正しいが正義じゃないんだよ
大分遅くなってしまってすいません。
次は近日中に更新できると思います。
「こ、こ、これって一体何なの」
地面に開いた真っ黒な穴からわらわらと這い出てくる白い人の形をした『何か』を見ながら、隣の四十万くんに問いかける。
そいつらは人と言うには異様すぎた。
シルエットは人と変わらないが、まず体毛と言うものは一切なく、体の表面はまるでゴムのようにのっぺりとした白色に包まれている。
頭は存在しているのだがそこに人と同じパーツは無く、ただ1つ顔の中心部分に巨大な口がついていた。
そして不気味なほどにその腕や足は細く、骨と皮ばかりに見える。
「……これは、多分『屍喰人』だ」
「『屍喰人』?」
「あぁ、ドラキュラ伯爵の眷属の化物だ。でもどうしてこいつらが……」
そこで グッ と一瞬奥歯を噛みしめ表情を歪める四十万くん。
「ど、どうしたの?」
「こいつらは……この化物どもは3年前に1つの街を消したんだ」
「消し、た?」
「……街の住人、23万7564人を全て食い殺したんだ」
「食ッ!?」
「人を蹂躙するためだけの最低の化け物だ。
こいつだけは、こいつらだけは出させちゃいけなかったっていうのに……」
喉の奥から絞り出すように呟きながら四十万くんは腰から銃を引き抜き、目の前の『屍喰人』に向ける。
だが、それだけ。
引き金に掛けた指はいくら待っても引かれない。
「四十万くん?」
「……すまない、実は1発しか残ってないんだ。こいつらをどうにかすることは、俺にはできない」
「そんな!」
「レイちゃんだけでも逃げるんだ、俺はここで何とか足止めをしてみる」
「足止めって……この数ですよ、無理に決まってるじゃないですか!」
穴から這い出てくる『屍喰人』は既に数えきれないほどの夥しい数になっている。
出てきたそいつらは、まだ自分たちがどこにいるのかも気づいていないのかキョロキョロしたり、上手く立てなかったりと未だ行動を起こしていない。
だが、もしも何らかの行動を始めてしまった場合に能力者でもない四十万くん1人でどうにかできる規模でないのは明白だ。
「しかし――」
「おーい、レイちゃーん!」
その時、四十万くんの言葉を遮るようにして私達の後方『特究』の建物内から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「写楽さん!」
声に少し遅れて姿を現したのは『サードアイ』社長でSSランカーの写楽アイさんだった。
その姿を目にした瞬間、少しホッとする。
「よかった、無事だったのね」
「『無事だったのね』じゃないですよ! 死ぬかと思ったんですから!」
「ゴメンゴメン」
駆け寄ってくる写楽さんに先程ヘリコプターから突き落とされた恨み言をぶつけるも、軽い調子で流されてしまう。
その悪びれない様子に再度口を開きかけるが、それをぐっと我慢してため息をつく。
「……ハァ、もういいですよ。それよりこれどうにかなりませんか?」
そう言って示すのは当然目の前の『屍喰人』。
突き落とされた恨みはあるが、それよりも写楽さんには想像もつかないほどの強さを見せられた。
あの力さえあれば目の前の奴らだって――。
「……あれは『屍喰人』、ですか」
「はい、おそらく」
「『屍喰人』ですか……」
少し困ったように写楽さんは呟き、天を見上げる。
「うーん、よしっ!」
だがそうしていたのも数秒、気合を入れるように自分で活を入れて視線を戻す。
同時に額の封印も解除し『神眼』を露わにする。
「――四十万刑事、避難の状況は?」
視線を前に戻し、間髪入れず四十万くんに問いかけた。
「あぁ、地下シェルターに数十人避難している、付近住人にはまだ何も」
「では至急避難指示を」
「だが、コイツらはどうするつもりだ? 避難するにしても放置していれば必ず追いついてくるぞ」
「えぇ、わかっています。だから――私がここで食い止めます、皆さんは避難してください」
「そんな! 写楽さん1人を置いてなんていけませんよ!」
いくら写楽さんが強くたって、1人で置いていける訳が無い。
「……それじゃ酷なことを言うけど、あなた達2人がここにいて何が出来るというの?」
私が咄嗟に口走った言葉に、写楽さんが冷静に現実を突きつけてくる。
「ただの人と、能力を使いこなせない能力者がいたところで何も出来ません」
そんな……でも、そのとおりだ。
私達がいたところで何も出来ない。
でも見捨ててなんて――
「写楽さん、アンタ死ぬ気か?」
「――死ぬつもりはありませんよ」
「嘘はつかなくていい、俺も一通り勉強してきたからな。『屍喰人』がどういう存在かってことも分かってるつもりだ」
「心配いりません。SSランクは伊達じゃありませんから、そう簡単に死にませんよ。
……ですが相手があの数ですからね、確かにどれくらい保たせられるかはあまり自信は無いです。
だから早く避難してくれると助かるんですけど」
ツイ と写楽さんが視線を向ける先には夥しいまでの『屍喰人』が運動場を埋め尽くすほどに膨れ上がってた。
そのやり取りで察する。
写楽さんでも、目の前のアイツらには勝てないのだと。
そもそも写楽さんはここに来るまでにも神族の大ヘビなんかとも戦っていて、万全ではないはずだ。
「無理です! 死んじゃいますよ!」
「死なないってば、それに他の手がある?
この場で私以外にこれを抑えられる人はいないでしょ。
適材適所、できる人がやらなきゃいけないのよ」
最後は哀しげな笑みを浮かべながら写楽さんは言葉を紡いだ。
そこにいつもの軽口は無い。
そのことが如実に今の状況が最悪だってことを私に痛感させた。
他に出来る人がいないから。
私は写楽さんよりも大きな魔力を持っているはずなのに、それを使いこなせないから写楽さんがたった1人でやらなきゃいけないんだ。
私に力が無いせいで……。
唇を噛みしめ、拳を強く握る。
私には何もできない、そのことがとんでもなく悔しい。
「……レイちゃん、行くぞ」
「四十万くん!?」
私が悔しさを噛みしめていると、隣にいた四十万くんが声を掛けてきた。
「写楽さんを置いていくんですか!」
「それ以外に方法が無い」
「それでも警察なの!?」
「警察だからだ。俺は市民を守らなきゃいけない、頼むから聞き分けてくれ」
表情を変えないまま答える四十万くん。
そんな様子に頭が カッ と熱くなる。
「写楽さんを見捨てて他の人たちを助けるなんて間違ってますよ!」
「間違っていたとしても、それで多くの人が助かるなら俺はそれを選択する。
……当然、その選択をした結果の責任は取る」
「でも……でも! みんなが助かる方法だって――」
「そんな悠長なこと言ってられる状況じゃねぇんだよ!」
私の言葉を、四十万くんの荒々しい怒号が掻き消す。
「写楽さんが命張って止めるって言ってくれてんだ、この街に住む人達のことを託されてんだ。
俺達はそれに報いる必要があんだよ。これ以上グダグダと我儘を抜かすんなら気絶させて引きずっていくぞ」
ズンズンと私に向かって距離を詰めてくる四十万くん。
その瞳は真剣で、先程の言葉に偽りなどないんだろう。
私はその瞳を見返すことが出来ず、視線を地面に向ける。
私の言っていたことは甘い希望だ。
現状を直視せず、最良の結果だけを求めていてそれが可能かどうかなんて考えていなかった。
写楽さんや四十万さんは現実を見据えて、最善を考えていたんだ。
私だけが状況についていけず、的外れなことばかり言っていた。
――自分が子供すぎて嫌になる。
「ほら、行くぞ」
そう言って四十万くんが私の右腕を掴んだ、その瞬間――
[[[[グゴォォォォォォォォ!]]]]
獣の遠吠えの様な声が運動場に響いた。
吠え声を上げたのは最初期に現れた『屍喰人』達。
覚束ない足取りだったのが今ではしっかりと2本の足で地面に立ち、その目を爛々と輝かせている。
「クッ! 動き出すみたい、四十万くん! レイちゃん! 早く行ってちょうだい!」
額に手を当て、手加減なしに能力を発動させる状態をとった写楽さんが私達に声を掛ける。
「ッ! 急ぐぞレイちゃん!」
私の右腕を四十万くんが強く引き、建物内へと向かう。
「でも写楽さんが!」
それに抵抗して振り返ると、数えるのも嫌になるほどの数の『屍喰人』が写楽さんめがけて押し寄せてくるのが目に入る。
まるで白い津波だ。
巨大な口を開き、涎を撒き散らしながら殺到する『屍喰人』。
そこには一片の知性もなく、ただただ生物を蹂躙するという意思だけが露骨に見えた。
その波が唐突に ピタッ と止まる。
写楽さんの『神眼』の能力、空間支配が発動したんだろう。写楽さんを中心に凄まじい魔力の迸りを感じる。
だが――
「写楽さんッ!」
その写楽さんを私は強く呼ぶ。
なぜなら、止まった『屍喰人』の更に奥から第二波が現れたからだ。
動きの止まった『屍喰人』を踏みつけ、乗り越えて写楽さんに迫ってくる。
そこに仲間への配慮など欠片もない、あるのは獣のような野蛮さだけ。
「ッ!」
私の言葉でそれに気付いた写楽さんが息を呑む。
まさかこれ程がむしゃらに突っ込んでくるとは予想していなかったようだ。
それに、たった今能力を使ったばかりで一瞬の隙が出来ている。
その一瞬で『屍喰人』は距離を詰めてきた。
もう写楽さんに手が届きそうな程までに近い場所まで迫る。
私の脳裏に写楽さんの体が引き裂かれるイメージが浮かぶ。
だが、それは次の瞬間には現実となってしまうことは明白。
「写楽さん……写楽さんっ!」
四十万くんの手を振りほどき写楽さんの方に駆けだすが、どうしたって間に合わない。
私がつくよりも先に『屍喰人』が写楽さんを殺すだろう。
あぁ、誰でもいい。どうか写楽さんを助けて。
ヘリから落とされたりもしたけど、助けて貰ったことの方が多いんだ。
年上だからって言って色々と面倒も見てくれた。
写楽さんは冗談めかして「お義姉ちゃんと呼んで」なんて言ってたけど、実は本当に姉みたいだと感じてたんだ。
初めて接した年上の包容力のある女の人、姉がいたらこんな感じなのかなって想像したんだ。
だから――
「――誰か助けて!」
その刹那――
「『影繰・百足』」
私が声を発した瞬間、宙を影が走った。
比喩でもなんでもなく、真っ黒な影が実体をもって駆け抜けたのだ。
その様はまるでムカデの様に長いシルエットをしている。
生物的な動きをした影は一瞬にして写楽さんと『屍喰人』の間に滑り込み
ズォアッ
という不気味な音と共に膨れ上がったかと思うと、一息に飛び掛かってきた『屍喰人』を飲み込んだ。
だがそれも一瞬。
すぐにその影は晴れる。
そこから現れたのは『屍喰人』――その残骸。
辺りに白く不気味な『屍喰人』の体が散らばっていた。
幸いなことに血液を持っていないのか残骸から血は流れ出ていないが、もしもあったならば一面スプラッタな状態になっていただろう。
数えきれないほどにいた『屍喰人』はしかし、残らずバラバラに解体されて原型を止めていなかった。
まるで骸骨の様な『屍喰人』の残骸が地面を埋める。
後続の『屍喰人』もそれを見てたたらを踏み、進行が止まった。
そうして開いたスペース、写楽さんと残りの『屍喰人』の間に
スタッ
と軽やかな音とともに真っ黒な人影が降り立った。
それに少し遅れて フワリ と舞っていた雪のように白いマフラーが、重力に導かれて垂れる。
「え、な、なに?」
突然の登場に私達3人の視線が集まり、私の口から思わず声が漏れる。
そんな私とは対照的に隣の四十万くんは瞬時に、握っていた拳銃の銃口を向けていた。
こんな状況だ、誰なのかハッキリするまでは当然の対応だと思う。流石は刑事。
「うーん、久々のこの感じ。イイネ~。
遠慮することなく十分に魔力を使える」
しかし、私達のそんな様子になど歯牙にもかけず、人影はストレッチでもするかのように大きく伸びをして呟く。
「なっ!?」
そこに至り人影の全身が見え、私と四十万くんの声がハモる。
写楽さんも、声こそ出さないが驚きに目を見開いていた。
その人影の恰好は〝忍者〟だった。
夜闇に紛れ込めるほどに真っ黒な忍者装束を全身に纏っている。
顔も目以外は黒い布で覆われ素顔は伺えず、地肌を晒しているところはほとんどない。
全身黒尽くめの中、赤い瞳と首に巻いた白いマフラーだけが浮かび上がっていた。
どこかで見覚えのある様な恰好――
「貴様、何者だ!? あの『影』の仲間か!?」
そんな風に眺めていると、四十万くんが語気も荒く誰何した。
そうか、どこかで見たと思ったら昨晩遭遇したシャドウテイカーと同じ格好なのだ。
いや、あちらは明らかに人間ではなかったが、目の前の忍者は見た目では人間であるという違いはあるが……。
「いえ、違います」
しかし、その問いかけに答えたのは意外にも写楽さんだった。
「どういうことだ写楽さん?」
忍者から視線を外さずに四十万くんは聞き返す
「この方は――あの『影』のオリジナルです」
「オリジナル?」
「えぇ、あの『影』がコピーした相手。勇者一行の一員。
これ程までに洗練され、完璧に制御された魔力。間違いありません。この方は――本物の『暗殺者』です」
そう写楽さんが断定すると、忍者が口を開いた。
「お前らは正しい」
覆面を通したことでくぐもった声が響く。
「少数の犠牲で多数を救うことも、己を犠牲にして他者を救うことも、そして自分を顧みず全てを救おうとすることも、全部正しい」
だが突然に始まったその言葉はまるで意味が分からないものだった。
いや、言ってる意味は分かるがどうしてこの場で今そんな話を始めたのかが分からなかった。
「でもな、正しいが正義じゃないんだよ。
正義ってのはつまり悪に負けないってことだ。
悪から全部守り抜くってことだ。
誰も犠牲にしないってことだ!」
だが、それでもその演説は続く。
『屍喰人』でさえその突然のことに動きを止めてしまっていた。
「まぁつまり何が言いたいかっていうと――『オレが来たから安心しろ!』ってことだ。
『屍喰人』だろうが何だろうが、オレが全部倒して全部守ってやる。
――なんてったって俺は勇者一行の一員だからな」
素顔を隠した忍者はそう言うと、静かに魔力をその身から立ち上らせ『屍喰人』に向かい合う。
その手が高速で複雑な印を結ぶと同時に、背に赤い魔法陣が展開した。
「さぁ、正義を始めようぜ」
覆面に隠された顔がニヤリと笑った気がした。
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