わ、私は女子(おなご)でございます!
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夕日が照らす道を私は1人で家まで歩いている。
片手にはスーパーの買い物袋。
なくなりかけていた牛乳や、安くなっていたタマゴなど大体が食料品だ。
とはいっても1人分の食料品なのでそこまで重くはない。
一応家に住んでいるのは2人なのだが、アイツとはまるで生活のリズムが合わないので買い物も別々だ。
だというのに、この前気まぐれに夕飯を作ってやってから、時折物欲しげに私の食事を見てくるのが果てしなくウザい。
アレは気まぐれ。
いや、いっそ気の迷いと言ってしまってもいい。
こんなにウザいことになるのならやらなければよかったと今更後悔している。
あぁ、思い出しただけでイライラしてきた。
そんな風に自分一人でイライラしていた時だ。
「グヘッ」
ローファーの足裏にムギュっという感触を感じると同時に、そんな声が聞こえてきた。
「うわっ!」
突然の事に慌てて跳び退き、何事かと足元を見る。
そこには中学生くらいの子供が俯せに倒れていた。
しかも少し変わっている。
街中では中々見かけない純和風な服装。
上は白地に桜が舞う小袖、下の黒い袴は膝丈までしかないのが珍しいと言えば珍しいか。
髪もざっくばらんに荒々しく切られていて、足元には草履。
本当に侍の様だ。
「え、えっとごめん。大丈夫?」
変な子供だが、だからと言って自分が踏んだ事を謝らなくていい道理はない。
謝り、心配の声を掛ける。
「……」
しかし、返ってきたのは無言。
もしかしたら気を失っているのかもしれない。
流石にそれだとマズイ。
「ちょっ、本当に大丈ぶっ――」
子供の脇にしゃがみこみ、とりあえず顔が見えるように仰向きにひっくり返しながら声を掛けた。
しかし、その言葉は途中で立ち消える。
ひっくり返した子供の顔は目も覚めるような美貌であったが、それよりも私の目を引いたのはその額。
「これって……」
恐る恐る〝ソレ〟に触れる。
指先をヒンヤリとした堅い感触が押し返す。
「これ〝ツノ〟だよね……ってことはこの子は特災「亜人型」の鬼?」
そう認識した瞬間、つい先日特殊災害に襲われた恐怖がフラッシュバックした。
すぐさま距離を取ろうと腰を浮かしかけ――
パシッ
しかし、それは目の前の鬼が私の手を掴んだことで阻止される。
この鬼、意識が戻ってるの!?
心中で叫んだところで状況は変わらない。
そんな私の混乱をよそにムクリと鬼は上半身だけ起き上がって私に向き直り、その口を開く。
開いた口からは人間には存在しない、鋭く尖った八重歯が覗いた。
なに!? なにする気コイツ!
何をされるかわからない、わからないが捕まった状態では出来ることなど殆どない。
出来るのは身構えることくらいか。
そして首をすくめ、口を開いた鬼の次の行動をビクビクしながら待つ。
しかし――
「……無礼を承知でお願いします……どうか、どうか食料を……」
開いた口から洩れたのは、今にも消えそうな弱弱しい声。
グゴゴゴゴゴッ
それと反比例するかのように大きな腹の音だった。
☆★☆
「さて、ここが最初の現場か」
事務所を出た俺たちは四十万の案内で現場へと来ていた。
場所は普通の住宅街。
その路上だ。
深夜や早朝でも人通りがなくなるということは少ないような場所。
こんなところで証拠も残さずに殺人か。
なるほど、普通じゃないな
証拠はともかく、目撃者がいないということは考えにくい。
「なぁ、もしかして他の場所もここと同じような感じか?」
「同じというのが曖昧な定義だが、人通りなどは似ているな」
「そっか、それで死体はバラバラね」
ここに来るまでで聞いておいた情報を整理する。
「これは確かに特災臭いな」
「でも所長、魔力は検知されなかったんですよね?」
「そう、でもそれだって抜け道はいくつかある」
ポケットに手を突っ込みながら答える。
「例えば、魔力を一切使わずに殺すとかどうだ?」
「え?」
「人狼とかの「亜人型」特災が、その超人的な身体能力のみを使って殺すとか。それなら魔力は残らない」
「ですが、それにしたって流れ出る魔力は抑えきれませんよ」
「いや、それは違うぞ東堂。あまり知られておらんがAランクの上位以上の奴らともなると魔力を抑えることが出来る」
「そうなんですか? でもそれって……!」
「もしもそんなヤツらが関わっているとすれば、大変なことになるぞ!」
ヒトミちゃんと四十万が焦った声を出す。
「まぁ、可能性の話だよ。まだそこまで焦らなくてもいい。だが本当にそうだったら、その時は警察のメンツとか言っていられないぞ」
「当然だ、わかっている」
焦る2人を宥めつつ、最悪の場合も想定して四十万に告げる。
それに対し四十万も覚悟を決めた顔で頷く。
「まぁ、他の可能性として『痕跡を消す』能力を持った能力者とかが犯人って言うのもあるな」
「それは俺も考えた。だが能力者の登録名簿にそんな能力を持った奴なんていなかったぞ」
「こんな事件起こしてるんだ、お利口に登録なんてしてるわけないだろ。モグリだろうさ」
そんな俺の言葉に四十万は訝しむように俺を見てきた。
「ん? なんだよ」
「……お前本当に師里アキラか?」
「は? どういう意味だよ」
「……いや、すまん忘れてくれ」
その視線に問い返すと、頭を振って視線をそらしてしまう。
何なんだ一体コイツ。
そうは思ったが気にせずに話を続ける。
一番大事なことを話していないからな。
「で、俺はこの可能性が一番高いと思っているんだが――」
☆★☆
「まことにかたじけない!」
近所の人気のない公園のベンチに腰を掛けた少年が頭を下げてきた。
アルトボイスが耳朶を打つ。
その手には、私があげた見切り品で安くなっていた菓子パンの空き袋。
私がお菓子として食べようと買ったものだが、あまりにもお腹を空かせているようだったのであげたのだ。
「別にいいよ、気にしなくて……」
少し距離を取って立つ私はそう答えつつ、チラリと少年の額を盗み見る。
そこには先程あったツノは無くなり、荒々しく伸びた髪の隙間から白く綺麗な、傷一つない肌が垣間見える。
彼が菓子パンを食べる際にも注視していたが、食べ終わる頃には尖った八重歯も消えていた。
あれは見間違え?
でも触った感触もちゃんと残っているし……。
「あのさ、訊きたいことがあるんだけどいいかな?」
「どうぞ、私に答えられることであればなんなりと答えましょう。一飯のお礼です」
「そ、それじゃ訊くけど、貴方ってその……特災……鬼だよね?」
意を決して問いかけてみる。
もしも本当にそうであるならば、すぐに逃げ出せるように足に力を込めて。
「オーガ? あぁ、人達の使う鬼の別称ですな」
そう言うと少年はベンチから降り、地面に正座をし始めた。
「え、なに?」
突然の行動に驚いているうちに、少年は私の目をまっすぐ見て口を開く。
「助けていただいた貴女に嘘偽りは申せませぬ。いかにも、私は鬼。名を桜一文字モモと申します。この街にはある者を追って参りました、危害は加えぬのでどうか怯えないでいただきたい」
そう言い、頭を下げる。
何だかそんな様子に毒気を抜かれてしまい――
「も、モモって女の子みたいな名前だね」
逃げることも忘れ、そんな的外れなことを口を突いて出てしまった。
けれどもそんな私の言葉に少年は顔を赤くして――
「わ、私は女子でございます!」
潤んだ瞳で、慌ててそう言ってきた。
☆★☆
「え、えっとゴメンね。すっごく綺麗な顔をしていたから……」
「い、いえ! こちらこそ大恩ある身でありながら、大声を出してしまい申し訳ありませぬ」
夕暮れの公園で頭を下げ合う私と少年――じゃなかった少女。
「――プッ、フフフ。何やってんだろう私達」
「――アハハハハ、そうでございますな」
けれども、ふとそんな行動が滑稽になり互いに笑い出してしまう。
公園の一角で笑いあう少女2人。
傍から見てたら友達同士に見えてしまうのかな。
「なんだろう、オーガってもっと怖いのかと思ってた。私は師里レイ、よろしくね」
その頃にはもう怖さなどなくなってしまい、気軽に少女に声を掛ける。
「はい、よろしくお願いします。しかしそれは誤解であります。確かに鬼の中でも乱暴な者は少なくないですが、私の様に山奥に住み、穏やかに暮らしてる者もおるのです。私の村でも100程の鬼が狩りや採集をして他に迷惑をかけずに暮らしています」
「そうだったんだ。なんだかごめんね、意味もなく怖がっちゃって」
「いえ、昔話でもあるようにこの国で鬼と言えば恐怖の象徴ですからね、仕方のないことです。――それに、この街ではあんなことも起きていますし」
「あんなこと?」
不穏なことを呟いた少女に問い返す。
「え、師里殿は……」
「ちょっ、師里『殿』なんて呼ばないでよ。普通にレイって呼び捨てでいいって」
喋りかけた少女の言葉を遮る。
流石に師里殿なんて呼ばれ続けると背中がむず痒くなる。
「ですが恩人にそのような呼び方は――」
「んじゃ、恩人のお願い。あんまり堅苦しいの好きじゃないのよ」
「……わかりました、では「レイさん」で。私の事もモモとお呼びください」
「ん。わかった、よろしくね。モモ」
そう言って右手を差し出す。
モモはその右手を驚いたように見て、ついで私の顔を見つめてきた。
「レイさん、これは……?」
「握手。仲良くなった記念に」
そう言い、更に手を前に突き出す。
なんだろう、自分でもわからないが、なんだかこの短時間でモモをすごく好きになってしまったのだ。
先日対峙したゴーストなんかとはまるで違う。
人間臭さがあるだろうか。
――いや、あのゴーストは暴走する前から最低だったからやっぱり関係ないのかも。
「……仲良くなった記念」
私の言葉を小さく復唱して、恐る恐るモモは手を伸ばしてきた。
その手をこっちからパッと掴みに行く。
「ヒャッ!」と女の子らしい声を初めてあげた。
「うわ~モモの肌スッベスベ。何か鬼の秘伝の薬とかあるの?」
「れ、れ、れ、レイさん! く、くすぐったいです!」
モモの手を両手で摩りながら、気になっていたことを問いかける。
モモの悲鳴はこの際無視。
陶磁器のように白く、キメ細かい肌は〝鬼〟の印象とはかけ離れたものだ。
「ホント、オーガとは思えない綺麗な肌よね~」
「お、教えます! 教えますから離してください!」
数分間じっくりとその綺麗な肌を堪能して、ようやく解放した。
スキンシップに慣れていないのか、荒い息をついたモモに「ゴメンゴメン」と謝る。
モモは「もぅ~」とちょっと怒った風だったが、その秘密を教えてくれた。
「秘伝の薬などはないのですが、私の村には秘湯「鬼殺し」があるのです。鬼をも骨抜きにするほどの気持ちのいい温泉で、様々な効能があります」
なんだかお酒みたいな名前の温泉だな。
「へぇ~、それは是非とも入ってみたいな~。……豊胸とかって効果あるかな?」
「……残念ながら、私は実感したことはないですね」
揃って自分の胸を見下ろし、同時に溜息をつく。
「あ、そういえばこの街で起きている事とかって言ってたけどなんの事?」
暗くなった雰囲気を壊すためにそう話題を振ったが、逆にモモの顔に影が差してしまった。
「……この街で一月ほど前から殺人が起きているのは知っていますか?」
「え? うんそれは知ってるけど」
なんだかいきなり話が飛んだな。
えーと確か『人食鬼事件』とか呼ばれてたっけ。
「アレは実は……」
重々しくモモが口を開いた、その時だった――
「懐かしい匂いと気配だと思ったら、お前かよ。モモ~」
ねっとりと絡みつくような、湿った声が私達を捉えた。
反射的に声のした方に首を向ける。
公園の入り口に1人の青年が立っていた。
モモとよく似た格好をした青年が立っていた。
黒地に金の龍をあしらった小袖、膝丈までの袴に足元には草履。
ボサボサの長髪。
額からはその髪を押しのけ、硬質な白い〝ツノ〟が二本、顔を出している。
唯一モモと違うのは、その腰に一本の白鞘の刀を差している事か。
「そちらから会いに来てくれるとは好都合だな、セキト」
先程までとは打って変わった冷たい声を出しながら、モモが青年へと向き直る。
すでにその額からは二本の白い〝ツノ〟が生え、口からは鋭く尖った八重歯が覗いている。
また、先ほどは無かったが目の周りに桃色の隈取が浮き上がっていた。
同時に、モモの発する気配が暴力的なものへと変わる。
濃密な気配の膨張に、小さな体が数倍大きくなったような錯覚に陥る。
いつか見たのと同じ黒いモヤ――魔力――がその体から溢れだすのがしっかりと見えた。
「セキト、貴様が奪ったわが村の秘宝『幻刀・迷家』返してもらうぞ!」
モモはいつの間に取り出したのか、右手に持った鈍色の扇子を青年へと突きつけ、声も高らかに宣言する。
そして同時に――
「すいません、レイさん。一刻も早くこの場から逃げてください」
小声でそう告げてきた。




