第七話 幼馴染と先輩と小型犬
「晴斗くん……この後、家に行ってもいいかな?」
小石川の唐突なひと言によって、
お家デートが決まった。
いつもの放課後にいつもと違う空気が流れ込む。
教室の扉が開け放たれ、綾園先輩がズカズカと入ってきた。
「晴斗……今日、空いているか?」
この人は相変わらず無遠慮で真っ直ぐだ。
それが先輩の良いところでもある。
「ごめん、小石川と家で遊ぶ約束してて」
「なるほど、ならば私もご一緒しよう」
「えっ、ご一緒?」
「ダメか?」
ダメかといえばウェルカムだ。
でも、小石川は……
振り向いて彼女の反応を窺う。
「ま、晴斗くん。いいじゃない。
綾園先輩も一緒に行きましょう!」
「うむ。苦しゅうない」
どの立場の人なんだよ、まったく。
❀
気づけば三人で俺の部屋にいた。
むさ苦しい室内が華やかになる。
「てか、遊ぶって何するんだよ?」
「ふむ。ちょうど良かった。
実は自前の玩具があってな」
綾園先輩がスクールバッグの中から何かを取り出した。
「これ……なんですか?」
小石川が凍りつく。
「ああ、おはじき、メンコ、お手玉だ。
これが、存外楽しくてな」
これは……ツッコミ待ちか?
「なんでやねん!」
綾園先輩の肩をビシッと叩く。
「なんだ、晴斗?」
やばい、真顔だ……これはどうやらボケじゃないみたいだ。
「私、初めて見たかも、これってどうやるんです?」
さすが小石川。女性特有の共感能力を発揮してやがる。
「ああ、これはお手玉と言ってだな……こうやるんだ」
小袋のような玉がジャラジャラ音を立てながら宙を舞う。
それは規則正しく、四つの玉が円を描く。
「普通に凄いですね」
素直に拍手した。
「ジャグリングみたいなものなんですね」
小石川が二つのお手玉を手に取って一斉に投げた。
二つの玉はどちらも小石川の手をすり抜け、床に落ちた。
「小石川、不器用すぎだろ」
「ふふ、小石川は一途なのだな」
「うぅ……綾園先輩、どういう意味ですか?」
小石川が泣きそうになりながら、お手玉を拾い上げる。
「手玉に取るって言葉の語源は、
お手玉から来ているんだよ」
「へぇ、そうなんですね。知らなかった」
相変わらず先輩は博識だ。
「だから、晴斗は得意だと思うぞ」
「それ、絶対に悪口ですよね?
てか、その理論なら四つ投げられる先輩の方が悪女じゃないですか」
「ふふ、私は悪い女だぞ」
先輩はポニーテールを揺らしてニッと微笑む。
まったく、この人には敵わないなぁ。
❀
続いて、メンコを手に取った。
歌舞伎のような絵柄の丸い厚紙。
少し色褪せているところが、より歴史を感じさせる。
「これは……どうするんです?」
小石川がメンコの裏表の絵を見比べる。
「これはだな……」
綾園先輩が厚紙を床に並べた。
手元には三枚のメンコ。
パンッ――
次の瞬間、大気が弾けた。
あり得ない風圧が小石川のスカートを揺らす。
一瞬にして、全てのメンコが裏返った。
「す……凄い」
「……です」
俺と小石川が息を呑む。
もしかして……これで、ワンチャンスカートが捲れないか?
この頃の俺はどうしようもなく高校生だった。
いや、思考は小学生レベルだ。
その後も破裂音とともに、メンコを叩きつける。
――しばらくして、メンコの音よりも激しい足音が部屋に近づいてきた。
俺は慌てて扉を押さえた。
「ねぇ、にーに……さっきからパンパンうるさいんだけど? 何してんの?」
やばい、心音にバレないように、念のため小石川と綾園先輩の靴は隠しておいた。
口元で人差し指を立て、二人に喋らないよう伝える。
「にーに、ここを開けなさい!
女の匂いがする! ねぇ、早く!」
心音が必死にドアにタックルしている。
……く、なんて力だ。
華奢な義妹の膂力とは思えない。
扉に背中を預け、全体重で押さえ込む。
綾園先輩がはっと目を見開く。
……まずい……その顔は……絶対に何か企んでいる。
「晴斗っ、そんなに激しく叩かないでくれ!
あ、やんっ!」
艶めかしい声が部屋に響き渡る。
「くぉらぁ! にーに、何しとんじゃぁ!」
既に心音はこの世ならざる者の声を発していた。
「ちょ、綾園先輩! 洒落にならないですって!」
「……心音ちゃん。め、メンコのことだからぁ」
何故か頬を赤らめた小石川が、声を震わせ叫ぶ。
「は? メンコですって?
なら、開けなさいよっ! てか、二人も連れ込んでいるの? にーに、3Pとか正気?」
「ちょ、年頃の女の子がそんな言葉を口にするもんじゃありません」
扉越しに説教をかます。
「これだから、童貞は……女の子に幻想を抱きすぎよ!」
「ぐ……」
義妹に正論を言われて、言い返すことすらできない。
「晴斗くん……童貞なんだ……」
何故か小石川はホッと息をつく。
「晴斗、大丈夫だ!」
綾園先輩がポンッと俺の肩を叩く。
やめてくれ……今はその優しさがきつい。
「てか、ドアを押さえるのを手伝ってくださいよ!」
我が家の獰猛な小型犬……心音の襲撃は続き、扉は呆気なく破られた。
その後、誤解を解くのに二時間を要した。




