お、おかえり
ゴーストを正気に戻した俺達は、遅れてきた委員長――美浦チカゲ先生――に簡単な経緯を説明したあと学校を後にした。
彼女は色々と訊きたそうにしていたが、後で説明に行くと納得してもらった。
そうしてやってきたのは町外れのある場所。
町の喧騒から遠く、自然も豊かでどこか厳かな静寂に包まれている。
そんな中を俺達は3人で進む。
「なぁ、ワイはどこに連れてかれてまうんや? 人気の無いところに連れてかれて〝ズドン〟何てごめんやで」
「ンなことしねーよ、わざわざ助けたってのに」
3人とはつまり俺とスズ、そして助けたおっちゃんゴースト。
レイと東堂さんは学校に残っている。
まだ平日の昼で下校時間じゃないしな。
それに、何で立ち入り禁止の筈の特災発生場所にいたのかと言うことで、タップリと先生に叱られているはずだ。
「それじゃ今どこに向かっているんや?」
「お前の新しい住処だよ。お前はもうあそこにいられないじゃねーか」
「え~、兄ちゃん何とかしてぇな。ワイあそこ好きやねん」
「女子高生の着替えが覗けるからか?」
「せやで!」
どこか誇らしげに胸を張るおっちゃん。
その様子に助けたの間違いだったかな~という思いがよぎる。
「じゃが最近は別の所で着替えとるらしいではないか」
そんなことを考えていたら隣を歩くスズがそう指摘した。
「せ、せやけど時々来てくれるんやで!」
「あっそ、でもあそこ来月には倉庫になる予定らしいぞ」
「なんやて!?」
ゴーストの反論を真実を教えて潰す。
そもそも俺達がコイツの駆除を依頼されたのは、この模様替えに邪魔になったからだしな。
「それでもいいなら戻るか?」
「……どないしよ」
「ちなみに今から行く場所には女がいるぞ」
「兄ちゃんはやくそれ言ってぇな! はよ行こうで!」
俄然元気になって道を進み始めるゴーストの背中を見て、ため息が出た。
☆★☆
「兄ちゃぁぁぁん! 騙したなぁぁぁ!」
そう叫んで暴れるおっちゃんを押さえつけて座らせる。
「騙してねぇよ、ジッとしてろ! スズ早くしてくれ、コイツすごい力だ!」
勇者モードになってないとはいえ、俺の拘束から抜け出そうになる。
これが火事場の馬鹿力か!
「ちょっと待っておれ――よし」
スズのその言葉と共に俺達の足元に黄緑色の魔方陣が生まれる。
それがピカッと一瞬光り、その光がおっちゃんの体を包み込んだ。
そこで、俺はようやくおっちゃんを離す。
「ふぅ、これでおっちゃんの地縛場所はこの共同墓地になったな」
縛られていた女子更衣室が壊されたことでおっちゃんの存在が不安定になってしまっていた。
そのままでは悪霊へと変化してしまうのも時間の問題だったので、急いでいたのだ。
この処理でおっちゃんはこの墓地の地縛霊として存在が確立する。
悪霊になる心配もないしよかったよかった。
「何てことしてくれるんや兄ちゃん! ここには……ここには……」
泣きそうな顔で俺に詰め寄るおっちゃん。
何が言いたいんだ?
「ここにはオバハン共しかおらんやないかいぃぃぃ!」
そうしていくつもの墓石が立ち並ぶ墓地、その上に浮かぶ100程のゴーストを指さす。
確かにその言葉通りその大半が年配の方だった。
「まぁ、墓地だしな」
「うがぁぁぁ! 騙したなおのれぇぇぇ!」
「だから騙してないじゃん、あの人達だってちゃんと女の人だぜ」
「あんなんちゃうわ……30過ぎたら女って言わんのじゃぁぁぁ!」
堂々と最低なことを叫ぶおっちゃん。
ホント、こんなのを助けるためにあそこまでの労力使ったのかと思うと悲しくなってくるぜ。
「……おい、新入り。中々いい度胸じゃないの」
そんな時、おっちゃんの方に手が乗せられる。
「なんや! お前……は……」
勢いよく振り返りながら発したおっちゃんの声は尻すぼみになる。
彼の肩に手を置いたのは50過ぎほどのおばちゃんゴースト。
ただし身長180センチほどで、とてもとてもふくよかな体格の巨大なおばちゃん。
この墓地の守護者『マコトさん』である。
「30過ぎたら女じゃないんだってねぇ、こっちで詳しく聞かせてもらおうか」
おっちゃんの肩にその丸太のような腕をまわしながら、おっちゃんの体の向きを変える。
向きを変えたおっちゃんの正面には、この墓地のゴースト婦人連合が髪を怒らせながら待ち構えていた。
「え、あ、ちょ! に、兄ちゃん助けて!」
「それじゃマコトさん、程々にお願いしますね」
「わかってるっての、ほら行くよ!」
「いやぁぁぁ! 堪忍してぇなぁぁぁ!」
こちらをチラチラと振り返り、悲鳴を響かせながらおっちゃんはマコトさんに連れて行かれる。
その後ろ姿に静かに手を合わせておいた。
死者への礼儀だよね、合掌は。
「中々元気な新入りですな」
そうしておっちゃんを見送った俺の側に近寄ってきた男のゴーストが声をかけてきた。
「また御迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
そのゴーストに頭を下げる。
年の頃はわからない。
その顔にはシワが幾重にも刻み込まれ、とても長生きだったのだということはわかってもどれほどなのか想像がつかない。
しかし、そのシワの奥から覗くヒトミはとても穏やかで澄んでいた。
どこか仙人を思わせるほどに老成したゴーストだ。
彼はこの墓地のゴーストたちの長。
名を楠と言う。
見た目の年齢でもかなりの年数を生きたことはわかるが、以前聞いた話だと生まれは江戸中期とのことだった。
およそ300年以上も生きていることになる。
いやまぁ、一度死んでゴーストとしてよみがえったんだけどさ。
「よいよい、ここが賑やかになるのは歓迎じゃからの」
「そう言ってもらえると助かります。あ、これお土産です」
そう言って手に持っていたビニール袋を渡す。
「おぉ、新刊か。ありがたい」
ビニールの中身は某週刊少年漫画のコミック。
もう十数年連載している大人気シリーズで、俺が以前に持ってきたのを読んだ楠翁がハマってしまったのだ。
「では、あのおっちゃんの事よろしくお願いします」
再び頭を下げる。
「うむ、アキラ君には恩があるからな。このような事であればいつでも来なさい」
☆★☆
「中々疲れたの、所長」
杜宮高校へと戻る道すがら、スズが声をかけてきた。
「全くだ」
自分で自分の肩を叩きながら応える。
「学校中のスケルトンを倒し、ゴーストを叩きのめし、『調律』なんて真似もしたんじゃ。大活躍だったのぅ」
「……それなんだが、あの暴走ってアイツが関わってると思うか?」
その問いに、にこやかだったスズの顔に影が差す。
「……わからん、儂は結局一合も奴と手合わせしなかったしな。しかし客観的に見てそれは薄いような気もした」
「だよな~、『調律』も普通にできたし」
もしも俺達が思い描いている奴が関わっているとしたら、『調律』をしようとしたら発動するカウンタートラップや自滅トラップなんかを仕掛けたりしているはずだ。
人の嫌がることに掛けては抜け目のない奴だったし。
「そもそも、奴は2年前に死んだ。儂達は奴に縛られすぎておるのやもしれん」
「……アイツは関係なく、偶然に発生した暴走だと?」
「違うのか?」
怪訝な目で俺を見つめるスズ。
その視線から目をそらして
「……そうだな。偶然だったんだろう」
俺はそう嘘をついた。
『調律』している時に感じた、ゴースト以外の魔力。
暴走を引き起こしたと思われるそれは、アイツのでもなく、また今まで感じたことのない奴の魔力だった。
『アイツ以外でアイツと同じ力を持った奴がいる』
その可能性について俺はスズに黙っていた。
「そう言えば、報酬ってどうなんだろうな!?」
そのことが後ろめたく、強引に話題をそらした。
「ん?」
「ほら、俺達Dランクの駆除で5万で仕事受けたじゃん」
「うむ」
「でも実際にはBランク相当のネクロマンサーゴーストで、しかも百体のスケルトンも倒したんだぜ」
「うむうむ」
「報酬、上がるんじゃね?」
「なるほど!」
「い、いくらくらいになるかな?」
「それはあれじゃろ、諭吉さんが30人は堅いじゃろ」
「てことは1人15万か~、何買おうかな~」
「儂は『魔法少女ミラクル☆るん』のDVDBOXじゃな」
「え、マジで買うの!? 買ったら一緒に見ようぜ!」
その言葉に先程まで感じた不安など吹き飛びぶ。
「良いとも良いとも! 51話一挙に見るぞ!」
「週末は事務所で上映会だな!」
「臨時休業じゃ!」
週末をどのように過ごすか笑い合いながら、はやる気持ちを抑えて俺達は高校へと足早に向かった。
☆★☆
「まず、お仕事ご苦労様でした。また、生徒を助けてくださってありがとうございました」
学校に戻り、報告を終えた俺達は応接室で美浦先生と向かい合っていた。
「では、これが今回の報酬です」
その向かい合った相手から薄っぺらい封筒が手渡される。
「中見ていい?」
「どうぞ」
許可が出たので封筒から札を引き出す。
『学問のすゝめ』を書いた歴史上の偉人が俺の目をまっすぐ見る。
……ただし、1人だけで。
「あの~、報酬がちょっと桁を間違えてる気が……」
「いえ、それであってますよ」
他人行儀な感じで接してくる委員長。
「いやいやいや! おかしいじゃろ! ネクロマンサーゴーストを倒し、スケルトンから全校生徒を守ったんじゃぞ。報酬が上がってしかるべきだというのに、それが1万!? 元々の報酬より低いではないか!」
スズのそんな文句に委員長は「ハァ~」と溜息をついて1枚の紙を提示した。
「ん?」
「何じゃこれは?」
揃って覗き込む俺達。
「「げ!」」
声を上げたのも同時だった。
先程予想してた報酬金額よりも大きな数字がそこには書いてあった。
「2人が壊した窓と更衣室の修理代金の見積もりです。生徒を助けるための非常手段だったとはいえ、流石に報酬を払う余裕がないんです。どうかこれで勘弁してください!」
委員長が座っていた椅子から立ち上がり、直角に腰を曲げて頭を下げる。
「わ、わかったから、頭上げてくれ。俺達が壊しちゃったのが悪いし……弁償した方が良いのか?」
「いえ! こちらから依頼した駆除を行う際に起きたことなので、責任はこちらにあります。弁償などはさせられませんよ」
その言葉を慌てて否定する委員長。
……でも実際はレイを泣かされた怒りでぶっ壊しただけだしな。
「わかった、報酬はこれでいいよ。……本当にすまなかった」
心が痛い。
こんな状況で報酬をちゃんと払えなんて言えるわけがない。
隣で「……ミラクル☆るん、儂のDVDBOXが……」と呟いているスズは視界に入れないでおく。
「ほっ、良かった。ダメって言われたら私お給料から払わないとと思ってましたよ~」
安堵の息をついていつもの口調に戻る委員長。
「そこまで身を削る必要ないだろ、てかさっきまでの口調なに?」
「あぁ、あれは上の方から「絶対に報酬の引き上げには応じるな!」って言われてたので。いつもの口調だったら押し切られちゃうかなって」
エヘヘと笑う委員長。
まぁ、こんな少し抜けた風だったらうまいこと言って報酬引き出してたかもしれないな。
今更そんなことはしないけど。
「とりあえずお疲れさまでした、師里くん」
「予想外の事起こったしな、本当に疲れたよ」
ソファーに背を埋めてリラックスしながら応える。
「私は直接見てなかったけど、すごい特災だったんですか?」
「うーん、まぁそこそこ。Bランク程度だったし。ただ、最初はDランクだと思ってたからちょと驚いただけ」
「『Bランク程度』か、師里くんはやっぱりすごいんだね……」
なんだか委員長に見つめられる。
「ん?」
「ううん、何でもありません」
こちらも見つめ返すと、すぐにパッと目をそらした。
一体何なんだろう。
「でも本当に今日はありがとう。助かりました」
そらした視線を再び戻し、笑顔を浮かべてお礼を言ってくる委員長。
「いいよ、さっきもお礼は聞いたし」
「あれはこの学校の教師としてのお礼です、今回のは美浦チカゲとしてのお礼ですから」
そうして笑った笑顔は、やはり昔のままだった。
☆★☆
学校を出た後、事務所に戻って細々とした事務仕事を片付けて、暗くなった頃に自宅へと帰り着いた。
DVDBOXが買えなかったことがよほどショックだったのか、スズがまるで使い物にならなかったせいでいつもより時間が遅くなってしまった。
今度、機嫌を取らないといけないかもしれないな。
あの落ち込み具合だと。
「ただいま~」
そんなことを考えながら玄関をくぐる。
まぁいつも通り 「お、おかえり」 誰からもおかえりなんて言葉は帰ってこないんだけどさ。
「え?」
自室へと向きかけた足を止めて声の方へと顔を向ける。
そこではリビングの陰から顔を少し出したレイがこちらを見ていた。
そのまま、レイが声をかけてきた。
「……夕飯、作っといたから」
「お、おう。ありがとう」
「……あと今日は、助けてくれて、その――助かった」
そう言い、リビングへとサッと戻っていった。
多分テレビでも見ているんだろう。
残された俺は呆然と廊下に立ち尽くす。
夕飯?
助かった?
心の中で先程のセリフを反芻する。
一瞬何を言われたかわからなかったが、段々と理解できてくると心の奥から嬉しさがこみ上げてきた。
その歓喜のまま俺は大急ぎで部屋着に着替え、妹の手料理が待つリビングへと戻る。
「レイ! 夕飯ありがとう! めっちゃ食うぞ!」
「うるさい! テレビ聞こえない! あとドタドタ走るな!」
そんな風に怒られたが俺は今幸福に満たされている。
妹におかえりと言われ、夕飯を作ってもらえたんだから。
これ以上の幸せがあるんだろうか。
俺は夕飯と共に幸せを噛みしめた。
明日はアキラ以外の男性キャラが初めて出る予定です。