悩め悩め。若人はそうでないとな
今章の最終話です
「全く、君達は本当に人間なのかな? 実質1日で全快ってさ、医者の商売あがったりだよ」
「ウッセーよ」
消毒液くさい個人用病室の中、見舞い人のために置かれたイスに座ったヤスヒロが俺に声を掛けてくる。
「君達よりも軽傷のはずの四十万刑事はまだ当分は入院らしいよ?」
「鍛え方が足りねーんだアイツは」
『影』と吸血鬼の一連の事件が終わってから俺達――俺とスズと四十万の3人――は『特究』の医療部門に担ぎ込まれ処置を受けた。
ちなみに暗殺者ことアヤは、俺達が運動場に行った時にはすでにどこかへ消えてしまっていた。屍喰人や魔穴と共に、跡形もなく。
まぁアイツが唐突にいなくなるのなんていつものことだし、心配はしてないけどさ。
あぁ、半壊になった『特究』だけど幸いにも医療部門に被害は少なく、壊れた部分も夜が明けると同時に集められた『修復』の能力者達によって修復されたらしい。
なので今では何の問題もなく動いている。
その『特究』内の病室で俺とスズは丸1日寝続け、今朝起きる頃には全快していた。
朝には退院できる状態だったのだが諸々の検査を受けて今は夕方、ようやく退院できると準備をしているところにヤスヒロが顔を出してきたのだ。
「君達が人間やめてるだけだと思うけどね~。Bellの大きな傷も縫合するまでもなく引っ付いちゃったし、君達のその回復力を医療技術に応用できれば10年分は進歩すると思うよ」
「モルモットなんか御免こうむる」
「そうか……ところで訊きたい事があるんだけどさ」
「なんだよ?」
「君の妹の能力って『強化支援』――つまり能力強化なんだよね?」
「なんで俺に訊くんだよ? そう言うのを決めるのはお前の専門だろ」
「いや、そうなんだけどさ……」
歯切れ悪く口ごもるヤスヒロ。
こんなこいつは中々に珍しい。
「何か気になることでもあるのか?」
「実はね」
「――なんだ?」
片付けの手を止め、ヤスヒロと向かい合うようにしてベッドに腰を下ろす。
「まずはこれを見てくれ」
そう言って手渡してくるタブレットにはグラフが表示されていた。
常にマイナス値を示していたそれが一点だけ限界を振り切って飛び出している。
「ッ! これはエリーの魔力量のグラフか!」
「あぁ、その通りだ。その飛び出ている個所は――」
「言わなくても分かる。レイの『強化支援』が付与されたんだな」
「さすがだ、その通りだよ」
「まぁエリーの"炎"を直に見たからな。アイツが起きたことはわかってたよ……で、どうなんだ?」
「どうっていうのが回復の見込みなら全く無いね。その一瞬だけ起きて今はまた眠り姫さ」
「……そうか」
期待していただけに落胆は大きい。
「でも、彼女の昏睡が魔力量の増大で回復できるということが証明されたことは大きな前進だ。具体的な治療法もいくつか考えられるしね」
「あぁ頼むよ、アイツのこと」
「任せてよ、君達のバックアップは三年前から僕の仕事だし。――で、本題なんだけど『強化支援』っていったいどんな能力なのかな?」
「どういう意味だそれ?」
「そのまんまの意味さ。『強化支援』――他者の強化を行い能力を飛躍的にあげる能力――そう思っていたけど、そう考えるとちょっとおかしいんだよ」
「何がだ?」
「勿論エリーのことさ。過去の後遺症で彼女は魔力を生成できず、蓄積できない魔力欠乏状態に陥っている。だというのに、この時彼女の中には限界以上の魔力があったんだ」
トントン とタブレット上のグラフを指で叩きながら唱えるヤスヒロ。
「どうしてこんな状態の彼女がこれ程の魔力を生成できた?」
「それは――例の『強化支援』のおかげだろ」
「あぁ、君の妹の能力が関わっていることは間違いない。だが一体どのような現象なのかがわからない。
魔力の生成を強化して底上げしたのか、それとも魔力を譲渡したのか――はたまた、エリーの構造自体を変えてしまったのか」
「構造を変えるだって?」
「そうだよ。妹さんが前に鬼に対して使った時、その鬼は姿自体変わってしまったんだろ?
――もしかしたら彼女の『強化支援』は僕たちが考えているような、単純な強化の能力ではないのかもしれない」
「……」
ヤスヒロに俺は言葉を返すことが出来なかった。
示された仮定を否定する根拠が俺には――無い。
「とは言ってもそもそものデータが圧倒的に足りないからね、詳しいことはわからないよ」
「どうする、ここに連れてきてレイを詳しく研究するか?」
「そうだね……って言いたいけどそんなことになったら怖いお兄さんに殺されちゃいそうだからやめとくよ」
「それは良かった。俺も数少ない友人を殺したくはないしな」
「ハハッ君が言うと冗談に聞こえないんだよ。――それに、僕自身も妹さんの能力に危機感を抱いてるんだ」
「危機感、ね」
「出来る事ならあまり近づきたくない。下手をすると"アレ"に――」
ガタンッ
「――何をするんだよ"B"」
「お前がバカみたいなこと言いそうだったからだ」
俺は咄嗟に立ち上がり、そのままヤスヒロの襟元を掴んで引き上げる。
その拍子にヤスヒロが座っていたイスが倒れ、硬質な音が病室内に響いた。
至近距離で俺とヤスヒロの視線がぶつかり合う。
「――チッ」
先に折れたのは俺の方だった。
手を離し、乱暴にベッドに腰掛ける。
乱暴に座ったというのに柔らかく受け止めるベッド。病室のだっていうのに何でこんないいもん使ってるんだよ。
「まぁ僕も仮定だけで話を進め過ぎた、悪かったよ」
倒れたイスを直し、再びそこに腰掛けながら謝ってくるヤスヒロ。
「俺もついカッとなっちまった。わりぃ」
あまりにもガキっぽい行動をとった気恥ずかしさで顔を背けながら俺も謝る。
そんな俺にヤスヒロは真剣な声音で語りかけてきた。
「とにかく、あまり妹さんに能力を使わせない方が良いと僕は思うよ。あまりにも――得体が知れない」
「……」
「それは君自身も感じて――」
「ハイハイ、忠告は受け取っておくよ」
その言葉を途中で打ち切り立ち上がる。
それ以上は、聞きたくなかった。
「失礼しまーす。師里さん、準備は出来ていますか? あっ! 局長とお話し中でしたかスイマセン」
「あぁ、いいよいいよ。僕の話は終わったところだから」
その時タイミングよく病室の扉が開き、看護師が中に入ってきた。
「こんな健康な奴に貴重なVIP用の個室を占領されるわけにもいかないしね、とっとと追い出しちゃって」
「ひでー言い草だな! でもVIP用の個室ありがとう!」
「くくっ、またすぐに戻ってくることがないことを祈ってるよ」
そう言ってかすかに笑いながらヤスヒロは部屋を出て行った。
「うわ~、局長が笑うなんて珍しい。師里さんは局長と仲良いんですか?」
どこか慣れ慣れしい看護師がそんなことを問うてくる。
「あー、うん、まぁ、友達かな」
俺はヤスヒロが出て行った扉を見ながら、そう答えた。
☆★☆
「あ~筋肉痛辛すぎ」
「身体強化の副作用だっけ?」
「そうそう、普段全く鍛えてなかったから反動がすごいんだってさイテテッ」
放課後、私とヒトミはバイト先である『B&Bトラブルバスターズ』の事務所内にいた。
アイツとスズさんが入院しているので今は私達の姿しかない。
ちなみに具体的な仕事もない。
ただ、ヒトミが依頼が来てないかのチェックだとか、一昨日の事件の詳細を纏める必要があるとか言うので仕方なく着いてきただけ。
だから私はそんな風に色々としているヒトミを眺めているだけだった。というか筋肉痛で何も出来ない、そもそもする気が起きない。
しかし、用意された自分の机に座り、来る途中で買ったコンビニのシュークリームを食べている途中でふとある疑問を感じて対面に座るヒトミに投げかけてみる。
「ところでさ~」
「なに?」
「どうして勇者はあのドラキュラって奴を倒さなかったんだろ? 3年前に勇者たちが倒してくれてれば今回こんな面倒なことにならなかったのにな~って」
「あぁそのことね。詳しいことはわからないけど、勇者たちが戦いはじめて初期の頃の敵だったからまだ戦闘経験が足りずに倒せなかったとか言われてるわ」
「ふ~ん、勇者も最初っから強かったわけじゃないんだ」
「いや、違うぞ」
「うぇっ!?」
「あら?」
そんな風に得心していたら唐突に響いた声が否定する。
私とヒトミ以外の第三の声に思わず驚きの声が漏れる。
「だ、だ、だれ!?」
「あぁ、スマンスマン。驚かせたな、オレだオレ」
私の問いかけに言葉が上から降ってくる。
「え?」
「よぉ」
見上げると、そこには1人の人。
ショートストレートの白髪に赤い瞳という目立つ風貌。
ジーンズのハーフパンツに袖をまくりあげたTシャツという涼しげな恰好で、整った顔立ちは中性的で性別不明。
アイツやスズさんの知り合いであり、この『何でも屋』とも何らかの関係を持っている人。
アヤと名乗るその人が天井に胡坐をかいて逆さまに座り、私に向かって手を振っていた。
「あ、アヤさん何してるんですか! というかどうやってるんですか!?」
「ヒヒッ、忍者の企業秘密だ。知りたかったら弟子入りしろ」
そう言うと クルリ と軽やかに回転しながら落ちてきて、音も立てずに床へと着地した。
音が無い分すごく現実離れした光景だ。
「というかアヤさん、あの日突然いなくなってびっくりしたんですよ! さんざん探したのにどこいってたんですか!?」
「そうなのか? 疲れたからとっとと帰って寝てたよ」
あの日、全てが終わった後にこの人の姿だけ見つからなかったから、多くの人の手を借りて探したっていうのにこの人は……。
「はぁ~、そうですかもういいです。アイツやスズさんには自分で説明してくださいね」
脱力して机に ベタ~ と顔をつけながらアヤさんに向かって言う。
机がひんやりしてて気持ちいい。
「――でアヤさん、違うとはどういうことなんですか?」
「……ヒトミは本当に動じないな~」
突然の事態にも動じず自分の知的欲求が優先されるとは。
やっぱりヒトミも変わってるよな~。
「そんなことはどうでもいいの、アヤさん何か知っているなら教えてください!」
「そうがっつくなって……まぁ、確かに勇者たちはあの時はまだ駆け出しのペーペーだった。でもドラキュラ伯爵を倒せないほど弱くもなかった。そりゃそうだろ、仮にも魔王倒すって言ってる奴らがその程度じゃどうしようもねーからな」
「え、それじゃ何で倒さずに封印なんてことになったんですか?」
「焦んなよ、話の肝はここからだ。倒せるけど倒せない理由があったのさ――ドラキュラ伯爵は1つの街を支配してたんだよ」
「支配? 滅ぼしたんじゃなくですか?」
ヒトミがそんな疑問を投げかける。
私が四十万くんから聞いた話でも滅ぼしたっていうことだったし、どういうことだろ。
「あぁ~今はそんなことになってるのか。言っていいのかな、まぁいいや……。結果的には滅ぼしたよ、でもすぐに滅ぼしたわけじゃねーんだ」
ボソボソ と何か独り言をつぶやいていたアヤさんが言葉を続ける。
「伯爵はな、1つの街を自分のエサ場にしてたんだ」
「エサ場……ですか?」
「そ、エサ場。街の住人を生かしたまま捕まえて生命エネルギーを搾取するっていう陰険なエサ場だよ」
「そんな! そんなことどの本にも書かれていませんよ!」
「まぁ最終的には全員死亡だからな、あんまり詳しい話を公表するのは外聞が悪かったんだろ」
「最終的に全員死亡……ですか?」
「それについては、それこそいろんな本に書いてあるだろ。屍喰人どもに食われちまったてさ」
「それは確かに……でもなんでですか? エサだと言うならそれこそ殺すことに意味は無いはずですよね」
エサ、か。
あんまり聞いてて気持ちのいい話じゃないな。
でも、ヒトミの疑問は尤もだ。
殺す必要なんてないはず。
「それについては大きな誤算だったんだ」
どこか自嘲気味に笑いながら、アヤさんは言葉を続ける。
「エサとなった人とドラキュラとの間には一種の魔力パスが出来て繋がっていた。もしもあの状態でドラキュラを消滅させたら、魔力の逆流で捕まった人がボンッてなると考えた勇者達は封印することにしたんだ。」
手で爆発のジェスチャーをしながら語るアヤさんは、まるで見てきたような言い方をする。
「――でも、この判断が間違ってたんだよ」
天井を一度仰ぎ見て、アヤさんは続ける。
「封印しても、魔力の逆流は起こった」
「そんな!」
「その魔力に耐えられず人々は亡くなったのですか?」
「事態はもっと悪い、人々は全部『屍喰人』になっちまった。ホント陰湿だよな、エサとして利用しておいて、いざとなれば自分の言うことを聞く化け物になるような罠を仕込んでたんだぜ」
「ッ!?」
脳裏に思い出されるのは真白で不気味な人型の化け物達。
アレが、元は人間?
「その屍喰人を……勇者たちはどうしたんですか?」
「殺したよ」
なんてことの無い風に言い放つアヤさん。
「そんな! でも元は人間だったんですよね!?」
「あぁ"元"人間な。変化したそれはただの人間を食らう化け物だよ。戻す術もない、そんな時間もない、だったら1人残らず楽にしてやるしかないだろ」
「それじゃ街の人達を殺したのは実は勇者達で、それを隠蔽していたと……」
「そんな言い方やめろよ。街の人達をエサにしたのはドラキュラで、その人達を内側から食い破ったのは屍喰人だ」
「でも――!」
「それに」
言い募ろうとするヒトミの声を遮ってアヤさんは続ける。
「それに、殺したのは勇者達じゃない」
「え?」
「けどさっき「殺した」って言ったじゃないですか」
「あぁ殺した。――でもそれは勇者1人がやったことなんだよ」
「1人で!?」
街の人は確か何万人もいたはずなのに、それを1人で?
「『お前達は手を汚さなくていい、汚れ役は俺1人で十分だ』とかなんとかカッコつけたこと言いやがってよ」
「勇者がそんなことを……」
「まぁ、そんなことがあって勇者達は成長し、全てを守るという覚悟を持つに至ったって言うわけだな。あれは1つの転機だった。
ま、オレが何を言いたかったのかっていうと、実際は今伝わってるような綺麗事の勇者物語だけじゃなかったって事だ。結構汚いこと、言えないことを勇者がやってきて今の平和があるってことだ」
「……」
私はあの夜、暗殺者が言っていたことを思い出す。
「『正しいが正義じゃない』……か」
「そうだな、正しい行動ばっかじゃないんだよ。正義を貫くってさ」
「……はい」
その言葉がなぜか、妙に胸に刺さった。
自分の中の『正義』と言うものが土台からぐらぐらと揺れる。
ヒトミも同じなのか私と2人で揃って静かに考え込む。
「ま、悩め悩め。若人はそうでないとな。それに、お前はもっと自分を鍛えろ。頭使って考えるのはそれからだ」
「イッタァァァ!」
近くまで来たアヤさんが バシン と私の背中を強く叩く。
元気づけてくれるつもりだったんだろう。
それはわかる。
心遣いにはすごく感謝してる。
流石大人の余裕なんだろう。
でも筋肉痛の身には辛すぎた。
あまりの痛みに叫び、机に突っ伏す。
それと同時に ドタドタ と階段を駆け上る音がして――
「どうしたレイ!」
バシーン と音を立ててドアを開き、バカが事務所内に飛び込んできた。
「お、おい! 何泣いてんだレイ! 大丈夫か、何があった! アヤ、ヒトミちゃん教えてくれ!」
「えーと、あ~、アヤさんが」
ヒトミのその言葉に、アイツの目が ギロリ とアヤさんに向けられる。
「ちょ、ヒトミ! ま、待てアキラ! オレは何もしてない無実だ!」
「アヤ、お前には一昨日いきなり居なくなったことも含めて色々訊きたいことがあるんだ。2人っきりで外でお話ししようぜぇ~」
「あぁ、お話な。平和的解決はオレも嫌いじゃないぜ。だから肩を強く握るのやめイデデデデッ!」
「さぁ~、外に行こうな~」
そのまま2人は連れ立って事務所の外へと出て行ってしまった。
「なんじゃアイツらは一体」
入れ替わりにスズさんが事務所に入ってくる。
「スズさんお帰りなさい」
「お、お帰りなさいイデデッ」
「あぁ、ただいま。レイはどうしたんじゃそれ?」
「『身体強化』の副作用による筋肉痛らしいです」
「ふむふむ……大丈夫じゃって、何もせんわい」
スズさんが荷物を自分の席に置いて近寄ってくる。
先程のアヤさんのこともあるので少し ビクッ とするも、気づかれてしまって苦笑される。
「大方、アヤが不用意に触れたのじゃろう」
「せ、正解です」
「スズさん、治療できないんですか?」
「出来んことは無いが、筋肉痛は自然治癒に任せた方が体は丈夫になるからな……マッサージくらいにしておけ、良ければやってやるぞ」
「本当ですかっ!? ぜひお願いします」
「それじゃ上の儂の部屋まで来い……手を貸してやろうか?」
立ち上がるも ガクガク と震える私の体を心配したのか、スズさんがそう言ってくれる。
「スイマセン、お願いします」
「ほれ、東堂。お主はそっち側を支えてくれ」
「は~い」
そうして私は2人に支えられてスズさんの部屋まで連れて行ってもらっている途中、私は思う。
すごく暗い話をしてたっていうのに、アイツが戻ってくるとそんなことも消し飛ぶんだな、と。
少しはアイツに感謝してもいいかもしれない。
だが、そんな考えは直後に受けたスズさんの激痛マッサージで宇宙の彼方へと飛んで消え去って行った。
筋肉痛はだいぶ楽になったけど、もう2度と受けたくない。
絶対に。
感想・評価お待ちしています
今この章を2つに分けることを考えています、もしかしたら後で見るとわかれているかもしれません。ご了承ください。
次回は新章です。特災よりも能力者同士の話がメインになる予定です。(更新は土曜日~日曜日です)




