表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

その後 2

上階に行き、ゲームセンターの近くを通るとカコンという小気味いい音が聞こえてきて、音のする方を見るとどうやらボウリング場あるようだった。

そういえば結構ご無沙汰をしていたと、懐かしく思って見ていると、『どうしました?』と声が降ってきた。

その声に忍足さんの存在を思い出し、私は急いで忍足さんの手をひいてフロントへ向かう。


「忍足さん! ボウリングしませんか?」

「ボウリングですか? いいですね、やりましょう」

「普通にやってても面白くないので、ここはユーモアに勝った人にはご褒美を」

「ふふ。分かりました。ご褒美は何ですか?」


ニコニコと頷いてくれる忍足さん。

ふふん! かかったな!

実は私、誰にも言った事はなかったが、唯一の特技がボウリングなのだ。スコアは180はいく。


「勿論、忍足さんの尻を好きに出来る権利です!」

「分かりました。まどかさんの足を好き放題してもいいのですね」


やる気が起きましたと口の端をあげた。

そんな余裕の顔をしていられるのも今のうちだぜ。

私のほくそ笑みなど知らない忍足さんは、フロントで受付をしていた。


「大人2名、1ゲームで。あ、靴下は22.5を1足ください」

「分かりました。ではこちらになります。料金は一緒でよろしいでしょうか?」


はい、と靴下を受け取る忍足さん。

あまりにもサラリと自然に言われたもんだから危うく聞き流す所だった!


「な…なんで…!? サイズ…!」

「違いましたか?」

「え、いや、あ、合ってますけど…!」


言いよどむ私を見て頭にハテナマークを付けてこちらを見ている。


おおう…怖い…怖いよ…!

ここでまさかの天然さん…!?


あ、もしや会社で私の靴を脱がせた時にでも見たのかな! そこで知ったんだよねサイズ! うんそういう事にしておこう。それしかないよネ。

そう自分に納得させ、自分の靴を持って割り振られた場所に入った。

そこで即行で跪く大きな身体。

うん、靴下を握り締めて私に寄越さないのはなんかおかしいとは思ったけどやっぱりなの? ここ外ですけども?

歩いている人がちらちらとこっちを見るが、当の本人はそ知らぬ顔で早く座れと言わんばかりに見上げてくる。私ばっかりとばっちりとか勘弁!


「忍足さん、公私混同はやめましょう。あれは会社でだけの許容範囲です」

「会社で大丈夫なら、今はプライベートなのでもっと大丈夫ですよ。ほら、急がないと日が暮れてしまいます」


ぐいっと肩を押されベンチに張り付けられる。

そしてあっという間にシューズを奪われたかと思うと、次の瞬間にはパンプスを脱がされ靴下を穿かされた。

その間のワンタッチ・ツータッチの自然さには思わず感心してしまった。

慣れた手つきでシューズまで履かせ、顔を上げた忍足さんのやりきった顔ったら…! 清々しいにも程がある!

これじゃ賭けをして勝っても完全勝利の愉悦には浸れないじゃないか!


足に違和感なくフィットするシューズを踏みしめ、まだ準備をしているヤツを尻目に先鋒を奪った。

そして画面に華麗に現れる蝶のマーク。


「ストライクですか。凄いですね、いきなり」


褒めてくれる忍足さんが両手を挙げた。

イエーイとハイタッチをすると、忍足さんは腕まくりをして席を立った。


「じゃあ次は私ですね。行ってきます」


おうおう行って来い! 私がしかと見届けてあげるからさ!

1人ベンチに座り、その勇姿を目に焼き付けるべく頬杖をついて目を見開いた。


ボールを持った忍足さんがレーンに佇む。

右足を後ろに引き、逆三角のシルエットが浮かび上がる。

その中心の小悪魔ちゃんが、キュッ!と。キュッ!と音がしそうなくらいいつもより角度を上げて私を見ていた。

そしてゆっくりと歩き出す。

一歩、二歩と前へと進み、右手を引きボールが最頂点にたった瞬間! この瞬間が!



一番好きなの!!!!



くっと曲げられた左足に、後ろに伸びた右足。

そして必然的にツンと張り上を向く尻!

まさに観衆(わたし)に“見て見て!”と言っているようじゃないか…!

思わずガッツポーズが出てしまった。


この瞬間を見るためだけにボウリング場に通っていたと言っても過言ではない。

ちなみにフィニッシュのポーズは2番目に好きだ。


友人と行く時もあったし、暇さえあれば1人で行く時もあったからお陰で腕は上がった。

ボウリング場に来てボウリングしないのは駄目からね!


しかし、忍足さんと出逢ってからは通って好みを探す必要がなくなった。

毎日神を崇められるのだから、他のランク下はもうアウトオブ眼中だ。

そんな私の好きなこの神聖なる舞台で、神が、プレイした今、昇天寸前である。


デニムのしわがピンッ!って…! ピンッって…!(悦)



ああ、でも初めての環境(デニム)にこれだけの破壊力なんだから、これがレザーだったら逆に直視出来なかったかもしれない…!!



考えただけでも恐ろしい。

私はどうなってしまうんだろうかと自分の肩を抱いて悶えていると、実に爽やかな笑顔を携えて帰ってくる忍足さんの姿があった。


「タイですね」


画面を見るとストライクのマークが。


「ストライク! やりますね、忍足さん」

「やりますよ。負ける訳にはいきませんので」


むむ。ここでも負けず嫌いが発揮されるのだろうか。

付き合っているのだから尻揉まれるのはもう許容してくれただろうし。

私のドストライクなナイスフォームだったと心の中で褒め称え、ハイタッチをして忍足さんと入れ替わりに席を立った。

次拝む為にはさっさと自分のターンを終わらせないと。一発で決めてやるぜ!

俄然気合が入り、レーンに立つと、


「あ」


という忍足さんの声。

振り返って何かと聞くと、頭を横に振られる。

変なの、と再び構えて歩き出すと『おお』とか『やばい』とか絶えず声が上げられ、まさかと思って尻を押さえると小さく舌打ちが聞こえた。



こ の 男 ま さ か … !



いつものパンツスタイルじゃなかったのを今ようやく思い出し、思考が停止し狙いがぶれる。

振りかぶった右腕は止まらず、手からボールが離れれば左の溝へ直行した。


ギギギと首を鳴らしヤツの方を見れば、だらしのない顔でドンマイと言っていた。

重い足取りでベンチに戻ると、ボールをピカピカに、それはもう念入りに磨いており、手を乾かしてコキコキと鳴らしたかと思うとこちらを見て、今日何度目かのいい笑顔を見せてくれた。


「ボウリングっていいですね。まどかさんのクロスする内腿が見れるとは夢にも思ってもいませんでした」


その言葉が追い討ちとなり、その後のゲーム展開は見るも無残な物になったとは言うまでもない。




それからというもの、終始ご機嫌な忍足さんに違うゲームで勝負を挑み、全て破れ、着々とご褒美をプレゼントしていった。

諦めて晩御飯を食べ、重たい足を引きずってガラガラの電車に乗って帰ってきてみれば、既に日が落ちて辺りは真っ暗だった。

たった半日少しだったが久しぶりのウォーキングに加え、慣れない高いパンプスに私の足が悲鳴を上げている。

それと同じくらい神経もすり減らされた。


そして無収穫。


ボウリングだけでも勝てれば今この瞬間にでも飛びつくのに…!

相変わらず私の手を握る右手が憎たらしい。器用さにも腹が立つ。

お陰でどれ程私が損をしたか―――


と大量のご褒美の事を思い出し、行使される前にとんずらを決め込む事にした。

言いだしっぺだが我が身が可愛いんでね!

とりあえず今日寝たら忘れる鳥頭である事を祈って!


「それでは忍足さん今日は付き合ってくれてありがとうございましたまた明日会社で!」


一息に言って手を振り解くと、温もりが消えた一瞬の冷たさが後ろ髪を引く。が、躊躇していてはどんな事を要求してくるか想像に怖くなり、アパートの方目掛けてそそくさと歩き出した。

すると離した手に私の手が再びとられ、忍足さんの方へ向かされる。

人通りを避け壁際に寄せられたかと思うと、しゃがみこんだ忍足さんに足を取られる。

そしていつも通りの素晴らしいお手並みで私のパンプスを剥ぎ取った。


「ちょ、待っ…! こんな所で何をするんですか!?」


公開プレイの5文字が頭を過ぎり、慌てて足を引くも、そこは忍足さん、逃がすなんて事はしてくれない。

ひぃぃと気の抜けた声を出していると、何故か痛そうな顔をして足首を掴む忍足さんと目が合った。


「あああやっぱり…! 靴擦れが…神に靴擦れが…! なんて惨い事に…っ!」


足裏を持ってかかとをぐっと覗き込んでいた。

私も同じように覗くと確かに出来ていた。僅か1cm程の軽度のものだったが。


「歩き方がおかしいと思ったら…! くそ…っ! なんでこんな傷物になるまで気付かないんだ俺! ああもう最低…! 馬鹿だ! 何の為に俺がいるんだよ…死ねよ…死ねばいいよ俺…!」

「こんなショボイ靴ずれになんて大げさな!」


地面に膝を付いて、足首を持ったまま涙を流さんばかりにゴメンと謝られた。もう片方も確認して傷が露わになるとより一層嘆いた。

大きい男が背を丸め女の足元に跪いて嘆いているいう構図に、残念ながらまだ人通りはあり道行く人達はとても興味津々に視線を寄こしてくれた。

その目は、…まぁ、その、なんだ。

言いにくいがとても居心地はいいものではなかった。


「私が己の力量を見誤って女子力高いパンプスを履くなんて愚かな事したからです。顔を上げて立ちあがって下さい! ああ何て事! パンツ見えてますよ! 通行人に尻見せる位なら私に見せてよ!!」

「ああもうやっぱり目を離すんじゃなかった…! 人前だろうがなんだろうがいつも通り俺がちゃんとずっと見ていれば! こんな事にはならなかったのに!!」

「もう! 話が通じない! とりあえずほら、帰りましょう! 放って置いてもすぐ治りますから!」


だから早く立ちあがるんだショー(ヘイ)とばかりに肩に手をかけると、上着を脱ぎ私の腰に巻き出した。

何だろうとされるがままになっていると、


「放っておくなんて許しません。ちゃんと手当てしますよさせてください」


薄っすら涙が浮いている薄色の瞳をキリッとさせ、私に背中を向けてしゃがんだかと思うと、こっちに腕を伸ばし手をひらひらさせていた。


「…なんですか、鳩のポーズですか」

「おんぶです。早く踏みつけ…乗って下さい。何なら肩車でもいいですよ」

「いえどれも遠慮しておきます。貴方に乗る位ならタクシーに乗ります」


丁重にお断りをして、歩き出そうとすると『ご褒美』と呟いた。

振り返って眼下のヤツを見ると手のひらを広げ、5本の指をチラつかせた。


「今、ここで、1つ目のご褒美をくれませんか?」


ご褒美というかお願いですけどね、と付け加えた。

白のトレーナーが私の腰に絡み付いている。思いっきり堅結びをしてあって、解こうにも解けない。


悪戦苦闘を終えた私を見て、ね、と目を細めた。




「今日はありがとうございました。楽しかったです」


うとうとと寝かけてしまった時、広い背中の主が言った。

コツ、コツ、と規則正しく足音を鳴らせ、静かになった住宅街を私の住むアパートへ向かって歩いていた。

ガッチリと膝裏に腕を回され、ガッと痛い位に身体に貼り付けさせられていて、揺れる度にダイレクトに忍足さんの肉の感触が伝わってきてしまう。

そしてやけに安定感のある背中と歩く振動が、実に巧みに眠気を誘ってくれる。

素晴らしい乗り心地だった。タクシーよりも遥かにいいものかもしれない。


「いえ、こちらこそありがとうございます。…そしてこうして送ってくれて申し訳ないです」

「まぁ最初から送るつもりだったんだけどねぇ。手段は変わっちゃったけど」


くすっと笑う振動が、肩に思いっきりのしかかっている私の顔にも伝わる。

口の端が上がり、頬が形を変える。


「…あーあ。ほんと今日はごめんね、まどかちゃん」

「別に大丈夫ですって」

「ほんとごめんね。年甲斐もなく浮かれてあちこち連れまわしちゃった」


浮かれていた…だと…?

とてもそんな風には見えなかったんだが。


「むしろ足フェチから手フェチにジョブチェンジしたかと思ったくらいスマートでしたけど」

「そう? ありがとう。でもジョブチェンジは一生ないから安心して欲しい」

「何に安心しろと」


反抗の意を込めて右腕を軽く曲げて首を絞めてやると、『うぇっ』という声が漏れた。

それはまるで蛙の潰れたような声で、いつもニコニコと澄ましている忍足さんから出たかと思うと面白くて噴出してしまった。

思っているよりも何故かツボに入り、肩を震わせ笑い続けているとコラと窘められた。


「…だって…うえって…! うえって…!」

「…全く…」


ため息を吐き、膝裏に回されていた手が少し動いたかと思うと、折り曲げられた長い指で膝が撫でられた。


「ひょえっ!!」


ビクッとして笑うのが止むと、ニヤリと笑っている忍足さんと目が合った。


「仕返し」


悪戯っ子っぽく犬歯を出し、それをペロリと舐める。

自分の見た目を分かっててやっているのはようく分かった。

一気に私の体力は削られ一刻の猶予も争われる程瀕死で息絶え絶えになった。



萌 え る … !



これ以上は私の心臓に負荷がかかりすぎる!

俯いて頭で顔を押しのけると、すん、と髪の毛を嗅がれた。

そしてコツンと頭が合わせられた。


「…なんかさぁ。まどかちゃんといると自分の調子が崩されるんだよなぁ、もう…。俺本当は大人でカッコよくて余裕のあるスマートな男でいる筈だったのに、スマートどころか段々ダサくなっていくし変態になっていく」

「あ、自覚していた」

「勿論ですとも」


ふふ、と何故か誇らしげに鼻をならした。


「自分で希望した生足だったのに、あまりの神々しさに揉んで触って撫でまわして堪能したい欲求を堪えるのにこんなに全理性を総動員させたのは初めてだよ。耐え抜いた事は奇跡だと思う」

「は、はぁ…それはそれは…」

「…だけど耐えるのに必死で君を引っ張り回した。自分の事しか考えずに行動した結果、君の足を傷つけた。本当、駄目だなー俺」


眉を寄せ力なく笑う。


ああ、だからずっと手を繋いでいたのか?

自分の枷とする為に?


成る程、じゃあ私は感謝しなければならないじゃないか。

私にも枷がなければこのデートは待ち合わせの時点でおじゃんになっていたんだから。


「いえ。私も駄目駄目ですよ。ごめんなさい。今日ずっとどうやって尻に触ろうか、それしか考えていませんでした」

「正直だね」

「折角忍足さんの事を知るチャンスだったのに、ふいにしてしまいました」


デートというのはそういうものだろう。

遊んで楽しむのもあるけれど、新しい事を発見できる楽しみもあるはず。

それなのに、神デニムに浮かれてそれしか見えなくなっていた。


「じゃあ今から君の家でお互いを知り尽くさない?」

「なんか嫌ですねその言い方」


顔を見合わせ、どちらかともなく笑いが零れる。

私のアパートはもう目の前だ。

でも私を降ろす気はなさそうで、私もこの居心地がとても気に入っている。


「まぁ別に焦らなくても、ゆっくりでもいいね。まだまだこれから時間はあるし」

「そんなもんですか?」

「そんなもんですよ。君以上の子が見つかるとは思わないから」


別の意味が含まれている筈なのに、思わずドキッとしてしまう。

こういう所は相変わらずスマートだ。


「…確かにそうですね。私も忍足さん以上は見つかりそうにないですよ」


オウム返しのようにスマートに返事をすれば。

目尻を下げて柔らかく微笑まれた。


超至近距離の笑顔に、首に回す腕に思わず力が入ってしまった。


この、手に。

腕に閉じ込めておくかのように。



今日知る事が出来たのは、

背中の広さと、

それがとても温かかったということ。



思ったよりも忍足さんの全てに惚れているということ。






デニムの感触は、また今度教えて貰えばいいのだ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ