表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/93

Собаке собачья смерть

結構時間かかっちゃいました

 特殊能力及び特殊能力保有者保護管理研究所――通称『特究』。

 そこの地下シェルターでは今、慌ただしくも冷静に避難行動がとられていた。


「大丈夫だ焦る必要はない、冷静に避難行動をとれ。おいそこ、資料なんか放っておけ。人命優先だ」


 その中心で指示を出す1人の男がいた。

 白衣をまとったガリガリの不健康そうなソイツの名前は喜多川寺きだがわじヤスヒロ。

 この場での最高責任者だ。

 彼は部下たちが研究対象……もとい患者を避難させてるのを見回しつつ、チラッと横目である1人の女性に目を向ける。

 シェルターの一角でベッドに横たわった彼女は、日本人離れした風貌と輝くような金髪を持っていた。

 その瞳は硬く閉じられ、全身に繋がった幾本ものチューブから彼女が普通ではないことは明白。

 だというのに、他の身動きの取れない患者達が優先的に避難させられている中、彼女だけはそこに放置されている。

 これは喜多川寺の指示によるものだ。


(変化は無い、か。やっぱりさっき動いたように見えたのは見間違いだったのかな)


 先程僅かに動いたように見えた彼女。

 その彼女が"戦力"になるのではないかと考えた喜多川寺は彼女の避難を遅らせた。

 しかし、それは勘違いだったのか一向に目覚める気配は無い。


(……ならエリーもそろそろ避難させなきゃいけないよね)


「あ、君達。そこの彼女も避難させちゃ――」


 近くにいた部下の研究員に声を掛けたその時。

 唐突にそれは起こった。


 キィンッ


 と言う音と共に彼女の下に桜色の魔法陣が現れ、辺りを淡く照らす。

 一瞬でその魔法陣が発する桜色の光が彼女の全身に纏りつく。


 カッ


 桜色の光に包まれたまま彼女の――『太陽の乙女(ポルードニツァ)』と呼ばれた大魔法使いの――瞳が開く。

 そのまま間髪入れずに彼女の右手が持ち上がる。

 骨と皮ばかりの衰弱した細腕。

 それが天井に掌を向けられる。

 いや、それは天井に向けられてるのではない。天井の上にある地上、それさえも超えた先の戦場へと向けられていた。

 見えないはずのそこを正確に捉えながら彼女の口が開く。




「Собаке собачья смерть.(お似合いの最期だ、コウモリ野郎)」




 流暢なロシア語が紡がれると同時にその掌に白色の魔法陣が現れ、すぐさま弾けて消えた。

 その直後、ベッドの下で輝いていた桜色の魔法陣は消え、掲げられていた右手も糸が切れたかのように パタン とベッドに落ちる。

 一瞬の出来事。

 まるで夢か幻であったのかと思う様な程に一瞬で始まり、一瞬で終わった。


「今のは一体……」

「何が起こったんだ?」


 今まさに目の前で起こった出来事を正確に認識できず周囲の人々が騒ぐ中、喜多川寺はすぐさま彼女に駆け寄り接続されている機器を確認した。


(先程のは確か『B』の妹の魔力色……となれば彼女の『強化支援バフ』が発動したということ)


 機器を確認しながら思考を走らせる。

 そして、ある1つの記録を発見すると同時に――


「これは……くくっ、そうか。こんな力もあるのか、素晴らしいな師里レイ。なるほど、やはり君は『B』の妹だ」


 短い笑い声を上げる。

 彼の視線の先には1つのグラフ。

 今もマイナス値を示し続けるそのグラフが、数分前の僅かな間だけプラス値に……それも観測値を振り切るほどにまで上がっていた。


「何が起こっているのかはわからないが、これほどの力を持っているのが相手なんだ――」


 喜多川寺は天井を見上げ、自分の顎を撫でながら呟いた。


「――伯爵には同情するね」




 ☆★☆




「誰でもいいからお願い! "助けて"!」


 そう言った瞬間に自分の中から魔力が抜けていくのを感じた。

 しかもそれは先程四十万くんに付与した分よりもさらに巨大な魔力量。

 今まで感じたことが無いほどの魔力の流出。

 それが誰に向かっていってるのかはわからない。

 多分先程頭の中に声を響かせた人の元だとは思うけど、誰かなんて知らないし。

 でも、どうしてだろうか。なぜだか信用できると思えた。

 そしてその直感通り――


「グァァァァッ!」


 屋上に絶叫が響く。

 絶叫の主は金髪マント。

 先程まで余裕たっぷりの表情を浮かべていたソイツは今、全身を炎に包まれている。

 私の魔力が地下へと届くと同時に、赤を通り越して白熱した超高温の業火がその身を焼いたのだ。


「この炎は……いや、今は!」


 スズさんは頭を振り、掴んだ鎌に意識を向ける。

 突然の業火に焼かれたことで金髪マントの意識は逸れており、スズさんの自由に鎌は動かせる状態だ。

 スズさんはその鎌を僅かに動かし微調整する――四十万くんの放った弾丸の射線上へと。

 そして――




 キィィィンッ




 四十万くんの放った銃弾がその鎌の中心に吸い込まれるようにして命中し、ガラスが砕けるような甲高い音が響いた。




 ☆★☆




 伯爵の鎌に四十万の放った銃弾が当たる。

 そこから金色と桜色の2つの波紋が鎌の表面を舐めるように広がり、同時に甲高い音が響いて鎌が砕け散った。

 砕けた鎌はそのまま黒い靄となり宙に溶けていく。


 そうして左手を失い、武器を失い、全身を炎に包まれた伯爵へと瞬時に距離を詰め、俺は肉薄する。


「ごぁ、ガッ、貴様!」


「今度こそはちゃんと消滅させてやるよ、伯爵」


 先程の強烈な魔力の発動でレイたちが何かしているということはわかっていたが、まさかここまでのことをしてくれるとは。

 それに先程の白い炎……あれはアイツの炎だ。

 そのみんなが作り出してくれた好機。

 中には絶対にありえないと思ってた奴からの予想外の援護もあった。

 それを台無しになんかできない。

 相手には俺の攻撃を防ぐための武器は既にない。

 俺は防御のことなど考えず、全力で腰溜めに構えた天叢雲剣を振りぬく。


「『勇者(ブレイバー)聖十字斬り(グランドクロス)』!」


 横に一閃。

 間髪入れず縦に一閃。

 金色の尾を引いた剣閃が十字を描き、伯爵の体を綺麗に4分割にする。

 3年前に一度伯爵を斬ったのと同じ技だ。


 ――だが、今回はこれで終わらせはしない。


 振り降ろした剣を手元に戻す、刃先はまっすぐに伯爵の胸へと向けたまま。

 そうして戻した剣を足腰と上半身の捻りを利用し、その全ての勢いを乗せ右手で突き出す。

 狙いは胸の中心、心臓だ。

 いくら不死の存在である吸血鬼であっても、魔力の核というものは存在する。

 伯爵の心臓も本来の血液の循環という役割を為していないが、魔核として残っているのだ。

 急所ともいえるそこを砕くために剣を突き込む。


「『勇者(ブレイバー)心祓撃(ハートブレイク)』!」


「くっ貴様如きに!」


 真っ直ぐに核へと向かい突き進む剣。

 しかしそれを遮るように伯爵の残った右手が剣の前へと突き出される。

 バラバラに分割されているというのに恐るべき生命力と精神力。

 普通ならば活動することも出来ないような状態であるはずだ。


 だが、俺の剣はそんな死に際の悪あがきで止められるほど軽くは無い。


 切先と伯爵の手がぶつかる。


 キンッ


 と涼やかな音と共にその手が肘あたりまで砕かれ、瞬時に分解されていく。

 今の天叢雲剣は俺の勇者光ブレイブオーラを限界以上に纏っている。

 死にかけの魔族など、触れただけで分解するほどに強力に。

 障害を一瞬で排除した俺の剣が遂にその心臓へと届く。


 ガィンッ


 今までとは違う、硬いもの同士がぶつかる硬質な音が響く。

 俺の腕も全て伸び終わる前に行き止まりに行き当たったみたいに止まる。

 この硬さは魔力の硬さ。

 圧倒的なまでの魔力量を持ったドラキュラ伯爵と言う存在の核は、その魔力量に比例した硬度を持っており容易には砕けない。

 だが、ここで砕かなければならない。

 人々の、何よりこのチャンスを生み出してくれた仲間のためにも。


「ウオォォォォォォォォッ!」


 雄叫びと共に全身の勇者光ブレイブオーラを剣に、その切先へと集中させる。

 一か所に、刃先のもっとも鋭い一点に集中させる。

 硬いものを貫くには闇雲に力を込めるだけではダメだ。

 極一点に力を集中させ、一点突破するしかない。

 俺の全身から剣へと力を注ぎ込む。

 けれども力を込めるたびに手の中の剣が ガタガタガタ と嫌がるように震え暴れる。 

 それも当然。

 俺が今込めている力は天叢雲剣のキャパシティ(許容量)をはるかに超えている。

 更にニニギ様から言付かった15分の使用限界もとっくに過ぎているんだ。

 いつ天叢雲剣が俺の力に(・・・・・)耐え切れず壊れてしまってもおかしくは無い。


 だが、それでも俺はやめない。


 国宝が壊れてしまうことになろうとも、今ここで目の前を敵を倒すことが最優先。

 人々を守るためならば国宝でも神の武器でも惜しむ必要なんてどこにもない。

 だから俺は力を込めて切先を押し込む。

 そして――



 ピシッ



 と言う音と共に抵抗が無くなる。

 核に亀裂が入った。


「ウラァァァッ!」


 その亀裂を切欠に刃を無理矢理にねじ込み、突き進む。

 どんなに硬いものであろうとも、亀裂が入れば脆い。

 一瞬にして刃は核を貫通し、粉々に砕いた。

 しかし、同時に天叢雲剣も限界だったのか中程で キンッ と折れ、折れた部分は粉々の粒子へと変わってしまった。

 だが、気を抜いてはいられない。

 壊れた核を中心に莫大な魔力の嵐が吹き荒れる。

 俺はそれを体から全開の勇者光ブレイブオーラを放出することで相殺した。

 漆黒の魔力が僅かな間だけ視界を埋めるも、すぐに俺の体から立ち上る光が照らし晴らす。

 そうして晴れた先には――


「わ、吾輩がこんな所で……こんな所でぇぇぇ!」


 核が砕かれ、存在の根幹を失った伯爵。

 半分に割れたその頭部は地に落ち、断末魔のセリフを口にする。

 そのまま、伯爵の体は鎌と同様に黒い靄へと変わった。

 けれども鎌とは違いそれは未練がましく空中を漂う。

 そんな靄の魔力残滓を俺は残らず分解、消滅させる。

 全ての魔力残滓を消し去り、周囲に魔力が感じられなくなる。

 そこに至り俺の緊張は解け ペタン と思わず地面へと腰をつく。


「あ~終わった終わった」


 一息つくも、手の中の刃折れの剣が目に入ると急激に憂鬱になる。


「これ、ヤバいよな~」


 仕方なかったとはいえ忠告を無視して酷使した結果だ。

 責任逃れすることはできないだろう。


「……仕方ない。久しぶりに土下座でも披露するか~」


「何言ってんのよ」


「イテッ」


 そんなことを言っていたら ペシン と後頭部が叩かれる。

 振り返って見上げると、そこには見慣れた顔が。


「ちょっとちょっとレイちゃんさ~、頑張ったお兄ちゃんに労いの言葉は無いばっかりか叩くってひどいと思わない?」


 愛すべき妹の非情な行動に非難を返す。


「はぁ? 元はと言えば封印を守り切れずにあの金髪マント復活させちゃったアンタたちの責任でしょ」


「……まぁ確かに」


 非難は「はぁ?」の一言で叩き潰され、さらに痛いところを突いてくる。

 正論であるだけに返す言葉は無いけどちょっと酷すぎない?

 体の傷よりも今受けてる心の傷の方が痛いよ兄ちゃんは。


「……でも、とりあえずは終わったんでしょ?」


「まぁ、一応」


「だったらこっち来て手伝ってよ。スズさんはケガしてるし、運動場で暗殺者(アサシン)さんがまだ戦ってるはずだから」


「りょーかい。……あ、そうだレイ」


 レイの言葉に立ち上がりつつも口を開く。


「……何よ?」


「ありがとな、本当に助かったよ。さすが俺の自慢の妹だ」


 レイの目をまっすぐに見てそう言う。


「はっ……はぁ!? 何言ってんのよアンタ!」


「なんだ照れてんのか?」


「馬鹿じゃないの! 先行ってるからアンタはそこでずっと寝てろ!」


「いやいや、置いてかないでくれよ。それにお前耳赤くなってるし……」


「――それ以上寝言抜かしたら本当にこの場で寝かして放置するわよ」

 

「ハイ、スイマセン。静かにしときマース」


 俺とレイは僅かに言葉を交わしながら、仲間の元へと向かって歩く。




 こうして、長かった夜はようやく幕を閉じた。

感想・評価お待ちしています。

次回は今回の章最終話です、半年くらいかかっちゃいましたがようやく終わります。

(更新は火曜日~水曜日くらいです)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ