大したものじゃよお主は
ガラッと瓦礫を押し退け、瓦礫の山からゴーストが姿を現す。
その体の殆どを魔力で疑似構成している奴の体には傷などは残っていない。
しかし、だからと言ってダメージがないわけではなく、その体は今にも消えてしまいそうなほどに存在感が希薄になっていた。
「そんなになってまで向かってくるのはスゲーと思うけど、無謀ってもんだぜそりゃ。」
その言葉通り、ゴーストは震える足で何とか立ち上がり、ゆっくりと俺へと向かってくる。
だがすでに戦えるような力が残っていないのは明らかだ。
「……ここまで行くと最早哀れじゃな、自らの意思とは違った何かに突き動かされるなど。所長、お主がやらぬのならば儂があ奴を消すぞ。見てられんわ」
俺の横に並びながら、腕を組み仁王立ちになるスズ。
そのポーズをとるって言うことは、いつでも「やる」準備は出来ているってことか。
「消すって、あの人をですか!?」
そんなスズの言葉に、後ろから東堂さんが声をかけてきた。
「当然じゃろう。お主は知らんかもしれんが、あ奴は先程見せたスケルトンを校舎内に呼び出して無差別に人を襲おうとさせたんじゃ。放ってなどおけぬよ」
スズはその言葉に振り向きもせずに答えた。
その視線はこちらへと歩んでくるゴーストを刺し続ける。
「で、ですが、さっきは私達と会話を――今の様子は明らかにおかしいです!」
「だからと言って、一々こんな特災の事情など斟酌してられんよ。いったい一日にいくつ特災が発生していると思ってるんじゃ。――先程はやる気があればと思ったが、そのように特災に感情移入していると辛いかもしれんぞ、この仕事は」
「そ、そんな!」
スズの言葉に東堂さんは言葉に詰まる。
まぁ、スズの言っていることは正しい。
いくつもの特災に迅速に対応しなければならない状況はあり、その際に相手の都合なんて考えちゃいられない。
それに、相手がいつも昆虫や獣だけとは限らない。
明らかに知性があるもの、こちらとコミュニケーションを取ってくるものもいる。
そのような相手とも戦わねばならない時が必ずある。
そして最悪その相手を殺すことも。
特災相手の仕事とはそういうものだ。
「でもまぁ、俺はそういうのに融通が利くように――」
俺は小さく呟いた。
「『何でも屋』なんてやってるんだけどさ」
こちらに向かってくるゴーストを静かに見据える。
明らかに正常ではない様子、そしてスズの言った「突然強化されたような」という言葉。
強化されて利用されているというのなら、このまま消してしまうのも忍びない。
――まぁ、ぶん殴りまくってスッキリして頭が冷えたっていうのも多分にあるが。
「ちょっと待ってくれスズ」
「なんじゃ? お主がやるのか」
「いや、ちょっと助けられるかやってみる」
「助ける? 何を言っとる! あ奴の様子を見ろ、どう見ても手遅れじゃろうが! それにアイツが関わっておるのなら助けられる可能性など万に一つもない!」
俺の言葉に激昂するスズ。
コイツがこんな風になるのも理解できる。
2年前にスズがアイツにされていたことを考えると。
スズはあのゴーストを一刻でも早く解き放ってやりたいと思っているのだろう。
力を増やされ、望まぬ暴力を振るわされる苦しみを感じたことのあるコイツだからこそ、強くそう思っているはずだ。
だが――
「大丈夫だ、アイツが関わっている証拠なんてないしな。――それに俺もただ2年間過ごしてきたわけじゃねーよ。こういう時のための『必殺技』を考えてある」
「じゃが――!」
反論しようとこちらを向いたスズの頭に手を乗せる。
「心配すんなっての、2年前にも1人引っ張り戻しただろうが」
ワシワシと乱暴にその頭を撫でる。
「や、やめい!」
顔を真っ赤にしてパッと俺の手を払うスズ。
そのまま俺をキッと睨みつけた。
「ば、馬鹿もん! あの時とは状況が違うじゃろ、よしんば出来たとしてまたあの様な代償をまた払う気か!?」
「いや、あの時とは違うやり方をする。言ったろ、2年間ただ過ごしてたわけじゃないって。――だからまぁ、信じろ。俺を」
その言葉にスズは顔を俯けた。
「ズルいのじゃ、そんなことを言われたら信じるしかないではないか」
俯きながら、震える言葉を絞り出すスズ。
そんな彼女に
「心配しないで待ってろ」
そう告げて再び頭に手を乗せる。
軽くポンポン、と。
今度はその手は振り払われなかった。
☆★☆
「待たせたな」
破壊された壁から外に出て、ゴーストの前に立つ。
[GYAAA]
俺を警戒したのか短く吠えるゴースト。
しかしそれだけ。
もう攻撃する力すら残っていないのだ。
「お前がレイを泣かせたことはもういい、さっきのでチャラだ」
手の届くような距離で語りかける。
「だから、今からお前を助けてやるよ」
右手を引き、ゴーストに対して半身で構える。
そうして一度は収めた勇者の力を引き出していく。
先程とは違い、じっくりじっくりと馴染ませるようにゆっくりと体に行き渡らせる。
今やろうとしていることは攻撃ではない。
必要なのは微妙なバランスと精密さ。
力がありすぎても無さ過ぎてもいけない。
数秒後、体に力が馴染み始めてボゥとボンヤリ体が光り始める。
[GUUU……]
薄い光に当てられ、ゴーストが呻きを上げる。
これくらいならば害にはならないと思ったが、ほとんど力の残っていない状態ではこれだけでも辛かったようだ。
「悪いな、もう少し待ってくれ」
しかし焦らない。
焦って失敗すれば元も子もない。
慎重に集中力を高めていく。
その集中がピークに達する寸前で口を開く。
「――悪いが、今からやる技は今日が初お披露目なんだよ、使える相手がいなくて。だから、失敗したらゴメンな」
呻きをあげるゴーストに、そう断りを入れる。
同時に集中がピークに達っした。
俺は返答を待たずに、引いていた右手をゴーストの胸部に打ち込む。
「『ブレイバーチューニング』」
拳が当たった瞬間、キンッと澄んだ音を立てて魔方陣が生じる。
その魔方陣がゴーストの体に張り付き、覆っていく。
その魔方陣を通して、俺はゴーストの魔力バランスを修正し始める。
このゴーストの暴走が魔力の暴走によるものだということは見た時からわかっていた。
外部から大量の魔力を注ぎ込まれ、それを制御できずに暴走しているのだ。
2年前にも見た光景。
あの時は多大な代償を払って止めることが出来た。
しかし、もう一度同じことが起こった時に同じ方法で止めることは不可能なことは明らかだった。
例え元凶であるアイツを殺したと言っても、二度と起きないと安穏に構えることは俺には出来なかった。
だから俺は再び同じことが起こった時に止めることが出来るようにある技を生み出した。
それがこの『ブレイバーチューニング』。
『調律』の魔方陣で相手を覆い、相手の全身の魔力をきれいに整えるのだ。
余分な魔力は俺が吸収するか分解し、足りない部分は俺の魔力を分け与える、
言葉で言うと簡単だが、これはすごく慎重かつ大胆に行わなければならない。
例えるなら、泥団子を力一杯殴りながら綺麗な球体にするのとほぼ同じだ。
相手の魔力は脆く壊れやすく、俺の力は強すぎる。
相当な集中力が求められるのだ。
しかも、これは相手が相当に弱っているような状態でなければ使えず、戦闘中に使えるような技ではなく、実用性も全くない。
事実この2年間で一度たりとも使ったことはない。
正真正銘、ぶっつけ本番。
だが、失敗は出来ない。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げ、自分に気合を入れた。
まだ半分。
半分しか終わっていないのに集中が途切れそうになったからだ。
額を脂汗が伝う。
凄まじく精密な魔力調整を何度も何度も行って、頭が悲鳴を上げているのを感じる。
「ぐぅぅ!」
手が震え、膝が笑うが、歯を食いしばり気力で体を支え続ける。
あるのは『助ける』という思いだけ。
別にゴーストのためではない。
頼れる相棒の辛そうな顔を見たくないから。
アイツが『これ』に捉われつづけてほしくないからだ。
そして、調律が終わる。
パッと魔方陣が宙に溶け、中から白装束のおっちゃんが出てくる。
「ん? あれ、なんやここ!? どうなっとるんや!?」
おっちゃんはそんな緊張感のない声でわめきはじめる。
それを確認した瞬間、緊張の糸が切れたのかフラッと体のバランスが崩れた。
踏ん張ることもできずに仰向けに背中から倒れる。
ポスッ
けれども感じたのは堅い地面ではなく、柔らかく温かい感触だった。
「まったく、大したものじゃよお主は」
背後から頼れる相棒の声が聞こえてくる。
その声で安心して、体から一気に力が抜ける。
「ぬぉっ! いきなり重く……わわっ!」
そんな声と共に、背に感じた支えが倒れていく。
勿論支えがなくなった俺も倒れる。
一気に視点が低くなっていく。
しかし地面に当たることなく、途中で柔らかい何かに受け止められた。
「危ない危ない、お主を落とすところじゃった」
そう言って逆さまのスズの顔が上から覗き込んできた。
そこでどんな体勢か理解した。
「ヒザ枕、か」
多分俺の体重を支えきれずに倒れながらも、何とか受け止めようとしてくれた結果なんだろう。
「その通りじゃ、幸せじゃろ?」
覗き込むスズが顔を赤らめながらも、イタズラっ子の様に微笑んできた。
「あぁ、幸せだよ」
視界に映るスズと、その奥の青空を見上げながら俺はそう答えた。




