。
クラスメイトが死んだりしたら寝覚めが悪くなるし。
「あなたにやってもらう事は2つ」
ピシッと指を2本立てるサトネさん。
「坊っちゃん救出への協力は必然ですが、具体的には後から話します。それよりももう1つの方を早急に行って貰う必要があります」
「早急?」
苦々しげな表情を浮かべ首を縦に振るサトネさん。
「えぇ、早急に師里アキラへ連絡を取ってください」
「………え?」
思いがけない言葉に驚きの声が出る。
「この状況、いつ陸中リクが現れるかわかりませんが、私は坊っちゃんの救出に当たるのでアレの対処に動くことはできません。
この町で私以外にアレを抑えることができるのは、口惜しいですが師里アキラとスズの2人だけです。そして、師里アキラを動かすには妹である貴女の説得が一番効果が見込めるというのも知っています」
「だ、だったらスズさんでもいいんでしょ?」
政府の最大戦力とか言われてる人にどうしてあの2人が対抗できるのか。
あの2人は中堅程度のランクだ、岩神君よりも低いBランクのはず。
という疑問は置いておいて、まずはアイツとの接触を避けるために尋ねる。
「スズと陸中リクとの相性は最悪と言っていい。目的はあくまでも足止め、本気の殺し合いを見たいわけではありません。だから私も"不本意ながら"師里アキラを呼ぼうとしているのです」
不本意という所で殊更に語気を強めたサトネさん。
本当に嫌なんだと思う。
嫌でも、岩神君を助けることを再優先に考えたらそれしかないってことなんだ。
「で、でも………」
そんな覚悟を見せられても、私はアイツに頼み事はしたくない。
だって、頼んだら即座にアイツは受けるだろうから。
こっちの機嫌を伺っているのか何なのか知らないけど、2年前からアイツは私の頼みを断った試しがない。
だから嫌だ。
アイツに頼るっていうのがアイツにとって"妹のお願いをきいた"という免罪符になるのが我慢ならない。
私はそれくらいで許す気はない。
3年前、世界があんな変なことになり、一番近くにいて欲しかった時に私の事を放って逃げたアイツを私は――まだ許す気はない。
「やってください」
「………いやです、必要ならサトネさん自身が連絡すればいいじゃないですか」
「ちょっとレイ、流石にそれは……」
脇に立つヒトミが非難の視線を向けてくるが、私は意見を変えるつもりは無い。
「やってください」
「何度言われたって………」
ズガッ
「『何度言われたって』なんでしょう? 勘違いしてるみたいですね、先程も言いましたが私は頼んでるんじゃないんです」
「………はい」
顔の横スレスレを通って背後のブロック塀に突き刺さる木刀を見つつ、震えた声で答えながらアドレス帳からアイツの電話番号を呼び出す。
プライド?
意地?
そんなのよりも命の方が大事に決まってるじゃん!
☆★☆
〈師里アキラ〉
事務所内の自分の席につきボケーっとだらけていたら、机上に置いたスマホがアニソンを奏で、鳴動する。
ディスプレイを確認すると愛すべき妹の名前。
「もしもし! あぁ………うん………わかった、大丈夫だ任せろ問題ない。お前の方も気をつけろよ!」
「どうしたのじゃ?」
近くの席のスズが問いかけてくる。
「あぁ、うん、レイから。なんかトラブルがあったらしくて陸中の奴を抑えてくれとか言われた」
「はぁ!?」
「と、いうわけで行ってくるわ。留守番頼む」
「ちょ、ちょっと待てぇぇえ!」
後ろから響くスズの制止を聞き流し、俺は事務所を飛び出した。
☆★☆
<師里レイ>
「――アイツを呼びましたよ」
「それは重畳。では次はこれです」
「……えっと、これは?」
どこから取り出したのかわからないけれど、サトネさんのその手には一着の衣服があった。
墨の様な黒地を所々にある純白のフリルが彩る衣装。
「メイド服ですわね」
差し出されたそれをどうすればいいのかわからず、思考停止状態だった私に代わりヒトミがその衣装の正体を言い当てる。
「えっと、これ、どうするんですか?」
恐る恐る問いかけてみる。
それに顔色一つ変えずにサトネさんは答えた。
「勿論、着てもらいます」
「ハァ!?」
予想していた答えではあったが、それでも声をあげずにはいられない。
「街中でメイド服って……頭おかしいんじゃないですか!?」
一般の衣服の括りに入らないメイド服なんてものを、街中で見る機会は限りなくゼロだ。
見るとしてもオタクの人達が良く行くメイド喫茶の客引きくらい。
他には、学園祭やイベントととかでのコスプレ程度だろう。
どちらにせよ普段見ることはない格好だ。
目の前にそれと同じ衣服を着てる人がいると言っても、この人の存在自体が日常とはかけ離れているし何の根拠にもならない。
「では着ないと?」
「……えぇ、着たくはないです」
「そうですか」
「えっ!? いいんですか」
「私はどちらでもいいですし」
先程の事もあり警戒しながら答えたが、至極あっさりとサトネさんは引いてくれた。
そのことに面喰らうも、次のサトネさんの言葉でその言葉の意味するところが分かった。
「では、このまま校舎に乗り込みましょうか。貴女の正体がばれない様にと言う配慮でしたが、要らないというのなら時間が短縮できて結構なことです」
私の手を取り学校の方へとずんずんと突き進んでいくサトネさん。
「ちょ、まっ、えっ!? てか力つよ! なにこれ!」
万力のようにがっしりと手を掴まれ、足で踏ん張るもズルズルとアスファルトの地面を滑って引き摺られてしまう。
だが、その抵抗が効いたのかサトネさんは数歩進んだところでピタリと止まる。しかし、その視線は私ではなくヒトミへと目を向けられた。
「あぁそうだ、東堂家の御令嬢。不躾なお願いで悪いのですが、一般警察がここに来るのを数分伸ばせないでしょうか?」
「うーん、出来たとしても5分ほどだと思いますよ?」
「十分です、ありがとうございます。このお礼はまた後日改めて」
「いえいえ、今後も良い関係を続けていきたいですからね。これくらいの事ならなんてことありませんよ」
そう言い、ヒトミはスマホを取り出してどこかと通話を始めてしまった。
「では行くぞ、師里レイ」
「待って! 着ます! 着させてください! メイド服着るからお願いします!」
再び力を込め校舎に向かいはじめようとしたサトネさんに全力で抵抗しつつ、大声で叫ぶ。
そりゃそうでしょ。
何をするかわからないけど能力者としての力を使うことは確実。
大勢の生徒たちの前で自分の正体を暴露するような、そんな状況だけは避けたい。
たとえそれが恥ずかしいメイド服であっても、素顔晒した制服姿よりは絶対にマシなはず。
だから私は、泣く泣くメイド服に袖を通した。
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(次回更新は火曜日~木曜日の予定です)




