――実は僕
「さてさて、困っちゃったな~」
どこにでもあるような単身者用のアパート。
その一室で杜宮高校教師、美浦チカゲは一枚の書類を見ながらお道化たように呟いた。
「何かお困りのことでも、お母様?」
その彼女に、どこからともなく響いた男の声が問いかける。
「うーん、ちょこっとだけね。少し動きづらくなるかもと思って」
「よろしければお聞かせできますか? 何がお母様を困らせているのか」
チカゲは突如響いた声に驚くことなく、むしろ当然という風に話を続ける。
「ほら、これ」
そう言ってチカゲは虚空に パッ と手に持っていた紙を放った。
その紙は ヒラリ と宙を舞う暇もなく掻き消え――
「これは……復学届、ですか」
どこに潜んでいたのか、一瞬で室内に現れる男。
青いタキシードにパピヨンマスクと言う派手を通り越して異様な姿だが、この場にそれを指摘するものはいない。
その男が、いつの間に掴んだのかチカゲが放った紙を見ながら言う。それはなんの変哲もない、復学届だった。
「これがどうしたというのです?」
「気づかないの? ちゃんと生徒の名前をよく見なさいよ」
「………ッ! これは!?」
「わかった? まぁそういうことね。師里君の感知すら欺いた私の『隠蔽』が見破られるとは思えないけど、それでも気は配っておかないと」
「………排除、しますか?」
瞬間。
パピヨンマスクの男、ムゥは己の失言に気付いた。
だが、もう遅い。
「――ムゥ」
冷徹な声音で主に名前を呼ばれる。
凡そ人の言葉の柔らかさや温もりといったものが欠如した、ただただ機械的な声。
滅多に見せない主の怒りにムゥの肌が恐怖で泡立つ。
「申し訳ありませんでした、失言です!」
その声が続けられるよりも早く バッ と膝を突き頭を垂れるムゥ。
「うん、そう、失言だったね。次からは気をつけて」
すぐさま行われた謝罪、チカゲはそれを受け入れていつもの柔らかな調子を取り戻す。
「でも、念の為に言っておくよ『私の日常は壊さない』。これを念頭に置いて動いて」
「はっ! 肝に銘じておきます!」
「うんうん、それでいいの。――それに、何かするにしても暫くは動きたくても動けないかな、ジュンの改造もまだ終わってないし。今は静観しておこう。まったく、あの女のスペックが想定以上だったから時間がかかりそうなんだよね」
「了解しました」
「あ、でも一応気付かれない程度に監視はつけておこうかな」
女性らしい、可愛らしい仕草でメガネのテンプルを人差し指で押し上げながらチカゲは1人呟く。
「――この子、師里君と何かありそうだし」
☆★☆
「ねぇねぇレイ、知ってる知ってる?」
「知らない」
朝のホームルーム前の教室。
机に突っ伏して寝ていた私の所に、おしゃべりなクラスメイトの立花がやってきて話しかけきたが、それをにべなく切り捨てる。
「ちょっ! 少しは興味持ちなさいよアンタ!」
そんな私の素っ気ない態度に甲高い声をあげて抗議してくる立花。
面倒だったが立花の方に顔だけ向けて理由を告げる。
「そんなこと言っても私は疲れてるのよ。それに、どうせまた"恋バナ"って奴なんでしょ?」
「――なんかアンタこの頃いつも疲れてるわね、何してんのよ」
よく訊いてくれた。
実は私は今、毎日スズさんから特訓を受けている。
先月に起きた吸血鬼の事件、あの時に私は自分の無力さと特災の危険さを思い知った。
そして、アヤさんや『暗殺者』さんから教えられた『正義』も、私の考えを変えた。
私は今まで自分は当事者ではない、一般人のようなつもりでいた。
自分の意志なんかなく状況に流され、誰かに頼り、言われたとおりにするだけ。
でもこれから先、そうした"一般人"ではいられない。
私は能力者で、あの事務所にいる限り多分これからずっと同じことが続いていくんだと思う。
もしまた同じような状況になった時、私は自分の意思もなく状況に流されるのだけは嫌だ。
別に私は勇者の様に世界のために戦おうって気もないけど、自分の中の『正義』――『自分の意志』って
奴くらいは持てるようになりたいと思った。
だから特訓。
時分の意志を持てるくらいの強さを得るために、スズさんに頼んだ。
頼む相手がアイツじゃなかったのは、私自身のプライドが許さなかったから。
中学時代、英語のテストで0点を取った奴なんかには何も教わる気はない。
と、ここまでカッコいいことを述べたわけだが、特訓内容はいたってシンプル……いや、ハッキリ言って地味だった。
毎日ランニング、筋トレ、スズさんとの組手。
これの繰り返し。
魔力を使ったことはこのひと月ほど何もしていない。
スズさん曰く『体作りをせねば何も始まらんわい』とか言ってたし、私自身も酷い筋肉痛を経験したから重要性も理解しているつもりではあるが地味なものは地味だ。成長の成果も目に見えるわけでもないし。
そんなこんなで昨日もみっちりしごかれ、疲れが抜けきっていないという状態だ。
ま、最初に比べたら少しは楽になっていると思うけどさ。
「――別に、バイトがきついだけ」
でもこんなことは立花には言えない。
だって私が能力者だってことは秘密なのだから。
本当だったら『特究』で登録された能力者は能力者名簿に載り、誰でも確認できるようになる。
だが私の場合は例外が適用され情報規制がかかっている状態だ。
私の情報には制限が掛けられ、Sランク以上の能力者に限定的に開示されている。
『君の情報を開示しようとしたら国のお偉方さんからストップがかかってね。まぁ前例のないSSSランクだし想定してなかったわけじゃないけどさ。多分他国に取られたくないんだろう、つまり君は日本の戦力の一角として考えられたわけだ』
とは喜多川寺博士の談だ。
ちなみにSランク以上に開示されている理由を訊いたら
『そりゃ君が暴走した時に"処理"するためでしょ』
と聞きたくもない答えが返ってきた。
自分を殺すかもしれない相手に顔が知られているのはいい気分ではない。
これも、私が特訓を受けている理由の一つだ。殺されるのはヤだし、制御出来るようにしておいたほうがいいのは間違いない。
そういうわけで私は学校では依然と変わらず普通の生徒として通っている。
幸い、この学校には私の魔力を感知できる能力者はいなかったので何とかなった。
うちの学校にいる能力者は10人程度で、みんなDランクからCランクの間だ。これくらいのランク相手じゃ、アイツに貰った『魔力隠蔽』のブレスレットの効果で私の魔力量を感知することはできないらしい。
気をつけるべきはB〜Aの相手だけだが、幸いなことにそうした相手は学校にいない。
いたら何らかの行動が必要になるらしいけど、今のところその必要は無い。
「あぁ~、そういやアンタあの特災対処の『何でも屋』でバイトしてるんだっけ。そりゃ疲れるわ」
「そうそう~、だからそっとしておいてよ」
「そんなレイに元気の出るとっておき情報!」
「……話聞けっての」
こちらの話を全く聞かずに一方的に話し続ける立花。
くぅ、鬱陶しい。
「なんとだよ、あの岩神タツヤが復学してくるんだから!」
「………誰?」
「ハァッ!?」
いやいや、驚かれてもこっちが困るわ。
本当に誰それ、聞き覚えがまるで無いんだけど。
「冗談よしてよ、2年になってから一度も登校せず絶賛休学中の真後ろの人を知らないわけないでしょ!」
あ、私の後ろの人か。
ずっと空席のままだったから邪魔だ邪魔だと思ってたけど、そんな名前だったのか。
でも――
「1回も登校してないなら知るわけ無いでしょ」
「ナイわ~、ドンだけ周りに無関心なのよ」
ムカッ。
別に私が無関心すぎるわけじゃないし。
「だったらヒトミにも訊いてみなさいよ、絶対知らないから」
「アンタ、ヒトミがただの人間には興味ないって知ってて言ってるでしょ」
何を言うんだか。
私は民主主義の原則に従って公平に一般認識を示そうとしただけだ。
決してヒトミが休学中の生徒の事なと知らないという確信があったからではない、決して。
「ヒトミ、ちょっと訊きたいことがあるんだけどいい?」
「別に良いわよ、何?」
読んでいた分厚いハードカバーを パタン と閉じて近寄ってくるヒトミ。
どうでもいいけど、朝っぱらから『世界の吸血生物の生態』を読んでる女子高生なんて日本全国探してもこいつだけだろうな。
「ヒトミは私の後ろの席の人知ってる?」
まぁ答えはわかってるけどね。
「後ろの席と言うと岩神君ですか? 会ったことはないですけど知ってますよ」
「……ほぇ?」
しかし返ってきたのは予想外の答え。
あまりにも予想外の事に思わず変な声が漏れる。
立花も驚いて目を丸くし、言葉を発せずにいた。
「な、なんでアンタ知ってんのよ!?」
「あり得ない!」
「……ただ同級生の名前を知っていただけでこの反応をされるのは些か傷つきますね、普段私をどういう風に思ってるのかしら?」
少しばかり眉を顰めながらの問いかけに私と立花は揃って口を開く。
「「オカルト馬鹿」」
「あら、よくわかってますね」
「否定しないの!?」
「事実ですしね」
「だったら尚更おかしいでしょ、なんでそんなヒトミが岩神君のこと知ってるのよ」
「え? だからこそ私が知っていてもおかしくないはずでしょ」
頭に疑問符を浮かべながらのヒトミの言葉に、こっちまで混乱してくる。
「それってど――」
キーン コーン カーン コーン
『どういう意味』という言葉はチャイムによって掻き消された。
ヒトミも立花も「また後で」と告げて自分の席へと戻って着席する。
うちの学校はそこそこ真面目なので、チャイムが鳴ればみんな大人しく席に戻るのだ。
チャイムが鳴り終わると同時に ガラガラガラ と教室の前のドアが開き、古臭い丸眼鏡をかけた小柄な童顔気味の女性が入ってくる。
私達のクラス担任である美浦チカゲ先生だ。
「起立 礼 着席」
「みんなおはよ~」
教壇の先生に向かって、いつも通り委員長の号令で挨拶をする。
で、本来ならこのまま連絡事項があって終わりなんだけど――
「はい、今日はちょっと特別な連絡があるよ~」
美浦先生がそう告げた事で教室が俄かに騒がしくなる。
小さく「復学」や「岩神」とかって聞こえてきたから、立花以外にも知ってる人がいたらしい。
でもまさか話を聞いた当日に戻ってくるとは思わなかったな~。
「し~ず~か~に! 授業に遅れちゃうよ、時間もないんだから!」
美浦先生のどことなく可愛らしい注意で教室が静まる。
威厳とかは無いんだけど、言うことを聞いてあげなくちゃと思うんだよね、この先生。
「はいはい、それじゃ連絡しますよ~。なんと! ずっと休学していた岩神君が復学することになりました!」
美浦先生のもったいぶった言い方の連絡に、私達はどう反応していいかわからず静かにしていた。
先程注意されたからっていうのが半分。
元々知っていた情報だったというのが残り半分と言ったところかな。
「あ、あれ? みんなあんまり驚かないね……ま、まぁいいか! それじゃ岩神君入ってきて~!」
想像とは違った反応だったからか少し冷や汗をかきながら、誤魔化す様に美浦先生は教室の入り口に向かってテンション高く声を掛けた。
そんないつもの可愛らしい先生に苦笑しつつも、教室の視線が入り口に集まる。
ガラガラガラ
と開いた扉をくぐって現れた少年に、教室中の視線が刺さる。
私の視線もその少年に向けられている。
なんだかんだで興味もあるし。
体格は中肉中背かな。そこまで逞しくもないし、背が高いわけでもない、いたって普通。
容姿は平凡かな。ブサイクでもないけど、イケメンでもない。どこにでもいそうな顔、いたって普通。ただ、男のくせに髪を後ろで纏めているのはちょっと珍しい。
でもそれだけ。
劇的な存在の登場を期待していたクラスの女子達からも落胆の溜息が漏れる。
おいおい、やめてあげなって。
勝手に期待して勝手に落ち込んだのはアンタ達だろ。
「それじゃ岩神君、自己紹介して」
「はい」
教壇中央まで進み、隣に並んだ岩神君に先生がそう告げる。
岩神君は慣れた手つきで カッカッ と黒板に自分の名前を大きく書く。
「岩神タツヤです」
無難な挨拶だこと。
見た目通りの普通の人みたいだ。
でもだったらなんでヒトミがこの人の名前なんか憶えてたんだろ?
そんなことを考えていたら、岩神君の声が再び聞こえてきた。
挨拶には続きがあったみたい。
「――実は僕、Aランクの能力者で既に働いてたりします。その仕事の関係で今まで休学していましたが、ひと段落したので復学させていただきました。これからよろしくお願いします」
そうして頭を下げる岩神君。
教室は最後の部分があまりにも衝撃的だったからか ザワザワ と大きく波打つ。
静かにしているのは私とヒトミだけ。
ヒトミは多分このことを知っていたんだろう。だから彼の名前も憶えていたし、今のカミングアウトにも動揺などしない。
私?
私は『どうしたらこの人の目から化け物みたいな魔力を隠せるか』ってことで頭が一杯で、体が動かせなかっただけ。
あぁ神様、どうか彼が気づきませんように。
そう念じたにも関わらず、岩神君の視線が私に向く。
彼を見ていた私の視線とガッチリぶつかってしまう。
咄嗟に サッ と顔を伏せた。
だがその寸前に見えた彼の表情は、どこか面白がるように笑っていたような気がするが、多分気のせいだ。
こうして、私のクラスに厄介な生徒が復学してきた。
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(次回更新は月曜日~火曜日の予定です)




